バナナの降る朝に君の淹れたコーヒーは少し苦い
とんこつ毬藻
バナナの降る朝に君の淹れたコーヒーは少し苦い
「あなた、珈琲淹れるわね」
「嗚呼、ありがとう」
妻の淹れてくれた珈琲を嗜みつつ、朝のニュースを見るのが俺の日課。
緊急事態の影響で、最近はテレワークで自宅に居る時間も増えた。人々が疲弊していく中、家で淡々と仕事に励む俺を、妻はいつも支えてくれている。
『続いてのニュースです。新型ダヨナウイルスの影響で海外の渡航制限が続いております。貴重なワクチンとなるプレミアムバナナも世界的に不足しており、ここ日本へ入荷予定は未定となっております』
「また、このニュースか」
プレミアムバナナは一般的なバナナよりも栄養価が高く、貴重なエネルギー源として注目されて来た品だ。しかも、このバナナ。かつて人類が絶滅しかけた際、ウイルスへ対抗する抗体となる善玉菌を持っていたとされている。この事実は世界でも一部の人間しか知らない事実だったのだが、新型ダヨナウイルスが世界的に蔓延し始めたとき既に、プレミアムバナナをワクチンにする研究が極秘で開始されていたのだ。
何故、そんな事実を俺が知っているのか。その話をすると丸一日かかってしまいそうなので一部省略するが、俺の友人であるタケシがこの研究に携わっており、南国のモンタナオ島に缶詰状態となっている……とだけ話しておこうと思う。
「プレミアムバナナ……もう1年以上食べていないわね」
「そうだな。俺達にとって思い出のバナナ。まぁ、またバナナを食べる事が出来る日常がきっとやって来るさ」
「そうね」
そう、きっと日常は取り戻せる。寒い冬を超え、花は必ず咲き誇り、果実は実り、季節はまた巡るのだ。
ポットのお湯が沸き、妻がいつもの珈琲を淹れてくれる。妻の淹れてくれた珈琲を口に含もうとした……その時、俺のスマホの着信が鳴った。
「……こんな朝から誰……え? タケシ!?」
「おぅ、ニシキ。やっと準備が出来たよ」
奴は研究で監禁されている筈だ。まさか、ワクチンは完成したというのか? そう思っていると、落ち着いたタケシの声がスマホごしに聞こえて来る。
「タケシ、時間がない。今すぐベランダへ出るんだ」
「え? どういう事だ?」
「あなた……あれ!」
妻が指差したのはTVの中継だった。なぜか皆、空を見上げている。
「中継です。此処、トーキョーシティーへバナナが降っています! 繰り返します! バナナです! バナナが降っているのです!」
意味が分からず、俺はベランダへ出た。すると、俺の掌にバナナが降って来たのだ。しかも、そのバナナは……
「ようやく完成したのさ。ひと口食べるだけで新型ダヨナウイルスへ対抗するバナナ。シュガーバナナの木から採れた対ウイルス用プレミアムバナナ。キングオブアレキサンダヨネ。しかし、俺達研究員は気づいてしまったのさ。このバナナ、北のマウンテン帝国に直輸入される密約をモンタナオ島が結んでいるという事実を!」
そう、裏で金が動いていたのだ。密輸したプレミアムバナナを使い、マウンテン帝国があたかもワクチンを開発したかのように世界へ向け発表し、ワクチンを世界中へ高値で販売する。その売上の一部がモンタナオ島の国家へ入るというカラクリだ。
タケシを始めとする研究員は、それが許せなかったのだ。モンタナオ島はバナナの栽培が不足していると、世界へ発信している。タケシは軍部の知り合いと密かに連絡を取り合い、栽培していた何十トンというバナナを軍用機へ乗せ、深夜モンタナオ島を脱出。こうして訴えるため、日本上空でばら撒いているのだ。
「ワクチンの作り方も製薬会社の知り合いへ送っておいた。俺が仮にどうかなっても心配ないって寸法だ」
「おい、待て! タケシ、まさか!」
「ニシキ、お前も広告会社に務めてるんだろ。お前のスマホへ告発データも送ってある。あとはうまくやってくれ。あ、そうだ。そのバナナ。珈琲と合うんだよ。お前珈琲好きだったろ? 早速一緒に食べてくれよ。じゃあな!」
「おい、タケシ! 待て!」
遥か上空、何機もの飛行機が飛んでいる様子が見えた。しかし、次の瞬間。俺と妻のスマホにけたたましいアラームが鳴り響く。
『Gアラート! Gアラート! 未確認飛行物体接近中。周辺の住民は避難して下さい。Gアラート! Gアラート! 未確認飛行物体せっ……ちゅ……周辺……ザザ……ザザザ……』
遥か上空で何かの光が見え、そして、轟音と共に地面が震動する。綺麗なバナナが降っていた光景は、破裂した果肉による、黄色い綿のようなバナナの雪へと変わっていった。既に視界はぼやけて見えなかった。
「タケシ……タケシーーーー!」
証拠隠滅――
きっと国家が動いたのだ。あれはきっと、どこかの国が放ったミサイル。しかも、地上へ被害が出ないように抑えられた規模の。
そのバナナ、珈琲と合うんだよ――
脳裏にタケシの声が響き、俺はタケシの作ったバナナ――キングオブアレキサンダヨネを口に含む。そして、さっき妻の淹れてくれた珈琲をひと口飲んだ。
「なんだよ……苦いじゃないか……」
それは、完熟したバナナの甘味のせいか、或いは、哀しみの雫による塩気のせいか。
バナナの降る朝に妻の淹れたコーヒーは少し苦かった。
バナナの降る朝に君の淹れたコーヒーは少し苦い とんこつ毬藻 @tonkotsumarimo
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