★★☆☆☆のユウ者

ToM@

Ⅰ 冒険者試験編

プロローグ「厄介払い的追放」

 それは、ふとした瞬間の出来事だった。


 いつものように妹——マナと農作業に励んでいた、そんな日常の一コマに、突如としてそれは現れたのだ。

 初めは何かわからなかったが、マナの悲鳴でようやく俺は理解した。


 草の陰から顔を覗かせる、巨大なオオカミの魔物。高さおよそ3メートルほどのその体をさらに大きく見せ、鋭く光る牙を覗かせながらこちらを威嚇していた。


「魔物だ! 魔物が出たぞ!!」


 悲鳴を聞き付けた村の人たちが、状況を察知して皆に知らせる。

 マナは腰を抜かして立ち上がれない状態だ。

 魔物は今にも襲い掛かってきそうな様子である。


 どうする。どうすればいい。


 悩んでいる暇なんてなかった。

 俺はマナの目の前に立っていた——


 そこで、俺の意識は途絶え、




 その後マナは、俺の前から姿を消した。





 アルガリア大陸——



 魔王が世界を支配するようになってから、我々人類の最後の砦として健在するのがここ、「アルガリア大陸」————。世界地図の中央に位置するこの大陸は、魔王の力が強く及んだ他の大陸と異なり、比較的魔王による被害が少なく、生息する魔物も弱いため、我ら人類にとっては「希望の大地」とされていた。

 この大陸には、魔王を討伐するために作られた【冒険者ギルド】の本部があり、そこを中心にした都市として、「首都アルグリッド」が存在する。



 そして、ファールス村——



 アルガリア大陸辺境に位置するこの村は、自然豊かな森に囲まれており、そのためその土壌を生かした農業が盛んであることで良く知られている。


 俺は、その村で農家として生まれ育った少年であり、本日は首都アルグリッドで開かれる大切な試験の日。ようやく条件である16歳を迎え、受験資格を獲得した——にもかかわらず、今日に限って珍しく寝坊をし、今は焦っている。そう、子供が遠足前に、胸を膨らませすぎて眠れなくなる、あれのような感じだ。


 ——ともあれ、俺は用意周到な人物でもあったため、昨日のうちに荷物をまとめていたこともあり、準備はスムーズに進む。

 そして、ご自慢の「クワ」を背負い、村の外に向けて今、走り始めるのであった——


「頑張りなさいよ……クロム。お母さんは誰よりもあなたを応援してるから」




 共に暮らす母親は、俺が旅立つことを心の底から応援してくれていた。



 ————あと、村の連中も。



 女手一つで育ててくれた母。

 父は俺が幼い頃に他界したらしく、そのため村の人たちからも良くしてもらうことが多かった。だが、妹の一件の後、ギルドの連中のお達しで「父親が実は国際指名手配犯であった」と言うことが世間に知れ渡った途端、手のひらをひっくり返したかのように、俺の家族は村の連中から煙たがられる存在となった。

 終いには、この村に魔物が押し寄せた件も、「マナが魔物をおびき寄せたのではないか」などと馬鹿なことを言う連中も現れる始末。


 今日俺が旅立つと言うことを、正直なところ母親以外は別の意味厄介払いで応援していたのだと思う。




「あれってファーマメントさんのところのクロムよね」


「ええ、やっと出てってくれるみたいね」


「……よかったわぁ~。うちの子に悪影響出たらどうしようって思ってたから……」


「犯罪者の血筋ですからねー。それに魔物とも繋がりがあるそうですし……」


「怖いわよねー」


「「ねー」」




 近所のおばさん集団が俺の方をチラチラと見ながら何かを話していた。きっと悪口だろう。

 俺はあえてそこへ近づき、


「今日で旅立つことになりました。今までありがとうございます」


 と、丁寧にあいさつをした。

 すると彼女らは動揺した表情を見せたが、


「あ、あらあらクロムじゃない。冒険者試験に挑むみたいね? あれはとても難しいと聞くから頑張るのよ?」


「うちの子もクロムちゃんが居なくなると寂しがっちゃうわ~。ほんと、体には気を付けるのよ~」


 フンッ、白々しい。

 試験に落ちたら帰ってくるってのに、それに俺のこと試験に落ちるって思っているくせに、まるで「もう二度と帰ってこないでください」って言っているみたいじゃないか。


 ——被害妄想だと思うか? むしろ被害妄想ならマシさ。

 あんたらがうちにしてきた嫌がらせ……肥料に劇物を混ぜたり、用水を枯らした挙句井戸を独占して俺たちに分け与えなかったり——ああ、「魔物をおびき寄せる札」なんかも貼り付けてきた奴いたな、そう言えば。


 父は他界——妹も失踪して人手もなく、母さんと俺で必死こいて生きようとしてきたのを、あんたらは偏見と決めつけで追い込んだんだよ。俺はまだ子供だったから、それらすべての重みを理解してなかったけれど、本当にすごいのは母さんだ。よく耐えて生きてきたと思うよ、本当に————


 表面的には優しそうな面見せているけどさ、あんたらが今までにしてきたこと、俺は忘れてないからな。


 俺は深々とお辞儀をし、その場を去った。


「……なにあれ、嫌味?」


「さあ? あの家族が何を考えてるのかさっぱりだからね。まあ、考えなんて理解もしたくないけど」


 相変らず、やつらはコソコソと何かを話していた。






『これを——キミが旅立つときに渡すようにと、キミの父親から預かったものだ』



 村長から預かった謎のきんちゃく袋。——それも二つ。

 今は亡き父親からの贈り物らしい。袋の中には石ころみたいなものが入っているようで、何やら禍々しいオーラを感じた。それと不思議なことに、その口を開けようとしても一切開く気配がなかった。そう、どれだけ力を込めても、袋そのものを破ろうとしてもびくともしなかった————


 一方を俺に、もう一方を兄弟に渡して欲しいとのことらしく、おそらく一方はマナのものだろう。旅の途中に出会った時に渡すようにと、俺は二つとも預かった。

 そして、その一つを胸ポケットにしまい、もう一つをリュックの中に——。


『そんなものとっとと捨ててしまえと言ったのに、呪われたらどうすんだとかビビりおって。——ほら疫病神、さっさとこの村から出ていっておくれ!』


 村長の奥さん——あのババアが何を言おうと、知ったこっちゃない。

 村長も、苦笑いでババアに制止を促し、俺に優しい言葉をかけ応援したが、内心ではあのババアと同じことを思っているのだろう。


 フンッ、いいさ。どう思われようと——




 村の人たちは、祭事の準備で大忙しだ。

 ——と言うより、それを理由にすることで俺と会話しなくてもいい状況を作り上げてるようだ。


 俺はまた、それを横目に大急ぎで村の外へと向かう。




 あの日誓ったこと。

 絶対にあきらめないと誓ったこと。

 そして、母との約束を胸に。


 絶対に『連れ戻す』と誓ったあの日から、この日をずっと待ち焦がれていたのだから。


 誰が何と言おうと——

 例えこの村から「追放」されようと、俺は————




 ——その思いを胸に、俺は村の門を越える。


 都から来た門番たちの、不敵な視線を横目にしながら——




 今、ここに冒険の幕が上がる。

 たった一人の少年の、小さな小さな勇気の物語が。


 ——大きな大きな壮大な物語の幕が、

             今、ここに——






「待ってろよ、マナ——」

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