第3話003「学校へ行こう」



「おはよ、お兄ちゃん! 早く顔洗いなよ! 学校遅刻しちゃうよ!」

「お、おう!」


 感動。


 ただただ、感動。


 一人っ子だった俺にこんな可愛い妹ができるなんて。


 しかも『お兄ちゃん』と呼ばれる日が来るなんて。


 異世界最高かよっ!


 妹は父親との剣の稽古が終わると、一目散に俺の部屋と駆け上がり起こしにくる。それが彼女の朝の日課モーニング・ルーティンだ。


 彼女はトーヤの妹で名前は『レナ・リンデンバーグ』。トーヤの一つ下の妹でトーヤの記憶によるとレナはかなりの『お兄ちゃん子』らしい。たまにレナの過剰な『お兄ちゃん愛』の言動や態度にトーヤは将来を本気で心配していたようだ。


 なるほど。いわゆるブラコンブラザー・コンプレックスというやつですね、わかります。


 それにしても現実で『ブラコン』という人種を初めて見たな。


 まあ、トーヤ君の心配もわからんでもないが、いっても妹ちゃんはまだ10歳。これから少しずつ兄離れしていくだろう。なので、せめて兄離れまでのこの少しの間だけは兄弟のいなかった俺に妹ちゃんの『お兄ちゃん愛』を存分に味わわせて欲しい。


 などと甘いことを考えていた時期が俺にもありました。


 俺はトーヤが心配していたレナの『お兄ちゃん愛』の深刻さを後に知ることとなる。



*********************



——前日譚


 俺が転生したトーヤ・リンデンバーグは『瘴気病ミアスマ』という不治の病に罹っていたらしく、通常はほとんど助からない病気だったので両親も妹もトーヤの死を覚悟していたらしい。実際、三日三晩俺は何度も発作に苦しんでいたと聞かされた。


 そして四日目の昨日——トーヤを診察した医者からは『次、発作が起きたら助からないでしょう』と言われていたがその夜⋯⋯発作が起きた。家族はこれでもう『最後の別れ』だと思い、皆が涙を流しながら静かに俺の最後を看取るつもりだったらしい。そんな絶望の空気が包む中、最後に父親がトーヤの名前を連呼したとき俺が大声を上げて起き上がった。


 これには家族も医者もビックリしたらしい。それくらい『瘴気病ミアスマ』に罹った者が治ることはあり得ないのだそうだ。医者にも両親にも俺が助かったことはまさに『奇跡』だと何度も何度も『耳タコ』になるまで聞かされた。


 その後、一週間ほどは大事をとって家で療養した。


 その間は両親はもちろん妹も時間があれば俺の部屋にきて看病してくれた。まあ、看病とはいっても特にもう体調が悪いことはなかったのでどちらかと言うと俺が生き返ったことが本当に心の底から喜ばれていたのだろう⋯⋯その日起こった話を一生懸命面白おかしく話してくれた。トーヤ・リンデンバーグという少年は家族に深く愛されていたんだな、と改めて実感した。



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——転生前の俺


 前世で死ぬ前の俺⋯⋯烏丸当夜からすまとうやは東京で一人暮らしをしていた。


 一人暮らしをする前、東京から遠く離れた母方の祖父母の家に祖父母と一緒に住んでいた。両親は俺が物心つく前にはすでにいなかった。というのも俺の両親は学生結婚で、さらに俺が生まれたとき両親の年齢は16歳ということもあり、二人とも『子供を育てる』という責任や覚悟もなかったので結果、育児放棄のような状態だった。


 それが母方の祖父母にバレたおかげで、俺は両親の育児放棄で死ぬところを助けられ、その後祖父母の元で育てられることとなる。話によると俺の両親はその一件で地元を離れ行方知らずとなった。いわゆる蒸発というやつだ。


 その後、祖父母の家で育てられるのだが親戚の集まりがあると事あるごとに俺の両親の悪口や出どころ不明な噂話ばかりを聞かされた。まあ、そのおかげで自分がどういう状況なのかを知ることはできたが、幼い当時の自分としては中々のトラウマを植え付けられた。この辺から俺は人を信用しなくなる性格が形成されていったと思う。


 そんな環境で育ったこともあり、俺は高校を卒業してすぐに祖父母の家を出た。表向きは「早く社会人になって祖父母に恩返しがしたいから」と言っていたが(その気持ちは本当だ)、しかし、一番の理由は家を出て一人になりたかったから。しかも地元から遠く離れた都会で。


 東京で仕事をみつけ一人暮らしを始めたその後は、いろいろな理由をつけて祖父母の家や地元に帰ることはなかった。学生時代仲良かった奴なんてのもいなかったし、基本『ぼっち』だったので特に問題はなかった。


 しかし、物心ついた頃から今まで『ぼっち特性:Aプラス』の俺が社会に出て周囲とうまく付き合えるわけもなく、会社でも相変わらずぼっちだった。幸い、仕事がプログラマーだったので一人でも仕事自体はこなせたし、それなりに評価もされていた。


 ただ、そんな評価される俺をよく思わない奴がけっこうおり、その中の一人が最悪にも俺の上司だった。おかげで職場では何かと上司が俺に無茶な納期の仕事を振ったり、ちょっとしたミスでもわざと皆がいる前でひどく叱責したりした。そんな感じで職場でも学生時代のように『爪弾きつまはじき』されるようになり、ますます『人嫌い』が進行。そしてストレスで潰れそうになっていた矢先⋯⋯あの事故が起きた。


 まあ、実際⋯⋯事故というか俺が子猫を助けるためとはいえ自ら電車の前に飛び込んだので多くの人に迷惑をかけただけ、とも言えるがな。



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——現在


 そんなこともあって目覚めて一週間ほど家で療養していた間は、トーヤ・リンデンバーグの家族の愛情をただひたすら受けることとなったのだが、俺はその『家族の愛情を受ける』という初めての経験にひどく取り乱していた。


 そんな俺がトーヤの家族の愛情を初めて受けたとき『こんなに照れるもの』とは思ってもみなかった。両親や妹が俺を元気付けようとわざと大袈裟にはしゃいだりする姿が眩しかった。しかもそれが俺のためにしているということを考えると嬉しい反面、素直に感情を出すのを恥ずかしく感じたのだ。


 おかげで最初の三日間くらいは両親や妹にどう接すればいいかわからず、ずっと相槌や愛想笑いばかりしていた。でも四日目くらいからは少しずつ、このトーヤ・リンデンバーグの家族とのやり取りにも慣れ、そこからは少しずつ俺のほうからも話をするようになった。


 五日目になると両親や妹との会話にも冗談が混じるようになりフランクに話せるくらいにはなっていた。ただ、このあたりから妹の『お兄ちゃん愛』が少しずつ顔を出し始める。


 こうして、一週間の療養期間で俺はトーヤ・リンデンバーグとしてこの家族と一緒に暮らしていけると少し自信が持てるようになった。



*********************



 さて、今日から俺はこの世界の『学校』に行くこととなったのだが、そのことについて少し現状を整理してみよう。


 現在、トーヤは『ガルデニア神聖国』という国に住んでおり『ガルデニア神聖国立第11初等学校』という日本でいうところの小学校のような所に通っているらしい。ちなみにトーヤは11歳で今年学校を卒業。妹のレナは10歳で卒業は来年だ。


「小学校⋯⋯か。この世界の小学校ではどんなことを習うのか楽しみだな」


 俺は一人学校へと歩いている。妹のレナはいつもはトーヤと一緒に登校するようだが今日は日直ということでいつもより早めに家を出た。


「おはよう、トーヤ・リンデンバーグ君!」

「お、おはようございます」

「うむ! いつもより顔色がすこぶる良いようだな! それに聞いたぞ!『瘴気病ミアスマ』が治ったんだってな! すごいじゃないか! まさに奇跡! これからは元気に人生を楽しみなさい!」

「は、はい。ありがとうございます」

「うむ!」


 今、声をかけたのは学校の校長先生だ。トーヤの記憶によると『とにかく熱血』とのこと。中々の厚苦しさではあるが悪い人ではないらしい。今の会話でそれはすぐにわかった。


 校長と別れた後、そのまま俺はトーヤのクラスに向かった。すると、


「っ!? ト、トーヤ⋯⋯」

「おはよう、ミーシャ」


 少しおどおどしながら俺に喋りかけた栗色の髪の子は『ミーシャ・ブラヴァツキー』。同じ平民の子でトーヤの幼なじみ。家族ぐるみの付き合いらしい。


「ト、トーヤが瘴気病ミアスマに罹ったって聞いて⋯⋯私⋯⋯もう⋯⋯それから⋯⋯頭が真っ白になって⋯⋯」

「お、おおおおおお、おい⋯⋯ミーシャ?!」


 突然、ミーシャが涙を流した。恐らく彼女も瘴気病ミアスマに罹ったと聞いて『トーヤの死』を覚悟していたのだろう⋯⋯無理もない。


「で、でも! こうやって⋯⋯トーヤが元気な姿でまた学校に⋯⋯私⋯⋯うれしくて⋯⋯だから⋯⋯」

「わ、わかったよ、わかったから! もう泣かないでくれよ、ミーシャ」


 ミーシャは人目も憚らず泣きながら必死に自分の気持ちを俺にぶつける。前世を含めて人と話すのが苦手な俺はどうしていいかわからずあたふたしていた。すると、


「あー! ミーシャ泣かしたー!」

「ひどい奴だぜ、トーヤ!」

「おかえり、トーヤ!」

「おかえり!」


 クラスの皆がトーヤの周囲に集まり、病気から回復した俺に暖かい言葉をかけてくれた。家族もそうだがこの世界の人たちはみんな暖かい人たちばかりなのかとさえ思える。


「⋯⋯た、ただいま」


 こんな世界なら『人嫌い』な俺でも幸せな人生を送れるかもしれない⋯⋯そう感じた俺は悔しいが『転生してよかった』と神様クソじじいにちょっと感謝した。

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