ケラソス

佐倉花梨

春、それは終戦の味

 ビザンツ帝国 コンスタンティノープル


「このまま行けば、我々は確実に勝利を収めることができる。だが、相手はあの日本だ。いつ何を起こすかわかったものじゃない」

「承知しています。総統閣下」

「我が国は日本以外のすべてを掌握した。を打ち倒し、この糞みたいな戦争を終わらせるぞ」

「了解いたしました」

「そのためには、彼女の存在が不可欠だな」

「同感であります」

 カーテンの隙間から漏れ出る月光は、髭を無駄に生やした総統を照らし続けていた。


 *


 今日もまた仕事か、と私はため息をつく。軍人というものはつらいもので、戦時はそれが如実に出る。

 ビザンツの侵略戦争が引き起こしたこの人類史最大の戦いは、あと数時間で終了する。もちろん、勝者はビザンツだ。アメリカやイギリスはずいぶん前に滅ぼしたから、この春で決着をつける。

 この廊下を歩いていると、私の胸元にある銀色の勲章を見て年上の軍人が敬礼してくるのだが、正直言って少しめんどくさい。「ご苦労」とだけ言ってあとは関わらないようにしている。

 この勲章は親のコネみたいなもので、私はたいして有能な指揮官だったというわけではない。まだビザンツ帝国が再興したての頃、攻めてきたソビエト連邦軍の無人機ドローン一万機に、ビザンツ帝国軍が誇る自律式無人戦車ハルマ三両だけで対抗し殲滅、突破、首都入城をしただけだ。

 こんな誰でもできる働きで勲章がもらえるなど、不公平だ。そう同僚に行ったら、結構引かれた。


 余談はこれくらいにして、陸軍本部の中にあるデスクに向かう。


 ≪Γειά σας Χαρις(こんにちは、カリス)≫

 チェアに腰を下ろすとそんな言葉が画面に表示される。いつ挨拶を覚えたんだ、こいつは。追い返すように手を払うと、挨拶は消えていった。

 幾つものレーダーやカメラ映像が映る五つのモニター。太平洋方面の空を哨戒している。哨戒といっても、無人機ドローンはすべて撃墜したが。

 硫黄島にある飛行場。そこには数えきれないほどの東羅三型自律式無人爆撃機スーパーフローリオが離陸している。その光景は飛行場に設置されたカメラに映し出されている。

 東羅三型自律式無人爆撃機スーパーフローリオは、世界最大の無人爆撃機で、その積載量から何十もの都市を火の海にしてきた。その機体は「ビザンツ帝国の永遠の繁栄と平和のために我々は血を流してでも戦い続ける」という意味を込めて、赤色のラインが入っている。

 左右の主翼には、どれだけの爆弾が積まれていても墜落しないように、超大型のエンジンを吊り下げている。

 そして、東羅三型自律式無人爆撃機スーパーフローリオのもう一つの強みはその防御にある。敵の日本が採用する零式艦上無人戦闘機ゼロセンは世界トップクラスの二十ミリ機関砲を装備しているのにもかかわらず、向こうから東羅三型自律式無人爆撃機スーパーフローリオの装甲を貫徹することはできず、こちらからは零式艦上無人戦闘機ゼロセンの薄い装甲を、機体のいたるところに取り付けた五十ミリ機関砲で、木端微塵にすることができる。

 そんな最恐の兵器を持つビザンツ帝国は、今ここで、日本の首都東京を焼き払おうとしている。

 ビザンツ=日本戦争での死者は0名。それもこれも、すべて無人兵器が完成したお陰だ。だがそんな数値はもうお終いだ。何人もの人間を殺し、日本を無理やり降伏へ追い込む。日本はだ。このすべてを終わらせる戦争を終わらせる、最後の敵だ。

 あの忌々しい首都に爆撃したらば、国民は感動し、ビザンツ帝国への信頼感がますます膨れ上がるだろう。そうすれば、またこの世界にビザンツ帝国、いや。ローマ帝国が君臨するだろう。


 護衛役の東羅五型自律式無人戦闘機キフィナスに搭載されている超高精細カメラが、日本人一人一人の顔を映し出している。それがリアルタイムで何千キロも離れたコンスタンティノープルに送られてくるのだから面白い。

 レーダーによると、そこは「千葉」という都市のようだ。厭戦ムードが広がっているのか、各地でデモのような集会がみられる。

 そんな場所を我がビザンツ帝国軍は高速で空を駆けていく。


「そろそろか」

 独り言など、久しぶりにした気がする。

「投下用意」

 あくまでこれは指令だ。独り言などではない。

「あ、桜」

 ピンク色に光る桜の花びらは、宙を舞っている。それに見惚れるカップルや家族は、編隊飛行を見て、何かを思い出す。「そうか、今は」

「戦時中だよ、平和ボケ日本人」

 そのあとの指令から三秒ほどで、美しかった桜は灰になっただろう。それは人間も同じだ。

 日本の中心は、ことごとく破壊された。春の出会いに喜ぶ者、別れに悲しむ者、桜を見て感傷に浸る者。それらはすべて、千を超える爆弾の雨によって消え去った。この世から存在を抹消された。

「これも全て、無能な軍と政治家のせいだよ。まあ、死んだけど」


 帰還を彼らに指令し、私はとある場所へと足を運んだ。


 ノックの音。私が叩いたものだ。

「入りたまえ」

「失礼いたします」

 大きな木造のドアを開け、部屋の中に入る。

 ここは総統室だ。両壁には我が帝国の偉大なる国旗が飾られ、その部屋の特別さを物語っている。

「総統閣下、東京への爆撃は滞りなく遂行されました」

 髭を生やした我が総統閣下。その厳格たる姿は軍人として尊敬に値する。

「よくやった、カリス」

「寛大なお言葉、痛み入ります」

 斜め四十五度で上半身を曲げる。

「先ほど、日本の副総理から降伏宣言が成された」

「それは、本当ですか」

「ああ、本当だ。全ては君の指揮のお陰だ」

 部屋は暗いので、総統閣下の顔は見えない。

「そんなことありませんよ。あの無人機ドローン達が優秀だっただけであります」

「君はいつも謙遜な態度だ。少しは自分の才能に自信を持て」

 そう言われても、私はただ指揮をしているだけに過ぎない。これがもし二百年以上前の第二次世界大戦時なら指揮する相手は人間だから難しいにしても、相手はAIなんだ。難しいわけがない。

「承知致しました。以後気を付けます」

 彼は「うむ」とだけ言って、手元にあったワインに手を出す。

「そのワインは、フランスにいる友人からもらったものです。私はまだ二十ではないので、総統閣下にお譲り致します」

「ああ、ありがとう」

 私はガラスケースに入っていた特製だと思われるグラスを、総統閣下に渡す。彼はそれを受け取り、陽気な顔をしてグラスにワインを注いだ。この時今日初めて顔が見えた。

「いただこう」

 そう言うと、まずは一口だけワインを口に入れた。


「総統閣下、日本では、『春は出会いと別れの季節』と言われいるそうです。日本の一年度は、四月から始まりますからね」

「それがどうし───ん?」

 総統閣下はのどの異変に気付いたのか、喉仏のあたりを触っている。私は気にせず話を続ける。

「だから私も、少し遅いですが新しい出会いと別れを作りたいと思いまして」

 総統閣下が大きく咳払いをする。こんな老体なのだから、もう持たないだろう。

「総統閣下がワイン好きだということ、知れてよかったです」

 この時、私の顔はどのように見えていただろうか? 銀髪に似合った、美しい顔? 無邪気な笑顔? 少なくとも私は自分で知る限り、笑っていた。

「今日から私が新総統です」

「貴…様…」

 大きな机に弱り切った老いぼれが倒れこんでいる。

「だから、早く、安心して逝ってください」

「…あ」

 もう声になる声も出せなくなっている。こうなったら、いうことはただ一つだ。

「早く死ねよ、無能が」


 彼は、最期まで苦しみ生きようと足掻きながら、死んだ。


 総統、という役職は、恐ろしく傲慢で、また弱小だ。いつか私も彼のようになるだろう。承知の上だ。

 前総統体制下の統治政策は最悪で、いつ反乱軍が蜂起してもおかしくはない。我々の影響下にある元大国では、内戦の勃発が必至となっているようだ。

 我が帝国は全工業力を使って超大国どもに抗った。それが、世界の新秩序設立、安寧、平和の実現に最も近い道だと確信したからだ。

 だが、違った。覇権国となった我々にのしかかった問題は数えきれないほどある。そんなものを、我々だけで対処することが可能なのだろうか?

 否。そんなもの、不可能だ。


 私はこの戦争で活躍したAIに問おう。全知全能の彼なら、何でも知っているはずだ。


「あの戦争の意味とは?」


 返答は無い。

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