第四話 胡麻、落ち込んだ後


 アレルギー検査をして、医師から「もう胡麻ごま食べないほうがいいよ~(胡麻ぐらいなら)食べなくても平気でしょ~」と胡麻生産者が聞いたなら怒り狂いそうな診断が下り、早や二か月。

 己が胡麻を食べられなくなったと周囲には触れ回ったつもりだったが、甘かった。

 たまたまアレルギーの話題になり、しばしば食事を共にする相手に「自分は聞いていない!」と声を荒げられてしまった。その語気には、みんな知っているのにどうして自分には隠していたのだという責めが含まれる。となれば、「言いました!」と反射的に斬り返さないではいられず、場を凍らせた。



 ・・・・・・謎はすべてとけた。


 

 まあ、おかしいとは思っていた。

 食べられないことを伝えた後にも、その人から胡麻入りの菓子をもらうことが度々あったゆえ。お菓子はデスクに置かれていただけなので、わざわざ食べられないんですと返却しなかった。そこできちんと話していれば回避できた。

 純粋に忘れてただけ。相手はうんと年上で、会話の一端に出てきた他人の性質など覚えておらずとも責められまい。私とてその人の性質を知らない。悪意はない。


 で、あるのだけれど。


 清澄な泉の底をかき混ぜて濁らせたように、荒げた空気はなかなか凪いでくれない。

 その場を後にしても、帰途についても、猫を撫でても、鬱々としていた。もっとうまいやりようあったでしょう、大人でしょう、流せば良かったのに、でもさあ、・・・・・・




 そんなわけで、カボチャのポタージュである。




 翌日の休みに作ろうと思っていたのだけれど、その日の夜に繰り上げした。手っ取り早くよくできましたね感を味わいたかったのである、感情の上塗りをしたかったのである。

 カボチャのポタージュも付属のメニュー集に載っていたもので、作り方は簡単。刻んだカボチャ・玉ねぎ、コンソメ、水、牛乳、塩をぶちこみ、ボタンをピ。以上。

 だけれど、過去三回と違うのは、今回はじめて〈まぜ技ユニット〉で武装する──もとい、をセットする。人の手を汚さずとも、過熱状態に合わせたタイミングで〈まぜ技ウィング〉が開き調理してくれるという、人をズボラ道に堕とす恐ろしき汎用釜型調理機器、人類ズボラ計画!

 

 材料投入、装着完了、天面ふた閉鎖。発進、ホットクック!(某声優さんで再生推奨)



 ・・・・・・、・・・・・・、・・・・・・し、しまらない。



 うん、嘘。発進、うそ。蓋が閉まんない、なんかつっかえてる。

 〈まぜ技ウィング〉の装着が甘かったのか、蓋が閉まらない。説明書読んでも、ネットで検索しても、わかんない。

 そして三十分間ほど、あーでもない、こーでもないと、ちょっと涙目になりながら孤軍奮闘したのである。

 結局、〈つゆ受け〉なるちっこいプラスチックの部品をカチっというまで嵌め込んでいなかったせいだった。

 ようやっと蓋を閉めて、次開ける時は出来上がり・・・・・・かと思いきや、30分ほど後。報知音に呼ばれて駆けつければ「食材を加えてください」の表示が出ている。なに寝言ゆってんの、最初に全部投入したじゃん、気を引きたいの、そういう駆け引きみたいな真似はやめてよ・・・・・・あれ。

 私はまたレシピを読み間違えていた。牛乳は後入れなのだ。よくシチューのレシピがそうであるように、加熱により牛乳のタンパク質が凝固して、分離してしまうことを避けるために。


 気付いた時には、いつも遅い。


 結論を言えば、ぶくぶく煮立っていたものの、カボチャのポタージュは美味で温まった。とおの昔に賞味期限が切れた乾燥パセリを振って小洒落させてスマホにて撮影。なんか身体に良さげな豊かな黄色が眩しい。翌朝は濃厚過ぎて喉に絡まる感じだったので、牛乳ましましする。


 ──とまあ、一つ二つ躓いてもなんとかなる、とまとめてみる。コミュニケーションもかくありたいもの。

 でも、本当のところ……反射的に斬り返せた自分は、褒めるに値すると思っている。

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