【金色の裕者】「弱虫試験譚-②-」

 目の前にいたその存在は、僕のよく知る黒マントの連中と特徴が一致していた。——だが、今までに出会ってきたどの黒マントよりも、異質な何かを感じさせていた。

 あれは僕たちと同じ受験生ではない。受験生ではない存在が、なぜこの試験会場に紛れ込んでいるんだ?


 青年は、刀身が桃色に輝く刀のようなモノを眺め、それを何かで磨いているように見えた。遠くからだとよくわからないが、おそらくあれは魔石か?


 と、そんなことを遠くから観察していた僕を置いて、フィリアはその人物めがけて突っ込んでいた。




 確かに異質な存在だが、急に攻撃するのはあんまりじゃないか?

 ——そんな暢気なことを考えていたら、彼女が飛び込んだ先にあったはずの存在は一瞬にして消え、そして彼女の背後に現れたかと思いきや、片手は彼女の腕をつかみ、もう一方は刀を彼女の首元に当てていた。


「何者だ——?」


「…………」


 青年はひどく冷静で、尚且つ彼女の命をいとも簡単に取れるような雰囲気を表していた。

 僕はその光景を見て、腰を下ろして怯えていた。


 その様子に気づいた青年が、


「人間もいたのか」


 と一言こぼし、その直後に、


「魔族は殺す——」


 とフィリアが言ったのは、まさに驚きだった。


 どうやらフィリア曰く、青年は魔族のようだ。

 魔族とは、人類と魔物との混血種——亜人の中でも極めて悪とされる種族であり、その多くは魔王サイドに染まるという。そのため、歴史上迫害されることの多い種族であり、現在もその風潮は健在であった。


 フィリアがなぜ魔族を殺そうとしているのかはわからない。だが、その感情に任せて無防備に行動をしたら、彼女の身を亡ぼすことにつながる。現に今も、彼がほんの少し手を動かしただけで殺されてしまいそうな状況じゃないか。


 ——そんなことさせてたまるか。


「——その子を、放してください」


 僕は銃を、その青年に向けていた。





 特別彼女に何かをしてもらったわけでもない。ただ一緒に行動したことがあるってだけ、そして今回の試験で同じ会場だったことと、初めに出会ったのが彼女だったというだけ。

 それ以外、特に何かがあるってわけじゃない。


 でも、そうだとしても、一度知ってしまった相手が、目の前で殺されてしまうかもしれないっていう現実を受け入れることができなかった。世間を知らない僕だから、こんな甘い考えになってしまうのかもしれないけど、それでもやっぱり嫌なものは嫌だ。


 守れるなんてそんな傲慢な考えは持っていない。僕自身弱くて臆病だ。でも、そんな弱い自分を乗り越えたくて、僕は今ここに立っているんだろ。

 クロムにだって言われた。どんな理由であっても冒険者に成った者が正解なんだって。だから、強くなりたいって僕自身の理由も正解であってほしいんだ。


 そのためには、ここで引くわけにはいかない。

 ————僕は彼女を助ける。



「————オレに銃口を向ける、か。人間」



 青年は僕の方を睨みつけていた。驚いたことに、銃口を向けられているにもかかわらず一切動じていない。それどころか、僕に軽口をたたくほどだ。


 だが、僕も引くことはできない。


「……い、いいからッ! その子を放してください!」


 動じているのは僕の方ではないか。


 それまで無表情だった青年も、僕の様子を見てどことなく笑っているように見えた。

 そして、


「生憎と、エルフを殺す趣味はないんだ」


 そう言うと、彼はフィリアを押し飛ばし、刀を構えなおしたかと思いきやとんでもない速さでこちらに向かってきた。


 僕は動揺し、咄嗟に何発か発砲したが、狙いの定まっていないそれらはすべて明後日の方向へと飛んで行ってしまう。


 そして、彼が間合いに入った時、僕の目の前を桃色の刃が————僕は恐怖で目を閉じかけていた。


 カキンッ————————


 目の前で火花が散る。

 半開きの目にパチッと光る火花が映ったかと思えば、そこに広がっていたものは————


「盾だと——? 形状変化する武器……異形剣か」


 僕の目の前には、巨大な盾が生成されていた。



★ ★



 とてつもなく鋭い太刀筋を、軽々とはじく盾。僕自身意図したものではなかったが、これはどうやら銃が変形した姿————僕がその時必要とするものの形に、それは変化するようだ。


 しかも、付け焼刃程度の守備力なんかじゃなく、とんでもない強度を誇っている。現にあの刀をはじいたわけだし————


 青年もこれには驚いたようで、僕から距離を保とうとした。その隙をついて、先ほど吹っ飛ばされたフィリアが何かしらの攻撃を仕掛ける。ブツブツと何かをつぶやいた感じ、あれはおそらく魔法の類だろうか————


 ——と、瞬間、周りの精霊たちが突然乱れ始めたかと思いきや、あらゆる属性の魔法がバチバチとあちらこちらで乱れはじめ、それらすべてが青年へと襲い掛かった。


 だが、


 ブンッ————————


 刀を一振りして、それらを軽くあしらう。


「精霊か————また妙なものを————」


 どうやら彼にもそれらの姿は見えているようで、その発言に対してフィリアも驚いていた。そして、


「本物の精霊と言うものを見せてやろう」


 彼はそう言うと、ブツブツと何かを唱え始めた。

 ————しかしその途中で、


『——エルゼ、ハーツが暴走を……』


「————なに? ハーツが? それは本当か?」


 突然取り乱して、誰かと話しているようにふるまい始める。

 そして、一つため息をついて、


「目立ったマネはするなと言われているはずだろうが」


 彼の表情はどことなくあきれ返っていた。



 そのまま僕らに視線を向けた彼は、


「急用ができた」


 そう言い残して、僕たちに背を向けながら歩き始めた。

 しかし、フィリアがそんなこと許すはずもなく、その背中めがけて精霊たちに魔法を放たせる。

 だが、彼の背中に到達しそうになったそれらすべては、すんでのところで何かによってかき消されてしまう。


 彼は振り返り、


「ついてこないでくれるかな」


 その一言は、とてつもない威圧を放っていた。直後、とてつもなく大きな地震に見舞われて、僕たちはその場に立っていることがやっとな状態となる。

 揺れに対してバランスを取る中、彼は大きな翼を生やし、それを大きく広げて飛び立った。


 フィリアは相変わらず追いかけようと手を伸ばしていたが、不安定な足場により、現在の自分を何とかすることに精いっぱい。


 そして、僕たちは彼を見失うのであった。



★ ★ ★



 その後もフィリアをなだめながら、何とか足りない分の石をかき集め、ようやくゴールへとたどり着く。

 そして、その場で次の試験の説明を受けている最中に、巨大な爆音と振動が僕たちを襲い————あとはご存じのとおりだろう。


 結果的に僕たちは生き残ることに成功したが、この試験において犠牲者が多く出てしまったと聞く。その中でも、クロムの会場は特に、だ。


 自分が助かったからこのように余裕ありげに言えていることだが、被害者は僕だったのかもしれない。そう考えると、今も眠れないんだ。


 けれど、僕は冒険者に成ることができた。だからこそ、僕は自分自身のやるべきことを見つけ、強くなるために冒険をするんだ。亡くなってしまった人たちの分まで。


 あの時出会った青年は一体何者だったのか。それは今でもわからない。僕らを襲ったあの黒い集団のことも————


 ただ、それら全てが今回の事件を起こした張本人であると言うことは変わらない。僕のことをつけ狙う集団との関係性もわからないが————



 ————とにかく、冒険者に成れてよかったよ————



 こうして、僕の冒険が幕を開けるのであった。

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