第12話 小百合 想いを新たにする
【小百合 視察旅行をする 2】
-1-
あの中学校時代の出来事を思い出した時、旅館を継いでからあの時と同じ轍を踏んでいたことに小百合は気付いたのだった。
旅館を立て直したい、その思いから自分が正しいと考えたことを従業員に一方的に指示し続けた。
その際に指示される従業員の気持ちを一切考えたことなかった。
それってあの時と同じじゃないか。
下級生が従業員に変わっただけだ。
相手の意見を聞こうとせずに自分の正しさだけを人に押しつけようとしている。
それでは人をまとめることはできないってことをあの時学んだのに。
そう思った時に小百合の目から涙が零れ落ちてきた。
「委員長、昔のことで感傷に浸るのは自由だが、これから旅館建て直しという大仕事の本番なんだぞ。しっかりしろ。部長」と斗司登が言った。
「感傷になんて浸ってないわよ。自分に腹を立てているだけ」と言いながら小百合は涙を拭った。
「小百合だから「改善」って知っているよね」と斗司登が言った。
「改善、ってトヨタの改善?」
「そう、その改善」
「その改善がどうしたの」
「改善って何も製造業だけじゃないって思うんだ」という斗司登の言葉に小百合は少し考え込んだのち「そうだね」と言った。
「このホテルも想像だけど、少しずつ改善をしていったんじゃないかな」
「そうかもね。うちも改善が必要だね」
「そうだよ。そのためには……」
「一人、私のアイデアだけではなくみんなのアイデアを活かしていく」
「そうだよ。一人が思いつくことって限られる。スーパー経営者じゃなくてオール橘湾荘で戦っていく。組織の命は人だよ」
「正直に言うとね、私、再建計画がうまく行かないのは指示通り動かない従業員のせいって思っていたの…… 私がバカな指揮者だっただけなのにね」
と言うと止まりかけた涙がまた落ちてくる小百合だった。
「だいぶん、水分が流れたからもっとビールを補給しないと」と斗司登が茶化した。
「アルコールは利尿作用があるからビールをたくさん飲むと逆に脱水になっちゃうよ」
「いろいろ言わずに飲んだ飲んだ」と斗司登は酒を進めた。
二人は、食後も斗司登の部屋に行き、その夜は遅くまで二人は語り合った。
-2-
翌朝、小百合は日差しの眩しさを感じて目が覚めた。
小百合は「うぅ~ん。飲み過ぎたかな」と顔をしかめて頭を押さえた。
起き上がった小百合は重苦しい足取りでトイレに向かった。
トイレを出ると冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出し3分の1ほど一気飲みした。
その時、小百合は部屋の雰囲気が少し違うことに気付き「あれっ?」と独り言を言った。
「ここって団長の部屋じゃないの」と俊郎の部屋で寝込んだことに気付く小百合だった。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
小百合はドアを開けた。
そこには斗司登の姿があった。
「起きた」と斗司登は屈託のない笑顔で言った。
「頭は重いけどね」と小百合も笑顔で返した。
「朝ご飯いける」と斗司登が聞いてきたので小百合は「ちょっと待ってくれたら、すぐ行けるよ」と小百合は言った。
10分後、二人は昨日の会場で朝食を食べていた。
朝食は流行のバイキングだった。
「朝食ってどこでもバイキングだね」と斗司登は言った。
「何だろうね。旅館、ホテルの朝食って豪華すぎるって言うか、量が多すぎるよね。前日の夜、ご馳走をタップリ食べているのに、朝からまた、これでもかって食べさせられるのって昼まで胃が重いよね」と小百合が言った。
「ホントだよ。重すぎず、手抜き感を感じさせない、満足感を感じる朝食を考えるといいかもね」と斗司登が答えた。
-3-
二人は南風閣を出ると国見町の百花台で一休みした。
平成2年に植樹祭が行われた百花台は今、公園として地元の家族連れが訪れる場所となっている。
百花台を出た時は午後0時を過ぎていた。
少し運動したのでお腹も軽くなったね」と斗司登が言った。
「次は何を食べさせてくれるの」と小百合が言った。
「次は麺類かな」と斗司登は言って車を発進させた。
車を30分くらい走らせ、愛野町を過ぎ諫早市に入っていた。
諫早市に入って10分足らずで斗司登は右のウインカーを上げた。
右折待ちであったが国道57号線は通行量が多く中々、右折できなかった。
それを遠くから見ていたのであろう対向車の大型トラックがパッシングして右折させてくれた。
斗司登と小百合は頭を下げながら右折して担々麺という大きな登りを掲げたこじんまりとした町の中華料理屋の外観を醸し出した店の駐車場に車を入れた。
駐車場は店の表には3台分しかなかったがすでに2台分は車が駐車されていた。
車を降りて小百合が見ると「香蘭亭」と店名が見えた。
いつものように小百合は斗司登について店に入ったが店は4人掛けのテーブルが4席と二人がけのテーブルが2席、加えて一人がけのカウンターがある程度の広さであった。
斗司登は空いていた、奥の二人がけの席に座った。
小百合はメニューを見ると赤の担々麺と黒の担々麺の字が飛び込んできた。
そういえば、店前の登りにも大きく担々麺と書かれていたので担々麺が店の推しなんだなと思って小百合は「黒と赤の違いは何?」と斗司登に聞いた。
斗司登は「赤が辛くて黒は辛くないんだよ」と答えた。
「じゃぁ、昨日ご馳走を食べ過ぎたから、脂肪を消化するためにカプサイシンを多く取ろうかな」と言って赤の担々麺を注文した。
じゅあ、と言って斗司登は太麺の皿うどんを注文した。
二人が他愛もない雑談をしている赤の担々麺が運ばれてきた。
赤い汁の上にもやしがタップリと載せられその上に鷹の爪がまぶされた挽肉の炒め物が載せられていた。
続いて斗司登が頼んだ皿うどんが運ばれてきた。
小百合は割り箸を割ってもやし越しに箸を奥まで突っ込むともやしの下の麺が一緒に上がってきた。
それを口に運んで小百合は「美味しい」と呟いた。
小百合は後を引く美味しさにアッと言う間に赤の担々麺を平らげた。
食べ終わって、ふと斗司登を見ると斗司登の皿うどんは3分の1も減っていなかった。
「食欲ないの?」と小百合は聞いた。
「いや、いや。これを食ってみて」と斗司登は言うと自分の皿うどんから餡がかかった麺を箸でつかんで小百合の丼に残った赤い汁に入れた。
小百合は言われるがままに皿うどんの麺を担々麺の汁と一緒に食べてみた。
「えっ。これって何?食べたことない食感だわ。美味しい」
小百合は目を輝かせて言った。
皿うどんの焦がした太麺が担々麺との相性が良く、かつこれまで食べたことがないものであったのであった。
担々麺屋さんを出た二人の車は左折し下来た方向へ進行した。
その車の中で、今食べた担々麺の汁に焦がした麺を入れたものの話をした。
「さっきの麺、どうだった」
斗司登が言うと、小百合は「あれって、これまでない新しい麺としての可能性があるんじゃないかな」と言った。
「委員長もそう思う。俺は絶対行けると思っているんだ。名前も考えている。小浜麺どうかな、このセンス」と斗司登は弾んだ声で言った。
「いいんじゃない。ご当地麺っていう感じがするわ」
「よし、落ち着いたら、これを実現しよう」と斗司登は言いながら車は愛野町から吾妻町に入り堤防道路へと進行した。
堤防道路を走りながら斗司登は「この有明海は宝の海だと思うんだ」と言った。
「締め切り反対派がよく言っている言葉だね」と小百合は応えた。
「その言葉は真理だけど、その宝を長崎県民は活かしきっていない」と斗司登は言った。
「活かしきっていないって……」と小百合は聞いた。
「これから行く場所がそれを教えてくれると思うよ」と斗司登は言った。
二人を乗せた車は堤防道路過ぎると右折して県境方向へ進んだ。
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