第13話:一方馬車で:閑話1
「チッ、チッ、チッ」
不機嫌な舌打ちが部屋に何度も響き渡る。
「こら、ユリシア。舌打ちしないの」
「ふんっ!」
ロイスが注意し舌打ちは聞こえなくなったが、ユリシアは相変らず不機嫌そうだ。
ロイスと同じ部屋にいたヂュエルが苦笑しあった。
今日から、三日後。ロイス達はミロ第二王子と共に隣国のグラフト王国へと旅立つ。
今日はその綿密な打合せの日でもあり、また歳の近いユリシアとヂュエル、そしてミロ王子の懇談の日でもある。
今は、ミロ王子が来るのを待っているのだ。どうやら、少し準備に手間取っているとかで、遅れているのだ。
部屋にロイスとヂュエルの他愛無い話が響く。
ふと、ロイスが窓の方へと顔を向けた。
「どうされたので?」
「いや……ちょっと開けさせてもらうよ」
ロイスはソファーから立ち上がって、窓の前へ移動する。窓を開ければ、影のような真っ黒の鳥が部屋へと飛び込んできた。
「こ、これはっ。魔物っ!?」
「大丈夫。
戦闘態勢をとったヂュエルにロイスは柔らかく微笑んだ。
部屋を自由に飛び回った鳥は、次の瞬間影の狐へと
「あ、こらこら。寝ないの。伝言があるでしょ」
「相変らず主人そっくりだわ」
自由気ままな影の狐にロイスもユリシアも肩を竦めた。
そんなロイス達に気にすることなく、影の狐はマイペースにクルクルと回ったあと、ワンッと咆えた。
空中からポンッと数枚の紙が現れる。ロイスはそれをキャッチした。
「レモンたちからの報告だね。ええっと……」
「私にも見せて! 見せて! 誰をボコせばいいのっ?」
「あとでね」
影の狐をモフるユリシアはぶーっと頬を膨らませる。その横でレモンからの報告を読んでいたロイスの顔が険しくなる。
「何か問題でもあったのですか?」
「そうだね……。グラフト王国の内情と言った方がいいかな? かなり大きな問題だね、これ」
「そんなもの、父さんと私がぶちのめせばいいのよ!」
ふんっと鼻息を荒くするユリシアにロイスが目を鋭くしていう。
「ユリシア。騎士を目指すのなら、暴力は最終手段にしなさい。頭を使って、戦わなくても解決できる道を探し続けなさい」
「えぇ、なんで」
「暴力の解決が最速でも、それが最善とは限らないからだよ。まぁ、今回の旅で分かるよ。相手は狡猾だし」
そうロイスが言ったのと同時に、コンコンと扉が叩かれた。
「どうやら準備ができたようだね。行こうか」
ロイスはミロ王子たちが待つ部屋へと向かった。
Φ
ミロ第二王子とロイス達は、アイラたちと共に王都を旅立った。
今回、ハティアの保護という最優先事項は極秘事項でもある。それゆえに、それを担当するアイラもまた、他国に知られることなく極秘でヒネ王国へと向かう。
そのため、ヒネ王国へと繋がる唯一の海路。その出発地点であるグラフト王国のある港付近までは、ミロについていくのだ。
王族の団体を詳しく調べられることはないため、アイラが同行していることがバレる心配はないだろう。
「「「「……」」」」
馬車にはミロ、アイラ、ヂュエル、ユリシアがいた。子供同士、仲良くやるようにという計らいだそうだ。
まぁ、ユリシアは相変らずヂュエルがいることでイラついているが、仕方ない。ミロが何度もユリシアにチラチラと視線を向けては、目を落とすこともしていいるが、仕方ない。
ともかく、馬車は沈黙に満ちていたので、それに耐えられなくなったミロが、斜め前で凹凸が浮かんだ紙に指を走らせる妹のアイラに尋ねる。
「アイラ。それは何だい?」
「バッグ・グラウス様の小説です」
ミロはその草花の礎となる優しい土のような茶色の目を丸くする。
「それが小説? なにも書いてないじゃないか」
「点字よ」
「ゆ、ユリシア殿?」
唐突に口を挟んだユリシアに、ミロは慌てるやら緊張するやら。パクパクと口を動かすミロに呆れ、アイラはユリシアに尋ねる。
「点字を知っているのですか?」
「当り前でしょう。セオが作ったものだもの」
「セオ様が……」
アイラが訝しげに目を細める。確かにツクルとセオは密な協力関係にあると聞いているが、点字はツクルが作った――
「その、点字とはなんなのでしょうか?」
アイラの思考を遮るようにヂュエルが尋ねる。
「ああ、ええっと、点字は言葉の通り、点で書かれた文字のことです。九つの点の有無で文字を表しているのです」
「そんなことがっ。一つ、ご教授いただいても?」
「ええ」
アイラはヂュエルに軽く点字を教える。とはいえ、人に点字を教えるなど初めてなことで、上手く教えられたかは定かではない。特に指先の感覚だけで凹凸を判断しするのは、慣れていなければ想像しにくいことでもある。
けれど、ヂュエルは鷹揚に頷いた。
「なるほど。ならば、ここの一文は『騎士、オルステッドは雷の如く速く、火のように猛々しく、太陽のように輝いていた』でしょうか?」
「ええ。すぐにこんなに読めるとは。ヂュエル様は多芸でいらっしゃいますね」
アイラは目を丸くする。ヂュエルが苦笑した。
「まぁ、凹凸を見たのもあるので指の腹で読んだわけではありあませんよ。それにアイラ様の教えが上手だっただけです」
それからヂュエルはユリシアの方を向いた。
「ところで、ユリシア殿。先ほどセオ殿がこの点字を作ったと言っていましたが、ユリシア殿も点字が読めるので?」
「……ちょっとだけよ」
ユリシアが胡乱な目をヂュエルに向けた。アイラの魔力を視る瞳は、疑念と面倒な感情がユリシアの体内の魔力に浮かんでいることを捕らえる。
そんな中で、ヂュエルは小さく肘でミロをどついた。ヂュエルはミロ王子派の人間であり、それなりに親しくしているのだ。肘で突くことくらい許される。
ミロはヂュエルのどつきに一瞬首を傾げたものの、すぐにその意図を理解して緊張で息を飲み、何度も逡巡する。それがウザくて、ヂュエルがいいからさっさと言え、と軽く足で蹴とばす。
ミロはガチガチになりながら、口を開いた。
「ゆ、ユリシア殿。そのよろしければ、点字について少し教えてはくれない、だろう、か?」
「はぁ? だったら、アイラ殿下に――」
「そ、それは、アイラもヂュエルと積もる話もあるようだし、な。邪魔しては悪いだろう」
色々と察したアイラはニコリと微笑んだ。それを見てユリシアは不機嫌そうにうなずいた。
「……チッ。分かったわよ」
王族に対して舌打ちするのは無礼極まりないのだが、まぁ、緊張のあまりいっぱいいっぱいのミロが気にすることはなかった。
ユリシアはうろ覚えの記憶を引っ張り出しながら、ミロに点字を教える。
その横で、ヂュエルがコソッとアイラにいう。
「すみません」
「いえ、大丈夫ですよ。むしろ、ミロお兄様が迷惑をかけているようで」
「いえいえ。これも俺の仕事ですので」
魔力の視る瞳では表情は見ることはできないが、ミロのガチガチに緊張している声を聞けば、それなりに事情は察する。事前にハティアに教えられたこともあるが。
「……今回の旅、大変そうですね」
「ええ。まぁ、ユリシア殿はあれでいて分かりやすいく尊敬できますし、ミロ殿下もお仕えに値する素晴らしい人です。苦ではないですよ。それより、アイラ殿下の方が大丈夫かと心配になってしまいます」
ヂュエルは眉を八の字にして、いう。
「本来、俺が心配するようなことを言ってはいけないのですが、ヒネ王国はあまり情報がなく。いくらクラリス様がいるとはいえ」
「お気持ちは理解できますよ。正直、私も不安な部分はあります」
ヂュエルが本音を吐露したため、アイラも多少なりとも本音を見せる。もちろん、美しい笑顔で取り繕った上で。
「ですが、新たな国との国交の樹立する。その責務に私は誇りをもち、挑むつもりですわ」
「……ご立派です」
ハティアの保護でヒネ王国を訪れるが、それだけが理由ではない。他の国と断交しているヒネ王国と国交を結ぶ。
しかも、片足と片腕がなく、常人の視界ももっていない。政治的に弱い立場にいるアイラ第三王女殿下がその立役者となる。
もの凄い気負いがアイラにはのしかかっている。アイラ自身がそれを背負っている。
ヂュエルは幼いながらも戦うアイラに目を伏せた。そしてまた、自分たちが向かうグラフト王国での戦いに思いを馳せ、覚悟を決める。
「ところで、セオドラー様もヒネ王国に向かっていると聞きましたが、アイラ様は彼らに会うので?」
「……その予定はないです」
アイラは一瞬目を伏せて、答えた。
「けれど、会えたらいいなとは思っていますよ。面白い方ですし、私が訪れることのできないヒネ王国の色々な場所についても教えていただきたいとも思っています」
「なるほど」
ヂュエルは深く頷きながら、同時にアイラの透き通った顔に浮かんだ、僅かな感情に気が付き、心の中で肩を竦めたのだった。
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いつも読んで下さりありがとうございます。
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次回の更新ですが、一応来週の日曜日を予定しています。しかし、私用が忙しくなるかもしれないので、もしかしたら再来週の日曜日になるかもしれません。よろしくお願いします。
また新作の『ドワーフの魔術師』を投稿しています。
ドワーフの魔術師とエルフの戦士がのんびりスローでちょっぴり波乱な旅をする話です。今作と雰囲気が似ていると思いますのでぜひ、読んでください! どうかお願いします!
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