第40話「黒鉄の鎧」
日が昇った。
窓から差す光がやけにまぶしく感じる——結構寝入ってしまったみたいだ。そう言えば、昨夜は深夜まで探索してから街へ戻り、何も食べずにそのまますぐ……いかんいかん、腹まで鳴り始めおった。
まあいい。
取り敢えず冒険の書を開き今日の「ログインボーナス」を受け取って、俺はそのまま街へ出た。
※ ※ ※
回復薬×5を手に入れた——
※ ※ ※
市場通りに立ち寄って適当につまむものを買い、それを片手に鍛冶屋へと向かう。
昼飯の時間が近いからか、今の鍛冶屋は普段に比べると客が少ないな。俺は会計場付近で暇そうに頬杖をついた店主のおやじさんに声をかけた。
「こんちわっす、おやじさん。昨日ぶりです」
「おう、いらっしゃい……って、誰かと思ったら昨日のにいちゃんか。すまない、その口調どうもヘトスを連想させるからやめてくんねぇか」
「へへ、ごめんなさい。で、そのヘトスさ……ヘトスに用があるんですけど」
「ああ、たぶんあいつぁ裏で飯食ってっと思うから、適当に覗いてくれて構わんぞ」
「了解ですっ!」
俺はそのまま裏の工房に足を運んだ。
何やら熱気を感じる。
それにカキンカキンと言う何かを叩く音も聴こえた。
俺はゆっくりと中をのぞく。
作業台の上には食べかけのどんぶりが置かれ、ヘトスはと言うと何やら必死に金属を打ち続けていた。
そんな中、彼は俺の存在に気づき、その手を止めてこちらへと近寄ってくる。
俺は、冒険の書の「インベントリ」からあるアイテムを選択すると、本の真上に一つの袋が現れた。それを掴み、ヘトスに押し付ける。
「はいこれ。
「おおっ! 早かったっすね! どれどれ……うん確かに!」
「あ、あとこれも」
再び冒険の書から取り出す。
「ウーサーラビットの毛皮と……これはワーウルフの皮、——それからこの牙は?」
「あー、それは狼王の牙」
「————ッは!」
ヘトスは異常なまでに驚いていた。
鉄鉱石を集めてくるよう依頼を受けた時、何かしら魔物の素材もあれば装備を造る幅が広がると聞いていた。だから、今回はそれを渡してみた、と言うことだ。
「——え、いやでも、こんなもん使っちゃってもいいんすか?」
「まー、こっちからも頼みたかったしね」
「新しい装備っすよね?」
「そうそう」
「うーん……」
ヘトスは頭を抱え始めた。
「どうしたの?」
「いやー、鉄と皮……それからこんなレア素材までそろったのはありがたいっすけど、どうやって旦那の装備を造ろうかなって……。魔鉱化できれば簡単なんすけど、うーん……」
そう言えばそうだったな。
この人は魔鉱石しか加工できないのに対して、俺は理由はわからないが鉱石に魔力が流せない。——無理じゃん。
え、これって骨折り損?
俺は少し沈黙し、辺りを見渡した。
そう言えば、ヘトスはさっきまで何を打っていたのだろう。
ヘトスの打っていたところを見ると、そこには紅色に輝く金属が見えた。
「あれって——?」
「ああ、あれは、先日旦那のお連れのお嬢さんに拵えてもらった魔銅の一部っすよ。個人的に加工の練習に使おうと取っといたんす」
この男、案外ちゃっかりしているな。
「——でも」
「——ん?」
「さっき加工しようと叩いてて、途中で飯ができたんで切り上げたんすが、飯食ってた時に突然光始めたんで何かあったのかなと思い、飯放置して叩いてたってわけっすよ。そしたら旦那のご登場って感じで——」
それでどんぶりが半分残っていたってわけか。
すると、ヘトスが自分の発言に対し「いや待てよ……」と顎に手を当てて、そして何かひらめいたような表情で炉に近づいて行った。
その後、彼は俺の方に振り返り「また博打になるかもしれないっすが、それでもいいっすか?」と問いかけてきた。俺は「無料で造ってもらえるんだから文句はないよ」と、落ち着いた声で返した。
★ ☆ ☆
作業工程を眺めながらある程度が経過したころ、ヘトスは真っ黒な金属に赤いラインの入った鎧をこちらに持ってきた。
「胸と背中と胴、それから肩用の鎧っすね。あとグローブに
俺はそれを渡された。
見た目が完全に金属だから重そうに思えたが、見た目に反して案外軽い。それと軽く叩いてみたが、叩いた指が痛くなるくらいしっかりしていた。
ヘトスはどことなく照れていた。
そう言えば、魔鉱しか加工できないはずじゃなかったのだろうか。
俺がその疑問を口にしようとしたとき、ヘトスが意気揚々と語り始めた。
「失敗するかと思ったんすが、成功してよかったっす! 旦那がここに来た時に、お嬢ちゃんの魔鉱石が反応したように見えたんで、もしやと思いやしたがやっぱりでしたか」
「それで、お嬢ちゃんの魔力が旦那と相性いいんじゃないかと思い、お嬢ちゃんの魔鉱石と旦那が持ってきてくだすった鉄鉱石——鉄を混ぜたってわけっす」
「ふつう、鉄と胴の合金ってのは出回りやせん。比重に差がありすぎて合金にするのが難しいんす。——ですが、魔鉱となれば話は別。銅に流れるお嬢ちゃんの魔力を鉄に流し、それぞれを魔鉱化させて混ぜ合わせることによって、お互いが魔力によって引き合うようになるんす」
「で、思った通り、魔銅鉄の鎧が完成したってわけっす。どうやら、鉄と胴の合金を炎属性の魔力で魔鉱化させたら黒くなるみたいっすね。——ちなみに牙は首飾りにさせていただきやした。あ、あと、赤い模様は魔銅で入れた……要はおしゃれってやつなんで、あまり気にしないでくだせぇ」
ここに来ても匠の粋な計らいってやつか。
たしかに、真っ黒の鎧だとさすがに味気ないし、まあありがたいか。
「ちなみに、この装備の名前は?」
「あ、そうっすね……うーん、それじゃあ
俺は嬉しそうに頷いた。
「それじゃ、あとは下地の
そこまでしてくれるのか。
「じゃあお願いしちゃおうかな」
「あ、それから」
ん?
「これははじめっから造ろうって決めてたんすけど、レザーコートを造らせていただいてもよろしいっすか?」
なんだよ、かしこまっちゃって。
「造ってくれて構わないよ」
「そうっすか? なら遠慮なく——」
そう言うと、俺は着ていた服をはぎ取られた。
★ ★ ☆
上半身下着姿の俺。なんでこんな目に。
生憎火のある場所なので寒くはないが、なぜだろう、とても恥ずかしい。
話によると「この服をベースに新しく造る」らしい。
とにかく、何でもいいから早くしてくれ。
しかし、金属を打つヘトスの表情がどことなく険しい。
どうしたのだろう。
「うーん……」
どうやら、思うようにいかないらしい。
そう言えばさっき「残った『鉄』」を使うと言っていたがそれってもしかして——。
「ねえ、もしかして魔銅使い切って、今は鉄だけで打ってるんじゃ……」
「——そうっす」
やっぱりそうでしたかー。
通りで苦戦しているわけだ。
そうこうしていると、おやじさんが顔を出した。
「ほら、代われへトス」
「え?」
「いいから、てめぇは店番しながら縫物でもやってろ」
「…………」
そう言われ、ヘトスはしぶしぶ表に出ていった。
ブツブツと「オレの客なのに」と小声で連呼しながら。
おやじさんはただ黙々と金属を打ち続けていた。
俺が声をかけようとすると、
「魔鉱はどうかしらねぇが、金属ってのはただ熱して思いっきし叩けばいいってもんじゃねぇんすわ。緻密な熱量調整と力のコントロール、それが一番大切だってあれほど叩き込んだのにあいつは一切理解してない」
「…………」
「それに、お客さんをマッパにしてまで自分が造りたいものを造ろうと優先した。それもさっさと造れるもんならいいですが、技術もないのにちんたらと——」
「てめぇの造る装備品にほれぼれする気持ちはわからなくもないが、それをお客さん待たせてまで——ましてやとんでもないかっこで待たせてまでやるのはさすがにいただけねぇ」
おやじさんの言うことは適格だ。
たしかに、ヘトスはきっと魔鉱石での装備製作が初めて成功したから嬉しくてもっと造りたいって気持ちが膨れ上がっていたのだろう。あっちから持ち掛けて、なおかつ金はいらないからそれでも造らせてくれって、正にそう言うことだ。
だが、それは自分の私利私欲のためであって、客と店員と言う立場を放棄している、その立場をわきまえなければならないと、おやじさんは言いたいんだろう。
ん? そう言えばおやじさんが造っているとなると、お金ってどうなるんだ?
「あの……お金の方って——」
「ああ、それなら気にしないでくださいな。あいつのお客さんは俺のお客さんでもあるんで、あいつの出した条件で大丈夫」
「なら、よかったです……」
そして、再び少しの時間が流れ、合計にして一時間ほどで、俺の装備は全部そろった。
※ ※ ※
「黒鉄装備一式」を手に入れた——
「赤のレザーコート」を手に入れた——
「狼王の首飾り」を手に入れた——
※ ※ ※
★ ★ ★
重たいかと思いきや、魔装備というものは同調した魔力を持つ者が装着すれば、その体と一体化して重さが感じなくなるようだ。
レザーコートは内側が羽毛になっており温かく、胸元の鎧と被って盛り上がったりキツイかと思いきや、案外ぴったりと着れた。
そして、襟元にはもこもこのファーが付いており、何となくゴージャス感が出ていた。きっとこれもヘトスのセンスだろう。
さてと、装備も揃ったし、俺はおやじさんに礼を言った後、店の中でヘトスに別れを告げ、その場を去ろうとした。ヘトスの表情は、さっきのおやじさんとの一件からどことなくこわ張っているようにも見えた。
しかし、そんな彼が、俺の背を呼び止める。
「あ、そういえば、
ああ、そのことか。
「それはまあ……いいよ。その金で美味しいもん……っても、大した額じゃないけどさ、それでおやじさんになんか御馳走してやんなよ」
その言葉を聞いたヘトスの表情は一気に晴れ、
「ありがとうございやしたっ! またのご来店をお待ちしておりやすっ!!」
彼の声が店中に響き渡った。
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