Ⅱ 狼王編
第18話「冒険者になりました」
目が覚めた時、そこは小さな一室のベッドの上で——
俺は、ひどい頭痛を感じつつ、上体を起こしてあたりを見渡した。
「——おう、目が覚めたか」
俺のすぐ隣には、ヴァイオレット試験官の姿があって——。
どうやらここは、冒険者ギルド本部の休憩室らしい。
あのとき何が起きて、その後何があったのか、俺はヴァイオレット試験官からすべてを聞かされた。
※ ※ ※
・本日は、事件があった翌日であるということ。
・一次試験は、星者の森を四分割して行われた……つまり、全ての受験生が星者の森で一次試験を行ったということ。
・一次試験に未確認犯罪集団(被害の大きさからSランク指定)が乱入し、数多くの受験生が犠牲になったということ。
・二次試験の開催を中止とし、一次試験の通過条件を達成した者の中で、生き残った者を試験合格者とするということ。
※ ※ ※
そう、星者の森で見た巨大な壁は、他の受験区域とこちらを分けるためのものだったのだ。そして、試験会場の口外を禁じたことと、初日に試験会場へ転移で来させたのも、全ては他の受験生たちに気取られないようにするためだったのだ。
——試験内容は全く同じだったようだが、人数を絞ることで管理を楽にしようとしたこと、実力者同士が潰し合わないように分散させたことなどの理由から、この方法を取ったらしい。しかし、試験会場を一か所にまとめたことが、今回の被害拡大につながってしまった——。
この被害の中で、俺のブロックは特に被害が大きかったらしく、その被害者の中にはやはりファルコの名前も——。
俺は、ここで初めて現実を受け入れたのか、盛大に泣いた。
泣いて泣いて泣いて、涙が枯れても、それでも泣いた。
ヴァイオレットは、そんな俺の姿を見て、優しく抱きしめた——。
ヒドラと言う男は一体何者だったのだろう——。
それとあの時、俺が見た顔は確かに「俺の顔」だった。あの男、そしてあの黒い集団、行きの馬車の中でもそうだが、奴らの目的は一体何なのか。それから、ファルコを目の前で殺したアイツ——いつか絶対に見つけ出してやる。
こうして、俺の旅の目的がもう一つ増えることとなった。
★ ☆ ☆
色々なことが起こりすぎて頭がパンクし、そのため俺は倒れたらしい。傷自体はほとんどなかったためさほど引き留められるようなことは無く、俺はそのままギルド本部のロビーへと向かった。
俺がロビーに着くと、そこにはポールの姿があって——
「あ、クロムーッ!」
彼は俺に気づき、そのまま近寄りながら話しかけてきた。どうやら、受付で冒険の書を受け取ったばかりらしい。そう、つまり彼も試験に合格した一人と言うわけだ。
試験会場が同じだったことで盛り上がり、お互い合格したことを共有して喜び合ったが、ポールの「そっちの試験会場は、とても大変だったみたいだね」と言う発言で、ファルコのことが頭によぎり、俺は少し不機嫌になった。
ポールが悪いことをしたわけじゃないんだ。ただ、まだ心の整理がうまくいっていなくて——。
その様子を察したポールは、「あ、急がないといけない用事があるからっ!」と、笑顔で手を振りながらその場を後にした。その表情はどことなく固く、作り笑いだということはすぐに分かった。
気を遣わせてしまいすまないな。
俺は、その居た堪れない気持ちを引きずりながら、受付に顔を出した。
対応したのは、初日に案内をしてくれた受付嬢だ。俺も冒険者になったのだから、これからいろいろとお世話になりそうなので名前を聞いた。どうやら彼女はマーサと言うらしい。
受付のマーサは、まず始めに「この度は、合格おめでとうございます」と言い、俺に冒険の書(赤)と、合格報酬の魔晶石5個を差し出した。
※ ※ ※
「冒険の書(赤)」を手に入れた——
「魔晶石」×5を手に入れた——
※ ※ ※
説明によると、試験中に配布された冒険の書(茶)——魔導書のデータを引き継いでいるとかなんとか。言われてみれば、いつの間にか魔導書が消えていた。
で、試験中に知りえた冒険の書の使い方についても、一部仕様が異なるとか。
例えば大きな内容だと、今回配布された冒険の書(赤)を含むそれ以降の冒険の書(後に記載)は「移動系のモーション(主に転移)を使用した際に冒険の書を一定時間使用不可にする」あるいは「消化不良で失敗する場合がある」から緊急時以外の乱用を控えるように、だそうだ。他にも何か言っていたが難しくて聞き逃してしまった。
それと、冒険者にはランクがあり——
※ ※ ※
…
Aランク冒険者 → 冒険の書(白)
↑
Bランク冒険者 → 冒険の書(青)
↑
Cランク冒険者 → 冒険の書(黄)
↑
Dランク冒険者 → 冒険の書(赤)
↑
受 験 生 → 冒険の書(茶)
※ ※ ※
——と言うように、ランクによって冒険の書の色が変わるようだ。これは後から説明するが、冒険者のランクが上がると、受けられる
で、ここで俺は試験中に見たあの黒い冒険の書について疑問に思うわけだ。それで聞いてみたら、なんと黒は「勇者」と呼ばれるSランク冒険者のみが保有しているモノらしく、現状は10人に満たないとか。で、全員名の知れている人たちばかりなので、俺は「ヒドラ」と言う名の冒険者——勇者がいるかどうかを尋ねた。
……そしたら、そんな奴いなかったんだよ、このギルドには。つまり、やつは偽名あるいは冒険者ですらないということになるから、増々俺の中で疑問が膨れ上がった。
それに、あいつと黒マントの連中、何かつながっているとしか思えてならない——。
と、長々しい御託は終わりにして、今度は
ギルド本部の掲示板から、自分と同ランク以下(複数人でクエストをする場合はそれ以上を受けられる)のクエストが受けられるみたいで、それの功績に応じて冒険者ランクが上がるらしい。まあ、
で、これら
まあ、説明された内容はこのくらいだが、割と長くて少し聞き逃してしまった気がするが、旅をしているうちに何とかなるだろう。
で、もう一つアドバイスとして、初めに配られた魔晶石を狙ったルーキー狩りが多発しているから注意しろ、ギルド内に召喚場があるのでそこですぐに消費してしまうのがおすすめ、とのこと。……ったく、何て治安の悪い場所だ。
俺は笑顔で返して、その場を後にした。
こうして、俺は晴れて冒険者となった——。
★ ★ ☆
ギルド入り口前——
さて、取り敢えずは最初の目的地に向かうとするか——召喚は嫌だからさっきもらった石はとっとと売って——って、さっきポケットに入れたはずの魔晶石がもうないっ!
今の一瞬で盗まれたのか? 俺って盗まれ性能高いのか?
と、アワアワしていたところに、「おい坊主」と肩に何かを置かれた。この声は——振り返ると、そこには俺に加速魔法をかけてくれた隻眼のおっさんの姿があった。
「——やっぱり坊主だったか。さっき盗まれてたから逆に盗んでおいたぞ。でも、これを持ってるってことは、どうやら受かったみたいだな」
おっさんは、はにかむような笑顔で俺にそれを差し出してきた。そうか、この人も冒険者と言っていたっけ。
おっさんはその後、「今年は災難だったみたいだな」と一言こぼし、
「最初のその石は疫病神でしかねぇ。外に持ち出せばボコボコにされて盗まれることだってある。だから、とっとと消費しちまった方が良い」
と言って、半ば強引に俺を召喚場へ案内した。
召喚場へは転送陣を使わなければいけないらしいが、そのためには受付から転送券を受け取らないといけない。試験前と同じだ。
……で、俺はそれを強制的に受け取らされ、今はその召喚場だ。
召喚場の入り口扉には大きな字で「精霊フェス」と書かれていた。
おっさんが悪そうな顔で笑いながら手を振ってきたのが、なんだかイラつくが——。
扉の向こう。そこは薄暗く、大きな青っぽい空間で、中心には四本の柱があり、その真ん中には巨大な魔法陣があった。そこに向けてそこそこの長さの列ができており、俺はそれを横目で見ていた。
一番先頭の人が、白いローブを着た人に何かの袋を渡していた。
そして、その人が何かの装置の中に入ると、魔法陣が光出し——そこから一人の人間が現れた。
そう、これが召喚——通称「ガチャ」だ。この世界で、魔王に対抗するために編み出された技術。世界に散らばる強者を、強制的に呼び集める——まさに「徴兵令」。
俺はこれが大っ嫌いだ。だって、これのせいでマナは——本当は召喚場になんか来たくなかったのに。
俺は、これ以上何も見たくなかったのでとっとと帰ろうとした。
だが、
「どけどけッ! 邪魔だザコどもがッ!」
そしてその男は、巨大な袋を白いローブの人物に渡すと、「50ある」と言った。そして白いローブの人物は中身を確認すると、
「…48、…49、…はい、確かに。それでは
と言って、再び機械の中に入った。
その直後。
驚くべき光とともに、魔法陣の色が次々に変化する。
初めは青……それが次は金色へと変化し、さらにそれは虹色へと変化する。
割り込んできた男は、この虹色の変化を見たところで、「やばい、やばいやばいやばいやばい。きたきたきたきた!」と興奮していた。
が、その変化はそれではとどまらず、激しい稲光、揺れともにそれはさらに「紫」へと変化した。その変化には男も動揺したらしく、驚き顔を見せていた。
——そして、それらの演出が全て終わった頃に、光は収まって、魔法陣の上には
「……おいっ! ★★★★★はどいつだ!?」
男は突然声を張り上げた。
その男の声に対し、男の背後に見えたそれは、「お呼びでしょうか」と一言。男はその存在に気づき、そいつを見るなり大喜びし始めた。
「おまえ……まさかイフリートか!?」
どうやら、それはイフリートと言う生物のようだ。
後から聞いた話なのだが、イフリートとは炎の精霊で★★★★★。精霊種は召喚で出にくいらしく、その中でもイフリートは強力と言われている。そのイフリートが出たため、彼は大喜びをしていたようだ。
そう言えば、十連と言いながら9人しかいなかったな……あのイフリートが10体目ってことか。
その男は、イフリートを見てニヤニヤしつつ、他の召喚された人たちを見ながら品定めを始めた。そして「4、4、3、4……他は全部ゴミか」と言う発言をこぼす。
中には子供も混ざっている。訳の分かっていない子供も。しかし、それらすべてを一掃し、男はすべてをゴミと呼ぶ。
そして男は、思い出したかのように白いローブの人物に尋ねた。
「そう言えば、紫になったが、あれって確か——?」
「はい、異界人です」
そう言うと、白いローブの人物は、桃色の肌をした少女を指さした。そして、割り込んだ男が冒険の書を開き、その少女に向ける。
「……確かに、表記バグってるわ。マジもんの異界人来ちゃったのかよ」
そう言うと、男は複雑そうな表情を示した。
そして、指をパチンと鳴らし、
「女、子供は売りに出せ! こいつらは金になるからな!」
「かしこまりました」
やつは、人間とは思えない内容を、そばにいた仲間に命令した。俺は今、人身売買の一部始終を目撃している。そして、
「あとの奴らは——
と言い、その者たちは何の前触れもなく炎に包まれ、そして炭となって消えた。俺の目の前で、だ。
「……っち、せめて魔力の足しくらいにはなれよな、ゴミどもが」
女性や子供は怯え、そしてさっきのピンクの少女は瞳に涙を浮かべていた。
俺の心には怒りがこみあげていた。もし、マナが同じような仕打ちを受けていたら、そう考えると虫唾が走った。
——もう我慢の限界だ。
「おいあんた、ちょっといいか?」
「——なんだてめぇ誰だ?」
「いつもあんなことしているのか?」
「あんなこと? ああ、あんなの誰だってやってるさ。召喚した者の
「処分って……お前それでも——」
「綺麗事並べるくらいならさ、とっとと魔王倒せば?」
「————ッ!」
俺は、この男の胸ぐらをつかんでいた。
こいつの言っていることは正論なのかもしれない。魔王を倒すため、強い者を集めて強化し、魔王に挑む。そのための犠牲はいとわない。
——だが、そんなのは間違っているだろ。
そんな中、男は俺の手首を見て表情を変える。
「……おまえ、★★★にも満たしてないザコじゃん。こいつら以下——奴隷以下のお前が俺に何か用?」
「————ッ!」
俺はその男を殴り付けようと拳を振り上げていた。
————しかし、
「——いたッ!」
男の取り巻きの一人に手首をつかまれ、捻られてしまった。
男は俺のそんな態度に対して鼻で笑うと、「見た感じお前、ルーキーだろ」と馬鹿にした。
「よく★★★にも満たないのに冒険者になれたな。俺の頃に比べると試験もかなり甘くなったんだなー……あ、もしかして不正でもしたのか? おい、冒険の書見せてみろよ」
男は俺を煽り続け、盛大に大笑いしていた。
————腹が立って仕方がない。悔しい。
だが、こいつの言うことは悔しいが正しい。
俺は一人じゃ合格できなかったし、俺が弱いってことは事実だ。だから、俺に言い返す言い分はなかった——。
そして、「用がないのならそこどけよ。俺は多忙なんだ」と、俺を押しのけて先へ進み始めた。
「なら……」
「——ん?」
「なら、今召喚した人たちを、俺に売れよ」
「……は? 何言ってんの?」
「俺に売れ」
「…………」
俺は、男を呼び止めた。
血迷っているかもしれないが、これしか方法がなかった。
「——売れったって、お前、金あんの?」
「『金』はない」
「……は? じゃあ売れるわけねえじゃん。何めちゃくちゃなことを——」
「けど、これならある」
俺に残されたカードは、これしかない。
「……ほう、魔晶石か。で、いくつだ?」
「5つ、これだけしかない」
「5つか……ダメだな却下だ」
交渉は成立しなかった——かに思われたが……
(いやまて、異界人は契約で縛れないし、伸びしろが分からないから、突然変異して飼い主が殺されたって話もある……。そのせいで買い手も付きにくいとか……。買い手がつくかもわからない奴に魔晶石が5つなら、割とうまい話かもしれないな——よし)
「——だが、こいつだけなら考えてもいい」
やつは例の少女を差し出してきた。
その時、背後の人物の一人がニヤリと笑ったが、俺がそれに気づくことはなかった——
★ ★ ★
常に怯え、無口な少女。
冒険の書を起動させて、彼女に照準を合わせる。
※ ※ ※
★★★☆☆?????
氏 名:???
生年月日:??? (10)
種 族:???
職 業:???
属 性:炎
魔 法:【メテア】★☆☆☆☆
:???
…
スキル:【ブレス(炎)】★☆☆
:???
…
※ ※ ※
「……名前はなんて言うんだ、おまえ」
「…………」
俺が話しかけても、言葉が分からないのか、ただ怯えるだけの素振りしか見せなかった。そんな少女を、俺はそっと撫でた。俺はきっと、その少女に妹の像を重ねていたのかもしれない。
……まあともあれ、少女を救えてよかった。他の人たちを救えなかったのが悔しいけれど。
「あり……がとう——」
ん? なんか言ったか?
——気のせいか。まあいいや。
俺は少女を買ったのであった。
※ ※ ※
『桃髪の少女』が仲間に加わった——(?)
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