第59話:独楽:セオ

「だから、誰がカスです――」


 リッカスは反射的に俺に言い返そうとして、


「……こ、これはセオ様。ど、どうしてこちらに?」


 俺を見た瞬間、驚き焦り始めた。


 独楽を広めたのは、俺だ。そして、俺はいい独楽の投げ方も知っているし、独楽さえ作れる。


 俺なら、リッカスに勝てる。


 だからこそ、リッカスは慌てるのだ。


「俺がここにいちゃいけないの?」

「い、いえ。そのような事は……それよりも、皆、お酒も入っていますし、セオ様にも、それにお連れ様にも失礼を為すやもしれ――」

「構わないよ。ね、アイラ」

「え、ええ」


 アイラは戸惑ったように頷いた。


「ところで、随分と羽振りがいいようだけど、これ全部、リッカスが作ったの?」


 俺はリッカスの後ろに積み重なった独楽こまの山を見やる。リッカスは更に焦ったように、ダラダラと冷や汗を流し始める。


 俺はニヤリと笑い、周りの町人たちに尋ねる。


「あ、そういえば、こないだアカサ・サリアス商会に俺特注の独楽を卸したんだけどさ、独楽好きの皆は誰が買ったか知ってる? アカサったら、守秘義務だって教えてくれな――」

「ああ、セオ様! それで、何の御用でしょうかっ!?」


 製作者権限は強い。


 っというか、ぶっちゃけ、俺が作った独楽が他人の独楽を巻き上げているのに使われているなら、俺はその独楽を壊す。


 リッカスはそれを恐れているのだろう。


 ……百歳は余裕で超えているエルフのくせに、人としてどうかと思うが、まぁいいや。


「さっき、言ったでしょ。俺とこの子がリッカスの相手をするよって」

「そ、そうでしたね」


 俺は再び周りの人たちを見る。


「もしかして、誰か俺たちよりも前にリッカスに挑む人っていた? なら、先を譲るけど」

「いないですぜ! なぁ、皆!」

「ああ! いたとして、セオ様に譲りますよ!!」

「それよりも、セオ様! あのクソジジイをぶっ潰してくれ!」

「お願いだ!!」


 ヤンチャな男の子からおっさんまでもが、俺に頼み込む。


 が、


「ごめん。言ったでしょ、俺とこの子が相手をするって」

「せ、セオ様っ?」


 俺はアイラの手を握り、皆に紹介する。


「この子、王都でできた俺の大切な友人でね、今、街を案内してるんだ。それで、独楽で遊んだことないから、遊ばせてあげたいんだ」

「そ、それは、つまりそのお嬢さんが私とバトルするのですか?」

「そうだね。もちろん、独楽は俺が用意するし、投げ方とか色々教えるけど」


 俺がそう言った途端、リッカスの表情が喜色に輝く。初心者相手なら勝てると思ったんだろう。


「あ、でも、この子は初心者だし、当然ハンデはくれるよね?」

「い、いや、それは――」

「くれるよね?」

「な、内容によります」


 ……まぁ、ここが妥当だろう。


「じゃあ、三本勝負で、練習時間を少しだけ頂戴。その間、リッカスはこの場から外して」

「……練習時間はどれくらいですか?」

「五分」

「それくらいなら、問題ありません」

 

 たった五分の練習では初心者が自分に勝つことはできないと判断したのだろう。リッカスはいい笑顔で頷いた。


 そして少し遠くへと移動した。


 俺はアイラを見やる。


「ごめんね、アイラ。勝手に決めて」

「いえ、大丈夫よ」

「そう、なら良かった」


 俺は“宝物袋”から魔魁樹という魔物から得られる木材を取り出す。特殊な効果を持った曲げわっぱを作るときに使った余りだ。


 それを見てアイラは少し驚いた。まぁ、それなりに濃密な魔力が込められているからな。


「あの、セオ様。それは……」

「アイラの独楽だよ。今から作るんだ」

「今から?」

「うん。だから、独楽の回し方はそこのおっさんたちに教えてもらって。本当は俺が教えたいんだけど」

「……分かったわ」


 俺はおっさんたちを見やる。


「っと、いうことだからオールクたち、お願いできる? 昼間のアレ」

「……なるほどな。分かったぜ」


 ここにいるおっさんたちの何人かは俺の協力者だ。なので、それとなくアイラの事情を知っている。


 彼らに頼んでおけば大丈夫だろう。


 あとは、


「フェルン達。アイラは俺の大切な友人だから。分かるよね?」

「だ、大丈夫だよ」

「セオ様が、そんなにすごむんだ。分かってる。な」

「ああ」

「おう」


 ここにいる子供たちは腕白たちだから。おっさんたちに混じって独楽バトルするほど。結構、ヤンチャするし、女の子の扱いも雑なんだ。


 なので、釘をさしておく。


「じゃあ、アイラ。俺は最高の独楽を作るから」

「ええ。五分でどれだけ身になるかは分からないけど、頑張ってみるわ」

「うん、頑張ってね」


 アイラの表情には少しの不安と興奮があった。


 収穫祭を回っている時に知ったのだが、アイラは結構遊びが好きなのだ。しかも、かなりの負けず嫌いだったりする。本人もあまり気が付いていないようだが。


 ……大丈夫だろう。


 なので、俺は“細工術”を使って、独楽を作っていくのだった。



 Φ



 ラート街で流行っているのは、決められた土俵フィールドの上で独楽をぶつけ合う遊びだ。独楽は糸を巻いて投げるのが基本。


 使用できる独楽は木材で作られたもののみ。ただし、木材で作られた上での、魔導具の独楽の使用は問題ない。


 この街の人たちは基本魔力量が多く、その質も高いため、それなりに丹精込めて独楽を作ると、魔力が混ざって何かしらの力を持ってしまうため、結果的に魔導具もありになったのだ。


 また、魔法や能力スキルの使用は禁止。あくまで、独楽を回す本人の力量と、独楽の性能を競う遊びである。


「五分経ちましたが、もう大丈夫ですか?」

「問題ないよ。ね、アイラ?」

「……あまり自信はないわ」


 そう言う割に、アイラの表情は全くもって諦めた人のそれではなかった。勝てない、と思っていないのだろう。


 どこかしらで、勝ち筋を見出している。


 うん、カッコいいな。


 俺はアイラに独楽を渡す。その独楽はどこにでもあるような、簡素な独楽だ。


「はい、これ。アイラの独楽だよ」

「……これをものの五分で作ったの?」


 独楽を受け取ったアイラは目を見開く。その視線の動きから察するに、独楽の内側に仕込まれた魔導回路を見抜いているのだろう。


「俺も魔導具師としてそれなりに腕は立つからね。これくらいなら、簡単だよ」

「そう、なの……」


 アイラはチラリと自分の義手を見やった。


 ……ちょっと疑念を抱かれちゃったかな? まぁ、けど、妥協はしたくなかったし、仕方ない。


 ともかく、


「アイラ。頑張って」

「はい!」


 アイラはふすんっと頷き、独楽専用の土俵の前に立つ。リッカスもアイラに向かい合うように土俵の前に立った。


 鼻を鳴らす。


「お嬢さん、手加減は致しませんので、ご容赦ください」

「望むところよ」


 リッカスとアイラは自分の独楽に糸を巻く。


 流石にリッカスは人の独楽を巻き上げているだけあって、糸を巻くのが早い。


 逆に、アイラはまだまだ慣れていないため、糸を巻くのにもたついている。それを見て、リッカスはふふん、と余裕そうな笑みを浮かべた。


 ……やっぱ、こいつ。あとで、絞めよ。独楽も破壊しよ。頑張っているのに、笑うとか。絞めよ。


 凄くイライラとした気分になっている間に、アイラは糸を巻き終えたようだった。


 そして、リッカスは右手に独楽を、アイラは左手で独楽を持ち、


「では、いきますよ」

「はい」


 独楽を土俵に向かって放ったのだった。

 


 



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