第36話036「圧倒⋯⋯そして」



「では⋯⋯二人とも良いな」


 アリス様がウルシャ様と詐欺師トーヤ・リンデンバーグに声を掛ける。


「はい」

「わかった」


 そうして、二人が丈夫そうな机に肘を置き手を組む。


「っ!?⋯⋯なるほど、これは⋯⋯本当に⋯⋯」


 ウルシャ様が一言ボソリと何かを言った。


「では⋯⋯はじめっ!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!」


 ドン!


 アリス様の開始の掛け声の瞬間——ウルシャ様が物凄い形相と雄叫びを上げながら一気に腕に力を入れた。


 私は『決着がついた!』と思った⋯⋯だが、


 シーン。


「⋯⋯え?」

「ま、まさか⋯⋯ここまでとは⋯⋯」


 私とアリス様は目の前の光景に棒立ちになり呆気に取られながらボソッと呟く。


 だって⋯⋯だって⋯⋯Bランカーのウルシャ様が全力で力を入れているのに⋯⋯入れているのに⋯⋯⋯⋯全く微動だにしないんだものっ!


「ぐぅぅぅ〜〜〜っ?! よ、よもや、ここまで⋯⋯とは⋯⋯」


 そ、そんな⋯⋯あのウルシャ様が⋯⋯王族の執事の中でも1、2の実力者であるウルシャ様の腕力が⋯⋯こんなにも⋯⋯通用しないなんて。


 さっきからウルシャ様は何度も力を入れている。だけど⋯⋯トーヤ・リンデンバーグの腕は⋯⋯まるでその机から生えている大木のように全くピクリとも動かない。


 私は目の前の光景がいまだ信じられなかった。


「⋯⋯もういいだろう、爺」

「はっ!」


 そういうと、ウルシャ様はトーヤ・リンデンバーグから手を離した。


「参りました。私の完全なる敗北⋯⋯というよりも圧倒的な力、感服いたしました。疑ってしまい申し訳ありませんでした」


 そう言って、ウルシャ様が頭を下げた。


「これ、ヴィアン⋯⋯お前もじゃぞ!」

「え⋯⋯うわっ?!」


 グイ!


 私はウルシャ様に無理矢理頭を掴まれ、トーヤ・リンデンバーグに頭を下げる形となった。


 きぃぃぃ〜〜〜〜〜! くやしい〜〜〜〜〜〜!!!!!!


「も、もういいですよ、頭を上げてください。これでわかってもらえたのならよかったです⋯⋯ハハ」



*********************



「さて⋯⋯そういうわけでだ⋯⋯」


 アリス様が落ち着いた後に話の続きを始められた。


「さっきの続きだが、私がトーヤ・リンデンバーグの友人であるとし、今後トーヤ・リンデンバーグ⋯⋯トーヤと一緒に動き回るとする。そうすると⋯⋯」


 あれ?


 アリス様⋯⋯今、トーヤ・リンデンバーグではなく『トーヤ』⋯⋯と?


「しばらくは私を狙っているであろう連中も警戒し近づかないし、トーヤについても前のように『平民だから』というイジメの対象になることもないだろう。しかし、その状態は長くは続かない。その後、何らかのアクションを起こすだろう。そして、我々はそのアクションに乗っかり、その奥にいる『中心人物』または『協力者』を見つけ出す。わかったか?」 


 アリス様がトーヤ・リンデンバーグ以外の私やウルシャ様にも目を配らせ確認を取る。


「かしこまりました。アリスお嬢様」

「か、かしこまりました⋯⋯アリス様⋯⋯」


 私は渋々⋯⋯本当に渋々⋯⋯ウルシャ様と一緒に頭を下げ了承の意を示した。


「さて⋯⋯そうなるとだ⋯⋯トーヤ」

「ん?」

「その⋯⋯友達⋯⋯という設定となるのだが⋯⋯これにはさらに⋯⋯具体的な設定がある。お前にはそれもやってもらうぞ?」

「ん? 具体的な⋯⋯設定?」


 アリス様? いったい何を?


 何だろう⋯⋯すごく、すごーーーーーく嫌な予感しかしない!


「まず、お前と私は『手を繋ぐほどの仲良し』という設定となる」

「「はぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!」」

「ん? なぜヴィアンまで?」

「はっ!? し、失礼しましたっ⋯⋯!!!!」


 私は思わず、トーヤ・リンデンバーグと一緒に声を荒げてしまった。


 失敗した!


「ちょ、アリス様⋯⋯」

「アリス⋯⋯」

「え?」

「私のことは『アリス』と呼べ。そして、私はお前を『トーヤ』と呼ぶ。この作戦にはこういった細かいところまで演出をする必要がある! これは命令だ! 命令だぞ、トーヤ!」

「ええっ?! あ、いや⋯⋯は、はい。よくわかりませんが⋯⋯わかりました」

「うむ、よろしい。では、明日から学校では一緒に行動するぞ!」

「わ、わかった⋯⋯」

「うむ!」


 ああ⋯⋯。


 ああ⋯⋯アリス様が⋯⋯アリス様が⋯⋯、


 トーヤ・リンデンバーグに⋯⋯まさか⋯⋯。


 私はもう見ていられなかった。


 これは⋯⋯これは⋯⋯かなりマズイ。


 エマージェンシーだ!


 たしかにトーヤ・リンデンバーグの持つ力は強大なものかもしれない。


 だが、こいつの本性などまだわからない。


 もしかしたら、こいつはアリス様に近づく為にいろいろと動いていたのかもしれないじゃないか!


 もし、そうだとしたら⋯⋯アリス様に危険が及ぶかもしれないじゃない!


 ええ、そうよ。絶対そうよ!


 だから私は、このトーヤ・リンデンバーグの正体を暴くためにこれから目を光らせて行動を監視する。


 絶対にこいつは詐欺師ペテン師なのだから!


——こうして、トーヤはアリス・グレイス・ガルデニアと『手を繋ぐほどの仲良し』ということになりました。

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