第06話「個人情報」

 ゴーン、ゴーン——。


 定刻を告げる鐘の音が、あたり一面に大きく響き渡る。

 やばいこれはどっちなんだ? とにかく、目の前のあの扉を突っ切ればなんとかなるはずだ。

 そして俺は、例の集合場所として指示された部屋の扉を蹴破った。


「ふー、あぶないあぶない……。ってあれ、間に合ってない感じですか?? もしかして……」


 走りつかれた倦怠感けんたいかん。額にびっしりとかいた汗を拭い、俺は大きく深呼吸した。

 ……なんだろう、周りからとてつもない数の、異様な冷たい視線を感じるが、きっと気のせいだろう——。



★ ☆



「え? 手続しないと案内できない?」


 加速魔法の効果もあり、何とかぎりぎり間に合った俺は、冒険者ギルド内を徘徊していた。そして今はギルドのロビーにいる。


 御者に指示されたのは確かにここだった。だけど入ってみたが案外広い。部屋も多いし、一体俺はどこへ行けばいいんだ。あいにく、案内の看板や、案内する係の者がいるわけでもない。

 それに、野良の冒険者だろうか、一般の人たちがぞろぞろといて、貧弱な自分がとてつもなく場違い感を出していて、早くどこかへ行きたい気分だ。


 本来ならば、他の受験生の後を追ったりもできたが、何せ時間ギリギリなわけだからそれっぽい奴も見当たらない。もしかして、案内の看板や係の人も、本当は元々居たけれど時間ギリギリになったから撤収してしまったとか——。


 俺が途方に暮れていたそんな時だった。受付にいた女性が声をかけてくれた。女性にあらかた事情を話すと、女性もある程度察してくれていたのか、スムーズに説明してくれた。


 話によると、集合すべき会場は隠された場所にあるらしく、そこへ行くには転送魔法を行使しなければならないとか。そのためには、この本部である程度手続きをしないといけないらしい。


 そして今に至るわけだが——。


 その手続きと言うのが少々時間のかかるもののようで、遅刻になるかならないかがひどく怪しまれるのだとか。

 そんな、ここまできてそれはない。


「なんとかなりませんか?」


「照合に時間がかからなければ何とかなりますが……。とにかく、その電照板に手をかざしてください」


 電照板とは、この世界における生物の魔力から個人情報を読み取ったり更新したりできる機械のことである。

 生物にはそれぞれ魔力が流れており、それを読み取ることでその人の能力値を抽象的に算出する(★評価と呼ばれ、基本は★~★★★★★で評価される)と同時に、あらかじめ登録された個人情報ステータスにアクセスする仕組みでとなっている。指紋認証のようなものだ。


 この世界のすべての人間は、生まれた時に魔力を、個人情報ステータスを登録する義務がある。そしてこの個人情報ステータスに関するデータの全ては、冒険者ギルドが管理している。また、この情報は、ある一定の期間で更新しなければならない。


 そして、もう一つ重要なことが存在する。

 この★評価と言う方法で算出されたデータは、「召喚」の参考にされる、と言う点だ。具体的には、「★★★~」の存在が召喚の対象となり、その者の手首には特有の「刻印」が浮かび上がると言われている。つまり、「★★★~」の人間、あるいはその他の生物は、いつ何時召喚されてもおかしくない、と言うわけだ——。



 俺は手をかざした。すると驚いたことに、一瞬にして俺の個人情報ステータスが浮かび上がったのであった。


 時間がかかるのではなかったのか——?



「★★☆☆☆

 

 氏  名:クロム・ファーマメント

 生年月日:星歴 4997年 5月 1日(16)

 職  業:農家

 種  族:人


 属 性:無

 称 号:なし

 魔 法:なし

 スキル:【カテゴリー:農作業】

     【植物成長補正】★☆☆

  ✓  【種まき効率化】★☆☆

  ✓  【水やり効率化】★☆☆

 …【耕し効率化】を獲得することで、

✓の付いたスキルが【農作業効率化】へと変化します。


 更新履歴:

  ✓  星歴 4997年  5月 1日

  ✓  星歴 5002年  5月 1日

     星歴 5005年 11月15日

  ✓  星歴 5007年  5月 1日

  ✓  星歴 5012年  5月 1日

 New! 星歴 5013年  8月15日 

 …✓は定期更新履歴です。

                   」



 最後に更新したのが1年前とは言え、魔法、スキルともに変化なし、か。……はぁ。



 女性は、俺の目の前にデータが映し出された途端、手元を見て驚いた表情を見せていた。女性の手元の機械にもそのデータが映し出されているようだ。

 驚いたのはおそらく、思ったよりも早く個人情報ステータスにアクセスできたからだろう、たぶん。なんにせよ、焦っている俺にとってはありがたい話だ。


 女性はそんな驚いた雰囲気を若干隠しながら俺に確認を取る。


「クロム・ファーマメント様で……お間違いありませんね?」


「はい」


「……かしこまりました。それではこちらの同意書にサインをお願いします」


 俺は、手渡された液晶に映る文面を流し送りにし、同意欄にサインをした。


 女性は不思議と、複雑そうな表情だ。

 ——口には出さないが、おそらく俺の★の数を見ての反応だろう。あんまりいい気はしないが、まあ覚悟はしていたことだ。仕方がない。


 そして彼女がごそごそと何かを探しているかと思いきや、懐から何かを差し出し、奥の方を指さしながら説明した。


「あちらに見えます魔法陣……『転送陣』とこちらでは呼ばせていただきますが、会場に向かう際は、あちらをご利用していただくことになります」


 本部一階、大広間奥のくぼみに見える、床に青白い円形の文様が描かれた空間。  

 「転送陣」と言うのはあれのことか。


「そして、こちらは転送券でございます。会場に移動する際に必要となる、言わば切符のようなものでございます。転送陣をご利用される際は、こちらを所持している必要があります。また、こちらは往復分となりますので、破損や紛失等、ご注意お願いします」


 受付カウンターに置かれたそれは、一枚の小さな紙きれのようで、しかし手に取ると思ったよりも頑丈かつ、何か不思議な力を感じた。俺はそれを胸元のポケットに、先客とともにそっとしまった。


 受付の女性は、「何か質問はございませんか?」と問いかけてきたが、俺は流れで「大丈夫です」と答えた。女性はそのまま「それでは、ご武運をお祈りしております」と言ったので、俺は少し苦笑いをしてその場を去った。


 その時見せた、女性の意味ありげな表情が、少し心に引っ掛かったまま——。



★ ★



 周りに見える連中の視線が刺さる。

 聞かされていた集合部屋は、なかなか広く、それでいて薄暗い、大学の講義室のような造りになっていた。中央に扉があり、そこを中心に扇形のような形状。そこからまっすぐ階段が降り、突き当りには檀があった。


 壇上には、少しゴツめの、身長190センチメートルはあるであろう大男が、マイクスタンドに向かっていた。どうやら俺は、話の途中に割り込んでしまったようだ。


 一瞬の出来事だった。扉から入ったばかりの俺のそばには誰もいなかったはずなのに、ふと意識を外したとたんに、二人の男に腕をつかまれていた。


「——……ッ! なにすんだよッ!」


「すまないね~。でもこっちもお仕事でさ~」


「…………」


 軽そうな雰囲気の若い男と、無言で馬鹿力の男。見るからに実力のありそうな、そんな二人だ。腕を捻られているわけでもなければ、痛みを感じることをされているわけでもない。しかし、つかまれた腕を中心に、俺は身動きが一切取れなかった。

 さっき肩をつかまれたのと同じか、もしかするとそれ以上だ。こいつらは一体——。


「申し訳ございません……。規則として、定刻を守れなかった者に試験を受けさせることはできなくなっております。ですので、どうかお引き取り願います……」


「と、言うわけだー。ごめんなー少年、また次回挑戦してちょーだい」


 そんな……。

 確かに覚悟はしていたけれど、ギリギリじゃないか。それに、俺は、一人であって一人じゃない。ロゼッタの思いも背負っている。だから、ここですんなりと引き下がることは、できない。


「そ、そんな……、なんとかなりま——」


 グイッ————!

                                    痛ッ!!


 抵抗する素振りを見せた途端、軽そうな男が、つかんでいた俺の左腕を捻った。力がかかっている感じはしない。動作も小さい。しかし、その痛みは想像をはるかに上回っている。


「こっちも手荒な真似はしたくないんだー。だから素直に従ってくれなーい?」


 不思議な圧力と、異様な痛み。そしてこの迫力と「仕事」と言う言葉。間違いない、今回の試験官かつ現役の冒険者だ。

 この二人を相手にしたところで、俺の抵抗はむなしいだけ。とても力押しで敵う相手とは思えない。どうしたらいい——。


「さー歩いてー。転送陣まで行くよー? せーの、いっちに、いっちに——」


 まるで赤子のような扱いだな。

 俺は無抵抗のまま、二人の男に連行されるしかなかった。

 周りの奴らも、今起きた出来事で試験官及び現役の冒険者の実力を感じ、再び気を引き締めているのがわかる。


 俺は壇上を向きながら、後ずさりする形で歩いていた。その時、周りの奴らの中にポールの姿を見つけた。

 どういうわけか、情けない顔をしている。あぁ、俺って無力だな……。

 そんな中、横目にチラッと、壇上の男が耳元を抑えて何か喋っているのが目に入る。あれは……インカムか?


 壇上の男がチラチラとこちらを見ては、再び耳元を抑えて喋るのを繰り返すのが見えた。遠くからじゃはっきりと見えないが、口元には小型のマイクもついているように見える。つまり、誰かと話しているのか?


「彼を通しなさい」


「いや、ですが……」


「通しなさい」


「……かしこまりました」


 男は少しためらうような素振りを見せ、再度こちらを見つめ言い放つ。


「待ちなさい」


 その言葉はどこか重たく、しかし空間全体にジーンと響き渡っていた。


 俺を連行しようとしていた二人が動きを止め、壇上の男に視線を向ける。


「どういうことですかー?」


「彼にも、試験を受けさせます……」


「……しかし、これはどう考えても規則違反では……」


 何やら言い争っているようだ。

 この時、無口な男が初めて口を開いて驚いたのは、また別の話。


「……『上』からの、命令です」


「————ッ!」


「…………ッ!」


 俺の後ろのいた二人が、その言葉一言で、一瞬にして凍り付いた。気が付けば、俺の腕は自由になっている。


 俺は、固まった二人を背に、そのままゆっくりと階段を下り、さっき視界に入ったポールのもとへと近寄った。

 周りの連中は、その間も俺から視線を外さないでじっと見つめて来ていた。そしてポールもまた、俺がそばに来た瞬間に、張り詰めた糸がプツリと切れたような反応を見せた。


「ったく、心配していたんですよ!」


「ごめんごめん、少してこずって」


「もう、しょうがないですね……」


 安心し、安堵あんどの表情を見せるポール。しかし今度は周りをぐるりと見渡し、顔色を真っ青にしている。俺に向けられていた視線が、ポールにまで伝染したからだろう——。

 ポールはその空気に呑まれ、黙り込んでしまった。


「えー、少し脱線してしまいましたが、引き続き試験の説明をさせていただきます……」


「…………」


「申し遅れましたが、私、今回の試験の監督官を務めさせていただきます、ベクトールと申します……。よろしく」


 視線を集め静まり返った空気の中、壇上に立つ男が口を開いた。

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