第46話:鋭い指摘のやり取りは、傍から見ると険悪な会話に見えます:the Jealousy and the disappointment 2

 クシフォスさんが適当に買ってきた串焼きや秋の実りのパン包み等々を食す。


「やはり、マキーナルト領のさちは一級品ばかりですわね」

「ええ。今日の朝餉あさげのスープも滅多にお目にかかれない、竜恵のキノコが入っておられました」


 ルーシー様とクシフォスさんは舌鼓をうつ。


 俺たちにとってはかなり普通の食材なんだけどな。竜恵のキノコもアダド森林に行けば普通に採れる食材だし。


 秋の実りのパン包みを食し終えたルーシー様が周りの出店を見渡しながら、呟く。


「物価が異様に高いのも頷けますわ」

「ええ。価値あるものが多く流通しているが一番の要因でしょう。アイラ殿下も気にしておられましたし」

「あら、そうなの?」

「ええ」


 ルーシー様の鋭い視線に動じることなく、クシフォスさんはワザと情報を吟味するような様子を見せ、ゆったりと口を開く。


「アイラ殿下の手腕により、東方の物流は大きく発展しました」

「ええ。聞き及んでいるわ。流石は紅陽の妖精ですわ。とすると、何かしら。その妖精に愛されし手腕で今度はこちらの物流を発展させるのかしら?」

「あの方の腕でしかないわたくしでは、アイラ殿下の胸の内を計る事など不敬でございます」

「そう」


 ……あの~、そういう駆け引きとかはこんな場所でやらないで欲しいんだけど。バチバチに火花が飛び散っていて、気まずいんですが。


 けど、あれか。クシフォスさんもルーシー様も珍しい組み合わせだなとは思っていたけど、政治的やり取りをするためだったりもするのか。


 にしても、アイラ様、そんな事してたんだ。


 ……そういえば、思い出した。


 ドルック商会でそれに関する事業のなんやかんやがあったな。最近は経営自体、誕生祭で雇った人たちに任せてるし、基本、ロイス父さんたちが重要な判断もしてくれるからあんまり気にしてなかった。


 俺とライン兄さんはお飾りのトップとして、書類決済をするだけだし。


 そういえば、バイン元気かな? 正直、俺もライン兄さんも物さえ作れればいいから、ドルック商会を譲渡してもいいんだよな。

 

 俺がそんな事を考えている間も、クシフォスさんとルーシー様は遠まわしな言い方で舌戦を繰り広げていた。


「そういえば、アイラ王女殿下は近ごろケーキのイチゴを食す喜びに目覚めたとか?」

「はて、そのような噂は全く聞き及んでおりませんが。ああ、でも、最近アップルパイをよく食べているそうですね」

「では、今度、アップルパイに合う紅茶を送りしましょうかしら」

「それはアイラ殿下も喜ぶでしょう」


 黒いな……


 面倒くさそう。


 俺のそんな表情が如実に顔に現れていたのか、クシフォスさんとルーシー様が少し呆れたような微笑みを向け、また咳払いした。


「セオ様、これは失礼しました」

「大変お見苦しいところを」

「あ、いえ。気にしないで」


 アハハと苦笑いを浮かべる。

 

 と、ふと、ルーシー様が俺に尋ねてきた。


「セオ様。生誕祭の返答、お見事でしたわ。アレはもしかして、アイラ王女殿下に思うところがあったのかしら?」

「……ああ、あの返答」


 たぶん、ルーシー様は生誕祭での国王の問いに対しての返答のことだろう。『翼なき竜は空を飛べるとかなんとか……』のあれ。


 どう答えるべきだろう。というか、なんでルーシー様は突然こんな質問をしてきたのだろうか?


 先ほどの黒い会話を聞いている限り、深い意図というか、言い回しがあるのだろうが……


 正直、分からん。どうでもいいや。こういうやり取りは結局、無邪気に答える奴が勝つのだ。深く考えるだけ、無駄。


「含むところがあっといえば、あったよ。俺はモノづくり屋だから。あの車いすの価値を知っているし、もっといい物を作れるよな、と思ったから」

「もっといい物? あれはクラリス様が作ったものだと知っていて?」

「まぁ。例えば、あの車いすに使われている部品。クラリスさんは長年の経験からだと思うけど、アラライト鉱石を基本とした合金を使っていた」


 職人の長年の経験はとても貴重なものだ。地球の頃だって、本にかじりついても全く分からない理解できない事がある。


 特に、専門が深まるほど、その業界における文化などがあり、それに基礎とした技術が枝分かれ式に生まれるから、経験が大いに役いに立つことがある。


 けど、


「ところどころの摩耗具合を見るかぎり、アイラさま……殿下は魔法を使って、激しく動いたあとがあった。なら、一部、特にアイラ殿下の魔力の影響を受けやすいタイヤとその周り、あと、手すりの部分にはギギラリア鉱石を混ぜた方がよかった。あれは、他の鉱石との配合と近くにいる生き物の魔力の影響を受けて摩擦係数が変わる変わった性質があって、魔力の雰囲気を考えると平常時と魔法使用時で大きく仕様が変えられそうだし、あと粘り強さ的にもヌルタルト鉱石も――」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 ルーシー様が片手で頭を抑え、俺に制止をかける。後ろで、クシフォスさんが酷く驚いた表情を見せていた。


 二人とも、俺に顔に出やすいとか言ってたけど、あんまりポーカーフェイスできてないじゃん。


 なんて、どうでもいいことを心の中でツッコミながら、二人が落ち着くのを待つ。


「ま、まず、あの車いすにはどれくらいの改善点があるので?」

「全部。俺が作るなら、全部作り変える」

「ぜ、全部。あのクラリス様が作ったものを……」

「いや、だって、クラリスさん。アイラ殿下の成長を考慮しないで作ってるんだもん。確かに一級品だけど、完成しきってるから成長に合わせて作り直すっていう柔軟さがない」


 確かに普段の俺なら完成品を提供するけど、手紙のやり取りでアイラ様は道具を大切に使う人だと知っているからな。


 なら、長く、長く使い続けられるものを作った方がいいと思える。というか、クラリスさんは長く生きてるから、成長うんぬんには思い当たらなかったのだろう。


 人は一瞬で成長するものだと思ってそうだし。徐々に成長する体に合わせて作り変え続けるというのも、ニーズがあったりするのだ。


 あんまり多くはないが。


「で、では、それをクラリス様には」

「伝えたよ。したら、ちょっと喧嘩になってそのあと、色々と話し合った。楽しかったよ」


 頭痛が痛いと言わんばかりにルーシー様は頭を抑え、ボソリと呟く。 


「……こういう所は、オル以上の子供ですね」

「え?」

「いえ、何でもありませんわ」


 小さく首を横に振り、ルーシー様はクシフォスさんを見やる。その視線を受け、クシフォスさんは苦笑した。


 と、ゴーンと鐘の音が鳴った。


「あ、ヤバい。行かないと」


 俺は慌てて立ち上がる。ルーシー様はああ、と首を傾げた。


「午後に行われるレクリエーションですか?」

「うん。たぶん、もうそろそろだと思うので」


 なら、とクシフォスさんが俺を肩に乗せ、ルーシー様の手を掴んだ。


「この人込みですし、私から離れないでください」

「……分かった」

「ええ、お願いしますわ、クシフォス様」


 肩車され、恥ずかしい俺と気にする様子もなくクシフォスさんと手を繋ぐルーシー様。恥ずかしくないのかな……?


 そんな事を思いながら、俺はクシフォスさんをレクリエーション場所まで案内したのだった。





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