「投降」
「俺っ、行きます! 」
ナイフの切っ先が千代の首筋にまで届き、彼女の肌を薄く切り裂き、赤い血がにじむのを見た瞬間、和真はそう叫んで飛び出そうとしていた。
「待て! 和真! 」
しかし、そんな和真の腕を強くつかんで引き留めたのは、影雄だった。
「小社さんっ!? どうして止めるんですっ!? 俺が行かないと、千代さんが! 」
「分かっている! だが、無鉄砲に飛び出していくな! これを持っていけ! 」
影雄を振り払おうと暴れる和真の手の中に、影雄は小さな何かを握らせる。
固い、何かの機械のような感触だった。
「これは、発信機だ。キミの居場所を追跡できるように、持っていけ! 」
影雄はまだ暴れている和真に、冷静な口調で言う。
「千代さんを救いに行くことには反対しない。だが、冷静になれ。なぜ、ヤァスはキミを名指しで呼んでいるのか? そこにはきっと、意味があるはずだ。キミを必要とする意味が。……そして、そこにこそ、ヤァスの陰謀の全容があるはずだ」
強い力でつかまれ、逃げ出すのが不可能だと悟った和真は、焦燥感にかられながらも、しかたなく影雄の言葉に耳を傾ける。
「和真くん。それを、ヤァスから直接聞き出すんだ。そして、我々の助けを待て。必ず、我々がキミを助け出す」
「……っ、分かりました! 分かりましたから、もう、行かないと! 」
モニターの中で、千代はまだ楓の催眠チートに抗い続けていたが、和真には、千代が屈してしまうのは時間の問題だと思えた。
そして影雄も和真をこれ以上引き留めることはできないと判断したのか、ようやく和真を放してくれる。
和真は、無我夢中で、ヤァスがいる管理棟に向かって駆けだしていった。
そして、そんな和真の背中に、影雄が叫ぶ。
「和真! 念のためだ、その発信機は飲み込んでおけ! 身体検査されても見つからないように! それが、キミの命綱だ! 」
和真は影雄の方を振り返らなかったが、言われた通りに発信機を飲み込むと、監獄棟の中を駆け抜け、外に飛び出していく。
そこでは、カルケルに従うプリズントルーパーたちと、ヤァスにあやつられているプリズントルーパーたちが対峙していた。
お互いに銃をかまえ、土嚢(どのう)を積み上げた陣地や、装甲車などを盾として、じっとお互いに睨み合っている。
その真っただ中に飛び出していくと、和真は大声で叫んだ。
「俺は、ここにいるぞっ! 」
────────────────────────────────────────
和真は、ヤァスにあやつられているプリズントルーパーたちによって拘束された。
両手に手錠をかけられ、銃口を突きつけられて、和真は装甲車に乗せられ、どこかへ移動させられるようだ。
和真が投降したのは、本当に、ギリギリのタイミングだった。
プリズントルーパーたちからの報告がもう少し遅れていたら、千代は、自身の手に握らされたナイフで、自身の喉(のど)を切り裂いてしまっていただろう。
和真は、無言のままプリズントルーパーたちに連行されていった。
今さら、ヤァスにあやつられてしまっている彼らに何か言うようなことはないし、何か言っても無駄だっただろう。
腹の中が煮えたぎるような気持だった。
ヤァスのことが許せなかった。
元々、あの作ったような笑みをうさん臭(くさ)く感じ、いい印象を持ってはいなかったが、あの仮面の下ははっきり言って[下衆(げす)]以外のなにものでもなかった。
和真を騙(だま)し、利用していただけではない。
和真がどこに隠れているのか見つからないからと言って、人質を取り、それも、催眠をかけて、自分で自分の首をナイフで切り裂かせようとするだなんて。
和真は、これまでの人生で、ここまで卑劣(ひれつ)なことを考え、実行に移せる人間を見たことがなかった。
それどころか、ヤァスは愉悦(ゆえつ)に浸りながら、この非道な行いをやっているのだ。
今頃、ヤァスはどんな顔をしているのだろうか。
自分自身の思惑(おもわく)通りに和真が投降してきて、勝ち誇っているのだろうか。
ただ一人、捕らえられて、連行されていく和真のことを、ヤァスはどんなふうに思っているのだろうか。
おそらく、何の脅威ともみなされてはいないだろう。
ヤァスの手元には何人もの人質がおり、和真はたった一人で、ヤァスにあやつられている大勢のプリズントルーパーたちの中にいる。
今さら、和真に逆らうことができるはずがないと、そう考えているのに違いなかった。
だが、和真はそれでも視線を下に向けたりはしなかった。
何故なら、和真はこれから、ヤァスの陰謀を打ち砕きに行くからだ。
ヤァスが今、プリズンアイランドのどこにいるかは分からなかったが、影雄から渡された発信機で和真の居場所は追跡されている。
和真が連行されることで、ヤァスの居場所も自動的に判明するだろう。
影雄は、必ず和真を助けに行くと言ってくれた。
ヤァスはすべてが自身の思い通りに進んでいると思って得意満面だろうが、影雄が、カルケルやプリズントルーパーたちと共にヤァスの居場所を突き止めて急襲した時、ヤァスの絶頂は終わりを迎えることになるはずだろう。
和真は、その先兵となるために捕まったのだ。
それに、今の和真には、囚人(チーター)たちから逃げるためにコピーしてきた、いくつものチートスキルがある。
それが劣化コピーであろうと、今の和真には、ヤァスに抵抗するための力がある。
(あのにやけ顔に、一発、ぶちかましてやる! )
和真は静かに闘志を燃やしながら、その時を待った。
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