星空の解の公式

嶌田あき

地球は丸い

「地球が丸いことを知りたければ、オーストラリアで夜空を見るといい」


 ある日の授業中、数学の先生がつぶやくようにそう言った。高校生の私には、何のことだか全然分からなかった。何かの聞き間違いかとも思ったけれど、そうじゃない。知っている単語を知っている文法で紡いだ言葉なのに、全体では意味不明なのだ。


 aもbもcも、足し算もかけ算も分数も二乗も平方根も知っているというのに、結局意味がよく分からなかった、あの「解の公式」とどこか似ている。きっと、そんなもの知らなくても生きていける、とその頃は思っていたせいもあったのかもしれない。


 xイコール2a分のマイナスbプラスマイナスルートb2乗マイナス4ac。地球が丸いことイコールオーストラリアデヨゾラヲミルコト――。

 社会のルールとは違う数学のルールは、何千年も前からひっそりとそこにあり、訪れる人をただじっと待っているだけなのだ。意識してもしなくても、それはただそこに在り、ときおり訪れる人を少しだけ楽しませる。夜空の星も同じかもしれない。


 そもそも、地球が丸いことを知りたいなんて、いまどき誰が思うだろう? 世界はぐるりと一周できることは小学生でも知っている。かつて極東と言われていた島国だって、その国の世界地図では東の隅ではなく真ん中に描かれている。もはや地球が丸いことを疑う余地は、1ミリだってない。


 地球が丸いことも、解の公式や夜空の星と同じ「訪れる人を待っている存在」のなかまだ。初めて見つけた時代には大騒ぎだったろうけど、ブームは去った。今や誰も気にしてなんていない。みんなが気にしないということが、みんなが認めたということでもあるわけだ。


 でも、いつ誰から地球が丸いことを最初に教えてもらい、ストンと腑に落ちるのはいつ頃だったか覚えていない。確か、幼稚園、いや、小学校のしかも高学年に上がってからのような気もする。結局のところ、いつの頃からか証明というズルで安心を買うようになるのだ。


 沖に向かう帆船が少しずつ水平線に沈んで見えなくなる。地球の影が月に映る月食を見ると丸い形が見える。万有引力で粒子が引き合うと、最後は球体になって安定する。証明は窮屈なほど一分の隙もない。でもクロスワードパズルは、答えを知ってしまった後からは、絶対に楽しめない。


 そうして私たちは、人に教えられた答えを頭に書き込んで、地球が丸い実感のないまま生きる。


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