④
「何となく嫌な予感がして早退しようとしてたらさ、流華から電話があって『瑛美が危ない』って。頑張って探したんだよー。瑛美のスマホ繋がらないし、とにかく無事で良かったよ」
父はハンドルを握りながらのんびり言った。流華の霊感体質は元々父親譲りで、太一も勘が鋭い一面がある。瑛美は母親に似たのか、そんな虫の知らせを感じたことは一度も無かった。
心配をかけた娘に怒りもせず、いつも通りにこやかな父の顔を見て、瑛美はホッとした。
太一の提案で、津久野家に向かっているところだった。ポーは首輪を外されると赤い光の玉に変わり、鈴の中に吸い込まれていった。
「ごめんなさい。探すのすごく大変だったでしょ」
助手席で父に謝る。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「んー、思ってたより早く見つかったよ」
「もしかして、“
後部座席から秀人が尋ねた。
「あ、やっぱりわかっちゃいました?」
太一がルームミラーを覗きながら答えた。秀人が口の端を上げる。
「カラス? どういうこと?」
「えっとね、公園に鴉がいてたでしょ? あの子にね、パパの眼の代わりになって瑛美を探してもらったの」
確かに、広場の上を飛び回っているのが一羽いた。あれが自分を探し出したと言うのか。しかし、それは。
「あの鴉が使い魔だった、ってことですか?」
優弦が自分と同じ疑問を口にする。
「まあそういうことだねー」
瑛美が質問を整理する前に、車は津久野家に到着した。
四人はダイニングテーブルに座った。
出迎えてくれた母が各自にお茶を配り、「ご飯の準備しとくわねえ」とキッチンに引っ込んだ。
温かな飲み物が、瑛美をいつもの日常に戻してくれるように感じた。立て続けに起きた出来事に、心も身体も追いついてこない。
「まず、今日何があったか話してもらえるかな?」
太一が落ち着いた口調で訪ねた。瑛美も父に聞きたいことは沢山あったが、とりあえず自分の身に起きたことと優弦達が異世界から来たらしいことを話した。
一通り聞き終えると、太一は異世界、と呟いた。
「仕事柄、不可思議な話は見聞きしてきたけど……そんなことが本当にあるんだねえ」
「仕事柄? パパ、害虫駆除の会社で働いてるんでしょ?」
太一は一口お茶を啜った。
「表向きはね。本当の稼業は、“
「……マジで?」
「瑛美は霊術とかあんまり信じてくれないからさ、話し辛かったんだよねー」
「ママも知ってるの?」
太一はにっこり笑って頷く。瑛美は天を仰いだ。
「もしかして、ずっと以前から私達の力に気づかれていたのですか」
秀人が投げかける。太一は秀人に向かって頷く。
「正直、最初にお会いした時から、何か変わった力を秘めておられるのかなと感じていました。あくまで勘の範疇ですが」
「そうだったの? でも、お姉ちゃんだって何回も優弦君とか秀人さんに会ってるのに、何も言ってなかったよ?」
「パパの方がそういうのに敏感みたいでね。仕事で色んな人を見てきて、目が肥えてるのかもしれない」
太一は真面目な表情になり秀人に話す。
「話を聞く限り、魔法と霊術は一見、似ています。しかし、魔法の方がとても強力で高度なもののようだ。少なくとも、霊術で異世界の壁を越えるなんてことはできません。恐らくですが、言語にも何かの術をかけていらっしゃいますね」
秀人は右手で自分の喉に触れた。
「……支障なく社会に溶け込むために、一から習得する時間はありませんでした。私達が話す言葉はアガルタにいた時と変わっていませんが、音声として発した際に日本語に変換されています」
「そうだったんだ……」
優弦も釣られて首を押さえている。彼にとっても初耳らしかった。
「基本的に私達の世界の魔物は、一部の人間にしか害を成しません。しかし、異世界からの魔獣は誰にでも干渉することができる。これは“魔物狩り”として見過ごせないことです。放置すれば、多大な混乱を生むでしょう。協力は惜しみません。が、私達の力がどこまで通用するか……何とも言えません」
楽天家の太一にしては珍しく、難しい表情をしていた。
「そうでしょうか?」
秀人が腑に落ちない顔で言う。そして、ショルダーバッグの中身を出して見せた。指輪や腕輪、手袋、折りたたみ式の杖などがあったが、その全てに赤い玉が嵌められている。
「魔道具です。この魔石に、私達の持つ魔力と同じものが籠められています。高度な魔法は、一度に大量の力を消費するため、これら無しでは使うことはできません。そして、発動させるのに詠唱を必要とします」
「見せてもらっても?」
太一は指輪の一つを手に取り、照明に翳してしげしげと見つめた。
瑛美には、ただの綺麗な宝石にしか見えなかった。
「ウォルマを倒した一撃は、この魔石を用いた上級魔法に匹敵するのです。」
指輪を秀人に返すと、太一は頭を掻きながら歯切れ悪く答えた。
「流華はですね……うーん……あの娘は、一言で言えば例外、特別な才能なんです。能力が未知数なために何が起こるかわからず、力を使わせるのは却って危険だと私は考えています。本人も、あまり使いたがりませんし」
「そうですか……」
秀人は残念そうに肩を落とした。俯いている優弦の方を見る。
「十年も経って今さら襲われた理由が、私にもわかりません。アガルタで誰が政権を握っていようと、もう優弦には関係ないはずなので。もしかしたら、王族の血を外に出したくない者達がいるのかもしれない。いずれにしろ、想像の域を出ません」
優弦が身を固くしているのがわかる。公園での呟きを思い出し、瑛美はいたたまれなくなった。
お互いの情報を出し合ったところで、今日はもう遅いからと太一が津久野家に泊まることを勧めた。
「この家なら目隠しの術を施してあるので、ホテルにいるよりは安全ですよ。明日、拠点にできる場所を探しましょう。いくつかアテがあります」
「ありがとうございます、ですがそれには及びません。他県に同胞がいますので、そちらを頼ろうと思っています」
秀人は、リビングから出るとスマホでどこかに電話をかけ始めた。
「大丈夫?」
口数の少ない優弦が心配で、声をかけた。彼はハッとして顔を上げ、弱々しく笑った。
「正直、わかんない。でも、できるだけのことはやってみるよ。こう見えて戦闘訓練はしてたんだ。俺、難しい魔法が使えない代わりに、めちゃくちゃ身体が強いから。魔力が肉体を強化してるらしくて。……本当に戦わなきゃいけない日が来るなんて思わなかったけどさ」
優弦は両手を見つめた。ウォルマに襲われた時の迷いの無い動きは、日々の訓練の成果なのだろう。強靭な肉体を持っているとはいえ、どれほどの修練を積めば、自分よりも大きい魔獣に立ち向かっていけるのか。
電話を終えた秀人が、太一に声をかけた。
「明日、駅前に迎えに来てもらうことになりました。お言葉に甘えて、一晩だけお邪魔させてもらえますか」
いつもより多い人数で囲む食卓を、瑛美の母が一番喜んでいた。父と同じくらい呑気な母の明るさが有難かった。
「今日は賑やかで本当に良かった。流華ちゃんが寮に入ってから、ちょっと家の中が寂しくなってたのよ。優弦君がうちに来るの本当に久しぶりよね。小学生の時はよく遊びにきてたものね」
対戦ゲームで熱くなり、よく掴み合いの喧嘩をしては、流華に仲裁されていた。思い出話に、優弦は照れて頭を掻く。その表情は、どこにでもいる十六歳の男の子そのものだった。
その夜、太一と秀人は遅くまでリビングで話をしていたようだった。
瑛美は神経が昂ぶって何度も寝返りを打っていたが、いつの間にか眠ってしまった。
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