第38話038「不審と謎と心配と」



 アリス様とお兄ちゃんが『お友達』になってから一ヶ月が過ぎた。


 入学当初、私たち平民の生徒は一部の貴族の人たちからいじめられていたけど、アリス様とお兄ちゃんがお友達になってからはその一部の貴族の人たちからちょっかいを出されることはなくなった。


 それに、しばらくすると他の貴族の生徒たちが私たちに話しかけてくれるようにもなった。


 おかげで今は充実した学校生活を送っている。


 でも⋯⋯。


*********************


「アリス様。アリス様はなんでお兄ちゃんに興味を持ったんですか?」

「どうして?」

「だ、だって⋯⋯妹の私が言うのもアレですけど、お兄ちゃんは確かに突然能力が上がってEランカーになったけど、B(+)ランカーのアリス様からしたら⋯⋯その⋯⋯」

「特に興味を引くほどではない⋯⋯てことかな?」

「っ?! は、はい⋯⋯」

「ふふ⋯⋯なるほど。確かにレナ君の言う通りだな」

「だ、だったら⋯⋯なぜ⋯⋯」

「まあ、一言で言えばトーヤの⋯⋯ポテンシャルかな?」

「ポテンシャル?」

「そう。トーヤのような数ヶ月という短期間でワンランクも上昇するというのは稀だ⋯⋯というよりかなりレアだ。そして、それなら今後さらに能力が上昇する可能性もある。しかも平民ときている。そんな男に興味を持たないわけないだろ?」

「は、はい⋯⋯」

「君のお兄さんがどのくらい強くなるのかはわからないが、私は強くなると思っているぞ」

「あ、ありがとうございます」

「うむ。それに私は君に対しても今後の成長が楽しみだと思っているよ。平民で、しかもこの年齢で既にDランカーというのは十分、驚異に値する」

「あ、ああああ、ありがとうございます!!!」


*********************


「て、アリス様は言っていたけど、でもやっぱりそれだけの理由で『お友達になる』というのはどうも⋯⋯何というか⋯⋯理由として『弱い』気がするのよね」

「ですよね。私もそう思います」

「うむ、僕もだ」


 今、私とミーシャ、オーウェンの三人は放課後、トーヤに『ちょっと三人で買い物があるから』と言って外に出ていた。


 お兄ちゃんに怪しまれるかと思ったけど、お兄ちゃんはお兄ちゃんでアリス様と用事があると言っていたので特に問題はなかった。


「それに⋯⋯ちょっと信じられないのだけれど⋯⋯ミーシャちゃんとオーウェンお兄ちゃんが言っていた⋯⋯その⋯⋯お兄ちゃんが⋯⋯エビルドラゴンやバスケル辺境伯を倒したっていう話だけど⋯⋯」


 私は二人から、村を襲ったバスケル辺境伯とエビルドラゴンを倒したのは『お兄ちゃん』だったという話を聞かされた。話によるとミーシャちゃんが実際に見たという話だった。


 二人は私にそのことを話すかどうかずっと迷っていたらしい。でも、今回の『アリス様の接近』で話すことを決めたのだと言われた。ちなみにこの話を聞いたのは昨日だ。


「ミーシャちゃんが見たのはやっぱり勘違いじゃなくて、本当にお兄ちゃんが⋯⋯」

「う、うん。私もいまだに信じられないよ、レナちゃん。でも私はっきり見たもん。トーヤ君がバスケル辺境伯とエビルドラゴンを⋯⋯あっさりやっつけたのを⋯⋯」

「あっさり⋯⋯」


 ミーシャちゃんの言葉に絶句した。でも、


「で、でも⋯⋯それだとおかしな話にならない?! だって⋯⋯だって、お兄ちゃんがEランカーになったのって⋯⋯あのエビルドラゴンの襲撃の『後』だよ! それだと辻褄が合わないじゃない!!」

「ああ、そうだ。だが、それを言うならレナ⋯⋯そもそもこの話、実はどちらにしても成立しない話だということがわかるかい?」

「わかるよ! だから⋯⋯だから混乱してるんじゃない! だって⋯⋯だって⋯⋯そもそもEランカーになったところでBランカーのエビルドラゴンやバスケル辺境伯を倒すなんて絶対に無理だもの! 成立しないどころの話じゃないよ!」


 私は意味がわからな過ぎて、つい怒鳴ってしまった。


「そうだ。だから僕は少し考え方を変えてみた」

「考え方を⋯⋯変える?」

「ど、どういうこと⋯⋯オーウェン君?」

「あくまで『仮説』だけど⋯⋯トーヤが『短期間でEランカーになった』ということが重要ではなく、注目すべきは『エビルドラゴンを倒した』という事実。そして、そのエビルドラゴンを倒した時のトーヤは『エビルドラゴンをあっけなく屠るだけのランカーだった』というのが真相なんじゃないか⋯⋯?」

「「ええっ?!」」


 オーウェンお兄ちゃんの仮説に私とミーシャちゃんは驚いた⋯⋯が、


「で、でも、オーウェン君の言っていることが⋯⋯正しい⋯⋯と思う」

「うん。私もオーウェンお兄ちゃんの言っているその仮説のほうが⋯⋯辻褄は合うと思う」


 そう。


 確かに、オーウェンお兄ちゃんの今の仮説が辻褄が合う。辻褄が⋯⋯合う⋯⋯のだけれど、


「辻褄は合う⋯⋯が、でも、そうなると、なんでエビルドラゴンを倒した後⋯⋯ランクが『Eランク』になったのか⋯⋯」


 そうなのだ。オーウェンお兄ちゃんの言う通り、このエビルドラゴンを倒した後『Eランク』になったのが問題なのだ。


「ていうか、そもそも自分のステータスがそんなに変動するなんて聞いたことがないわ!」


 私は疑問を素直に声を出す。


「う、うん。それに、そもそもこれって『特殊能力スキル』なの? それとも『魔術』なの?」


 ミーシャちゃんもまた少し混乱しているようだ。


「そうだね。これ以上はもう⋯⋯本人に聞かないことには⋯⋯でも⋯⋯トーヤがちゃんと話してくれるかどうか⋯⋯」


 オーウェンお兄ちゃんが少しトーンを落として呟く。


「オーウェンお兄ちゃん⋯⋯それって前に言ってた⋯⋯」

「ああ⋯⋯みんなも感じているだろ?⋯⋯⋯⋯『瘴気病ミアスマ』から奇跡的に復活したトーヤの雰囲気が昔と違っていることに」

「「⋯⋯っ!?」」


 私もミーシャちゃんも何も言わなかったが、それは『肯定』を意味していた。


——それから少し⋯⋯三分ほど沈黙した時間が流れ、そして、オーウェンお兄ちゃんが口を開いた。


「⋯⋯レナ、ミーシャ。この後、寮に戻ったら僕は⋯⋯このことを直接トーヤに話してみようと思うがいいかい?」

「「っ!?」」


 私とミーシャちゃんは一瞬黙った⋯⋯が、


「う、うん。私ももうこれ以上、はっきりしないのは嫌。トーヤが病気から治ったのは嬉しかったけど、でも、やっぱり前とは違っているし、別に嫌とかじゃないけど、でも、やっぱり病気前のトーヤとは絶対に違うし⋯⋯実際、あんなに強くなっているトーヤを見たら、もう⋯⋯これ以上⋯⋯このことを黙っておくなんて⋯⋯私にはできない! ちゃんとはっきりさせたい! だから私は賛成ですっ!」

「うん。私もお兄ちゃんが『瘴気病ミアスマ』から助かった後の変化は誰よりも知ってるし! それに⋯⋯今のお兄ちゃんも好きだけど⋯⋯でも⋯⋯お兄ちゃんの中で何が起こったのか⋯⋯そして、今はどういう状況なのか⋯⋯はっきりしてほしいっ!」


 私もミーシャちゃんもこれまでずっと隠していた⋯⋯言えなかった⋯⋯『トーヤお兄ちゃんの変化』への想いや不安やその他いろんな気持ちを言葉に込め、それを吐き出した。


「うん、わかった。僕も二人と同じ気持ちだ。僕たち四人は親友だ。これまでもこれからも。だから⋯⋯トーヤにはちゃんと説明してもらう!」

「オーウェン君⋯⋯」

「オーウェン⋯⋯お兄ちゃん」

「さあ! 三人でトーヤの所に行こう!」

「「うんっ!」」


 私たち三人は、しっかりした足取りで学校へと戻っていった。

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