第27話「取り調べ-②-」

「————ない」


 そこにあるはずの名前がない。

 仲間であったはずの少女の存在が、そこにはなかった。


 まさかとは思うが、これは——


「——死んじまってるってことか……?」


 俺は不安と動揺、それから絶望を隠し切れないでいた。



★ ☆



 冒険の書の仕様は厄介だ。


 多様性に富んでいるモノであるが故、扱い方を理解していない者にとっては手に余る品でしかない。


 そしてこの俺、クロム・ファーマメントもその一人である。



 呼び方も複数存在し、中には冒険の書を「魔導書」と呼ぶ者もいるため、それも混乱の原因となっている。

 口頭で説明するよりもマニュアルのようなものを手渡せば済むような気がするが、長ったらしい文章を流し送りにして同意ボタンを簡単に押してしまう今の時代、我々にとって長い文章は敵でしかなかった。だからこそ、扱いながら経験値を溜めて慣れるしかないのだ。


 ——ただ、「知らなかった」と言うだけで致命的になる項目が多すぎるんだよ……。



 今になって思えば、冒険の書の「検索」機能を用いて調べることだって可能だった。しかし、「『わからないこと』が『わからない』」状況に陥っていた俺にとって、自分自身の間違いを見抜けていなかったため検索をしようと言う考えに至るはずもなかった。そもそも「召喚」とか「パーティ」とか、そんな機能があることすら知らないのにどうやって検索しろと言うのだ。


 と、あらゆる事例が重なって今に至るわけだが、これはどの冒険者でも必ず初めに通ることらしい。まあ無理もない。






 ブリトニーの名前が冒険の書に映っていないこと。それはつまり彼女がもうこの世にいないから、と言う可能性を俺は考えていた。


 試験を受けている最中、俺はファルコと共に行動していた。つまりパーティを組んでいたわけだ。ファルコとパーティになっていたとしたら、今現在彼の名前が冒険の書のパーティ欄に記載されているはずだ。しかし彼が死んでしまったから、その名前が消えた、と言うのが一般的な考え方だろう。

 冒険の書のデータは、試験の時に使っていたものを移行していると聞いたのでおそらくこの推測は間違っていないはずだ。


「…………」


 間違っていないはずだと思い、現在落胆して言葉を失っていたんだが——



「いや、それはあり得ない」



 ベクトールは、そんな俺の様子に対してはっきりと一蹴した。


「——どういう……こと……?」


 俺にはさっぱり理解ができなかった。

 それもそのはずだ。

 死んだから写っていないんじゃないのか——?


「パーティメンバーが何かしらの原因で死亡してしまった場合、そのメンバーのアイコンは灰色に表示されるようになっている。『パーティ契約』とはそんな簡単に途切れるものではないから、死亡などしてしまっても名前が消えることは無い。最も、このような状況は滅多に起きないし——と言うより滅多に起きてしまってはならないことなので知らない者も多いのだ」


 ここで俺は、「死んだから消えた」と言う理由の否定につながったため、「じゃあ生きてる可能性も十分ある」という結論に至り一安心した。

 ——でもそうだとしたら、やはり名前がないことが気がかりだ。


「じゃあなんでここに名前がないんだよ」


 死亡が原因ではないのなら、なぜ名前がないんだ——?


「考えられる理由は二つ——。一つは、冒険の書が処理を誤っている場合。そしてもう一つは、『そもそもパーティメンバーではなかった』場合だ」


 『パーティメンバーではない』——だと?

 共に行動してきたし、何なら一緒に戦闘もしてきた。それなのにパーティメンバーではないってどういうことなんだ——? 一緒に戦う仲間はパーティメンバーじゃないのか——?


 ……だめだ、色々と混乱してきた。


 ベクトールは、困惑する俺の反応を見て問う。


「おまえ、『パーティ登録』はしたか?」


「『パーティ登録』————?」


 『パーティ登録』だと? なんだそれは……。

 パーティを組むには何か手続きが必要なのか——?


 ベクトールは何かを察したかのようにして口を開いた。


「その人物とはどのようにして知り合った?」


 俺は少し動揺しつつ答えた。


「どのようにって……召喚場で——」


「召喚で呼び寄せたということだな? ならその時冒険の書に『パーティ登録』なる文面が表示されていなかったか?」


「いや、表示されていなかった……と言うより、他の人が召喚しただったんだよ。それを訳あって俺がその場で買い取ったんだ」


「その場でって……召喚されたばかりの人物を召喚場で——ってことか?」


「——そうです」


 ベクトールは再び考え込んだ。

 何か俺はまずいことでも言ったのか——?


 そしてベクトールは、ゆっくりと顔を上げて再び口を開いた。


「説明ばかりで申し訳ないが、許せ。一般の冒険者がパーティメンバーを募る際、『召喚場での召喚』あるいは『仲間売買』が主流だ。野良で一般人を仲間に加えることは比較的珍しいし、それはギルド側も推奨していない方法なのだ。強力な一般人なら良いのだが、馴れ合いで同行しようとする貧弱な一般人の場合、冒険者の足を引っ張ることにつながり無駄な死体を増やすことになる。その点『召喚』で呼び出される者はみな★★★☆☆~なので戦闘力における心配は基本的にはないからな。——ただ例外として、レイド参加などにおける冒険者同士の同盟というものもあると言えばあるが——」


「————?」


 俺は首を傾げた。


「いいか? つまりギルドは『召喚場での召喚』と『仲間売買』を推奨しているということだ。そのため、『召喚場で召喚』した場合と、正規のルートを経て『仲間売買』をした場合は、冒険の書が自動的に判断して『パーティ登録』を促してくれるようになっているのだ」


「…………はい」


 ——まだピンとこない。


「話を聞いたところ、貴様のそれは『仲間売買』と言う扱いになるだろう。——だが、ギルドを経由して『仲間売買』を行わなければ、それは正規の方法と言う扱いにはならないのだ」


「————ッ! ————…………」


 ここで俺はようやく、ある程度の内容を理解し、そしてそれがとてつもなく悲惨で残酷な結末を迎えているのだと察し、黙り込んだ。

 だが、ベクトールはお構いなしに続ける。


「つまり、この二つの『正規の方法』を辿っていなかった場合、冒険者は自発的に『パーティ登録』を行わなければならない。『パーティ登録』をして『パーティ契約』を結ばなければ『パーティメンバー』と言う扱いにはならないのだ。——そして再度おまえに問おう。おまえはその人物に対して『パーティ登録』をしたか?」



 ………………………



「…………」



 …………俺は小さく首を振った。



★ ★



 初めからパーティメンバーではなかったのだ。俺の手違いで。

 それは、長ったらしい説明を適当に聞き流した俺の責任。ましてやパーティ登録の方法なんて「基礎の基礎」のような内容を、最初から知らなかった俺に責任がある。


 長い間希望を抱いていた冒険者と言う立場。それになるために、血のにじむような努力をしてきたつもりだった。だが、それは自分の弱さを補強しただけに過ぎず、根本的な「知識」というものを詰め込む作業は一切してこなかった。


 俺自身、自分で言うのもなんだがある程度知恵の回る方だと思っている。そのため「知識」を得ずとも、工夫だけで何とかなると高を括っていた自分がいた。

 そう、地頭の良い人間がノー勉でテストに挑み痛い目を見るアレのような感じだ。



 ここで「初めの馬車」でロゼッタに言われた言葉の数々と「暢気」と言う言葉が、俺の心に突き刺さった。

 結局俺は冒険者に成っても、その心は、器は冒険者に成り切れていなかったのだ——。



「ちなみに聞くが、その人物はどのような容姿だ?」



 なんで今そんなことを聞くんだ。聞いたところで意味なんてないだろ——。


「10歳くらいの……女の子……。背はこのくらいで髪は桃色……。赤茶色の鎧を身に着けているけど、ワーウルフの攻撃で——最後に見た時には……体が真っ二つに割けてた……」


 俺は涙混じりに語った。

 ダメだ、鮮明に思い出したら、とても生きている気がしない。

 あんな状態で、魔物だらけの森の中で生きているわけないだろ……。

クソッ、弱気になっているな、俺。こんな考え方俺らしくないってのに——


 だが、その言葉を聞いたベクトールの表情は少しばかり緩くなった。


「……そうか、なら生きている可能性が高い」


 ————え?


 今の話を聞いて「生きている可能性が高い」って何?


 俺が不思議そうな表情をしているのをそのままに、ベクトールは続けた。


「例の行商人の話では、巨大なワーウルフの話ともう一つ——『少女の話』が出ていてな。犯罪者である奴の証言を鵜吞みにすることができなかった我々は、こうしておまえに事実確認をしたわけだが……巨大なワーウルフの話は事実だと分かった。つまり、奴の言う『少女の話』も事実である可能性が高いと言うわけだ」


「『少女の話』————?」


 なるほど、それで俺を連行して問いただしたと言うわけか。

 だが、『少女の話』とは——?


「説明がまだだったな。例の行商人——奴は逃げ延びる際、ワーウルフではない別の化け物に襲われかけたと言っていたのだ。その化け物の特徴と、おまえの言う人物の特徴に一致する箇所が複数存在した」


 ——なるほど、でも、


「じゃあ化け物って——?」


「あぁ、そこだけが気がかりだ。やつの証言では『角が生え、尾の生えた小柄な少女のような化け物』となっていた。無論、装備や髪色、身長などはおまえの言うものと一致していたが……。おそらく、何らかの理由で覚醒したのだと思われるが、何か心当たりはあるか?」



 心当たり——



「ない————」



 ……そんなものはない。

 これまでそんなこともなかったし、そもそも覚醒って——そりゃ亜人族の特徴じゃないか。ブリトニーの個人情報ステータスに亜人族なんて書かれていなかったが——まて、確か表記が「???」になっていたよな。それに「ドラコーン」出身って……安直かもしれないがまさか——


「——いや、あるかもしれない」


「……かもしれない?」


「……はっきりとは言えないけど、あの子はもしかしたら竜人族かもしれない」


 「ドラコーン」と言う名前と、さっきの特徴。そして火属性魔法の適正欄の下に「火炎系ブレス」の適正もあった……。

 つまり彼女は亜人族の中でも異質の「竜人族」の可能性が高い。


「……さっきからなぜそんなに曖昧なのだ?」


 ああ、それは——


「————直接、聞かなかったから」


 本人が言わなければ聞かない。それが俺の考え方だった。

 まあ、忘れていたっていう方が本当は正しいのだが……。

多少質問はするが、本人の言いたくないことは聞かない。俺はそう決めていたから、彼女の言ったことしか基本的には知らないのだ。


ベクトールはその一言で何かが吹っ切れたかのようにして、突然笑った。そして、


「そうか、なら仕方がない」


 そう言うと、そのまま扉の方を向いた。


 そして、俺に背を向けながら彼は、


「その化け物——いや、少女の体が割けていたという話は聞いていない。だからきっと五体満足で無事のはずだ。それと、一度受付に相談してみると良い。きっと助けになってくれるはずだ」


 そして、扉を開けた彼は、


「もし、おまえが直接その人物を助けたいと言うのなら、今から一時間後、この街の正門に来い」


 ベクトールは、その一言を残してその場を去って行った——

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