第9話:知識欲を刺激すれば、機嫌はすぐに直る:play money

「イカサマだよ! ズルだよ!」


 俺とレモンに抗議するライン兄さん。


「イカサマもしてないし、ズルもしてないよ」

「そうですよ。協力は禁止されていないんですよ?」

「だとしても、最初から僕を狙い撃ちする気まんまんだったんじゃん! そんなの勝てっこないじゃん! 卑怯卑怯卑怯!! 性悪! 鬼畜! クソ!」


 ライン兄さんはぷくーっ! と頬を膨らませ、涙目になっていた。ダンダンッと地団太を踏む。


 俺とレモンは少々驚く。


 エドガー兄さんやユリシア姉さんは大の負けず嫌いだ。剣の勝負でも、ゲームでも負けると物凄く悔しがる。


 けど、ライン兄さんはそうではない。同じ血を引いているため多少は悔しがるものの、すぐに切り替えて次を考えてしまうのだ。


 負けた事を反省して『次』に生かそうとするのはいいことだけど、裏を返すと『今』に対しての執着が足りないとも言える。


 賢い人の欠点として、遠くを見通す能力がある分、目の前にことに全身全霊を注ぐことができなくことが挙げられる。


 ライン兄さんも同様、賢いからこそ、次を、次を、と未来を見てしまうのだ。


「二人とも、一生僕に話しかけないで!」


 プイッと俺たちから視線を逸らし、ライン兄さんはソファーに飛び込んでふて寝し始めた。


 ああ、完全に拗ねちゃった。


 俺とレモンは顔を見合わせる。


「セオ様のせいですよ」

「なんでだよ。レモンが最初に視線で俺に言ったんじゃん。『ライン兄さんに教育する』って」

「セオ様の勘違いでは? 私はセオ様がライン様を狙い撃ちしているなと思ったから、協力したまでです」

「そこで協力するレモンの性格の悪さが原因だと思うんだけど」

「セオ様こそ、ゲームを熟知していない子供をイジメるとか、性格が悪いと思います」


 どちらが、拗ねたライン兄さんの機嫌を戻すかを押し付け合っていると。


「二人とも性格が悪いわよ!」

て」

「痛いです、アテナ様」


 アテナ母さんに拳骨を落とされた。俺とレモンは頭を抑える。


「ラインの怒鳴る声が聞こえたと思ってきてみれば、ゲームでイジメてたなんて。二人とも一週間分のおやつ抜きよ!」

「いや、これには理由があって!」

「そうです、アテナ様。私は最近天狗になっているライン様に失敗を学ばせただけでっ」

「それなら、ラインがもっと熱意を注いでる方面で失敗を学ばせるわよ! 植物学とか芸術とか!」


 アテナ母さんは腰に手を当てて怒鳴る。


「貴方たちがやったのは、遊びっていう皆で交流を楽しむ場で特定の一人を精神的にボコボコにしたことなのよ! 意図はともかく、卑怯極まりないわ!」

「うぐ」

「ぐっ」


 たぶん、ライン兄さんがいつもと違ってふてくされているのは、そこにある。


 ライン兄さんが本気で取り組んでいる植物学や生物学、芸術以外で、尚且つ意義があるわけでもない遊び。


 ただ単純にゲームで勝とうと『今』を楽しく遊んでいたところ、俺とレモンに理不尽なほどに打ちのめされた。


 『次』なんて考えず、遊んでいたからこそ、ふてくされているのだ。


「しかも、そのためにユリシアとユナまで利用したわよね?」


 アテナ母さんは暖炉の前で談笑していたユリシア姉さんとユナを見やった。二人は俺たちの視線に気が付き、キッと睨んできた。


 ……ああ、あれだな。


 モ〇ポリーは疑似的にお金が絡んだゲームだ。そのせいで、遊びとはいえ金や土地をむしり取られ破産させられたという恨みが如実に出てしまったんだな。


 うん。蹴落としあうパーティーゲームは団らんを目的としてやるものではないな。某日本一周鉄道すごろくゲームも友情破壊ゲームだし。ボ〇ビーを押し付け合うクソゲームだし。


 とすると……


「ここは無難に人生ゲームか」


 蹴落としあう要素は少なく、尚且つお金が絡んだパーティーゲーム。売るならこれだな。


「セオ、聞いているのかしらっ!?」

て」


 スッカラカンの俺の手持ちを潤す商材について考えていると、アテナ母さんが悪鬼羅刹もかくやと言わんばかりに両目を吊り上げていた。


「ラインどうこういうけれどもね、最近はアナタも調子に乗っているわよ!」


 滾々と説教される。


 ポンポン物を作れば売れると思っている件や、アイラの事で大口を叩いた件、サンタクロースの件も。


 他にもブラウの事に関して家族を煽ったり、勉強を疎かにしてるとか、剣の稽古をサボっていることにまで言及された。


 レモンはレモンで、メイドの仕事を手抜きしすぎだとかで色々と叱られていた。


「……はぁ」


 結局、夕食になるまで叱られ、クタクタとなった。


「ちなみにだけどね、ライン兄さん」

「セオの言葉なんて聞きたくない。黙って」


 夕食を終え、ボーっと暖炉の火を眺めながら、ソファーでうつ伏せになっていたライン兄さんにいう。


「ゴブリンが通貨を理解する件だけど、たぶん成功するよ」

「……実際にホブゴブリンが成功させてるからでしょ」


 好奇心が抑えられなかったのか、ライン兄さんはぼそっと言い返してしまう。


「それもあるんだけど、前世である実験があってね」


 オマキザルを使った海外の実験だ。


「お金ってそんな大層なものじゃないんだよ。ただ、単なる金属のコインが、食料や物品の価値とイコールで繋がるかって事。また、その差異に敏感になれるかどうか」

「……もしかして損得勘定の事?」

「そう。その実験ではね。ある動物に、金属の輪っかを渡して、二種類の果物と交換させたんだよ」

「……なるほど。最初は、両方の果物をそれぞれ金属の輪っか一つで交換させて、時間が経ったあと、片方の果物だけ金属の輪っか一つで二つ貰えるって感じ?」


 ホント、ライン兄さんは賢いな。


「そうだよ。最初は、交換する果物の種類に偏りがなかった。言われた通りに金属の輪っかを使って果物を交換した。けれど、片方の果物だけ二個貰えるようにすると、もう一つの果物を交換する列には誰も並ばなかった」

「金属の輪っかは働かなくても手に入るんだよね」

「うん。毎日一定数渡されるんだ」

「つまり、苦労しなくても最低一個の果物はもらえるはずなのに、二個も果物を貰おうとした」


 ゴブリンには損得勘定があることは、既に確認されている。ゴブリンを倒すことだけに人生を捧げたある冒険者が、それを解明した。


 だから、それを煽るような構造で通貨を流通させれば、必然的にゴブリンはお金という概念を理解し始める。


「この実験で凄いのは、その動物たちは果物の交換以外にも、その金属の輪っかを使いだしたって事。果てには、偽造通貨を作り出そうとしたものさえいた」

「その動物の知能ってどれくらいなの?」

「詳しくはしらないけど、幼子くらいと思ってもらえば」

「つまりゴブリンと同じ程度……」


 はっとライン兄さんが顔を上げた。


「ねぇ、セオ。これって動物に貨幣制度を理解させる実験なの?」

「いや、違うよ。人間が何故、他人の不幸を喜ぶのか、に繋がる実験と言えばいいかな。損得勘定の先にある複雑な感情についての研究だね」

「なるほど……」


 ライン兄さんが考え込む。


「そいえば、精霊や妖精と人類の精神性の違いに、不公平さに対して考え方が上げられていたような……いや、天使や悪魔は違うんだったけ? 人間にどれだけ影響を受けたか? それだと魔力には精神的な遺伝性があることに……それだと魔物はどんな影響を受ける? それに幻獣はどうなる? 瘴気は?」


 何かを刺激したらしい。ブツブツと呟き、ライン兄さんはリビングを行ったり来たりする。


 うん。機嫌は直ったっぽいね。


 よかった、よかった。





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