シナノインワンダーランド

原多岐人

第1話 消えない火種


※これから繰り広げられる光景は、実際の人物及び都市名とは関係無いものとしてご鑑賞ください。


 ここは現実の世界とは少し違う世界。どこか違う宇宙か、誰かの空想かもしれない。そこにはシナノという概念が存在していた。それを巡る、そこまで大きくはないが複雑な小競り合いが今まさに始まろうとしていた。

 少し歪に傾いた黒い城、その一室には2人の人間がいた。テーブルの上にはティーセットが用意されている。明るい栗色のツインテールの少女が苛立たしげにテーブルを叩いた。

「納得がいかないのよ、ナガノが中心だなんて」

それは隣に侍る眼鏡の青年にとっては見慣れたものらしく、小さくため息を吐いて乱れたテーブルクロスを直していた。

「マツモトお嬢様、すでに我らがこの形となり100年は経過しております。世間からしてみれば、今更何を、と言われるのが目に見えておりますが」

「おだまりなさいシオジリ!世間が何と言おうとどう考えても不自然じゃない!端過ぎるのよ、ナガノは。私の方が中心に近いのに……」

シナノという概念は現在ナガノと言い換える事も出来る。マツモトはそれが気に入らないのだ。

「こうなったら私が別の概念に……いいえ、シナノをマツモトとすれば……」

「どちらも現実的ではございません、お嬢様。我らは我らの発展の道があるかと存じます」

シオジリの意見が現実的であることはマツモトも百も承知だ。だからこそ許せない。

「大体あの時の火事さえなければ私の方が」

「タラレバ論は不毛でございます。それを言い出しますと、お嬢様にはウエダ様から苦情がくるかと」

「口を慎みなさい! ウエダより前に例のお方に重宝されたのは私の方なのよ」

シオジリは再びため息を吐いた。今度は先程より深く大きく。マツモトは引き続き不機嫌さを爆発させている。

「それよりスワは何をしているの?! 約束の時間はとうに過ぎているというのに!」

実はこの場にはもう1人いるはずだった。待ち人来らず、それがマツモトの機嫌をさらに悪化させていた。


「やあやあ、これはお二人ともお揃いで」

その人物はドアからではなく窓からやってきた。修験者の様な服装に烏の面、見るからに不審者だった。

「キソ……何故ここに?! ナゴヤの犬はお呼びでなくてよ!」

「マツモトのお嬢様は相変わらず辛辣ですなあ。ワタシ、犬ではなく風見鶏ですよ」

マツモトのきつい物言いもどこ吹く風という様に、修験者風の人物ーーキソは飄々と答える。

「風見鶏というのであれば、そのマスクをニワトリにした方がよろしいのでは?」

「シオジリさんもまた手厳しい。今日はとっておきの情報をお持ちしたので、とりあえず聞いてはいただけませんかね」

マツモトとシオジリは同じくらいの厳しい視線をキソに向ける。

「裏切りでシナノを荒らした者の話など聞く価値があるのかしら?」

「力だけではどうにもならないのは、約1000年前に学びまして。スワさんはナガノさんと接触していますよ」

とっておきと言いながら、キソはあっさりと言ってのけた。待ち合わせの相手が宿敵と会っていると知らされたマツモトは怒り心頭だ。

「よりによって私との会談の日に……いい度胸ね……」

ワナワナと怒りに震えるマツモトを抑えながら、シオジリはキソを睨みつける。

「これは大変だ。ワタシはこれにてお暇を……」

「お待ちなさいキソ! スワの代わりに貴方もここで打倒ナガノの案を出しなさい! 私が納得する案が出るまで帰ることは許さなくてよ」

マツモトはキソの首飾りを掴む。

「ええー、ワタシこれからナカツガワさんに本借りにいく予定だったのにー」

「自業自得ですね。諦めてください」

表情がわからないが困ったような声を出すキソをシオジリがばっさりと切る。キソは肩をがっくりと落とし項垂れる。マツモトは未だ鼻息荒くキソの首飾りを掴んでいる。

「さあ、私達の手でシナノを理想的な形に変革するのよ!」

別に今のままでいいのでは? というのはキソ、そしてシオジリの心の声だが、それを口にすると余計に面倒なことになりそうだったので2人は黙っていた。

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