第31話:夏とはいえ、いや夏だからこそ数時間玄関待機は凄い:fourth encounter

 生誕祭から二日が経った。


 この二日間、色々と忙しかった。


 生誕祭の翌日の早朝にはアテナ母さんは転移でうちに帰った。残された俺とライン兄さんはロイス父さんに連れられ、貴官爵の人や官職の人、商人などと面接をさせられた。


 ドルック商会の運営に関しての面接だ。


 現状、ドルック商会の正式な社員は俺とライン兄さんしかおらず、後はアカサ・サリアス商会の社員を借りている状態だ。


 それでも人材不足が否めないのだが、今はそれに加え筆記ギルドとの共同事業となっているタイプライターによる代筆屋や、輸送ギルドから奪った庶民の手紙配達――郵便に関しての事業も推し進めているため、結構忙しいのだ。


 なので、人員が欲しい。


 今回王都に来た目的の一つがそれであり、生誕祭の前日にアテナ母さんとロイス父さんが方々ほうぼうの貴族に挨拶回りをして人員の紹介をしてもらったのだ。


 もちろん、それはドルック商会に関しての内部情報をリークされるリスクもあるのだが、それでも人員の確保が優先的だ。


 まぁ、スパイ行為を働けないようにアテナ母さんが頑張って作った魔法的な強制力を持つ誓約書があるため、あまりその心配はないが。


 それに、ロイス父さんたちは貴族たちからの紹介の他にも、冒険者時代の伝手などを利用して多くの人材を集めていた。


 結局、英雄であるロイス父さんとアテナ母さんが人員を募集しているということもあり、百人以上集まった。


 なので、選別をするために面接をしていたのだが、疲れる事疲れること。夜通し掛かってしまった。


 そもそも、面接でその人の能力や精神性等々を完全に見極められるわけもない。それを一度の面接で無理に見分けようとするからとても苦労した。


 それでもこの世界には能力スキルがあるし、貴族の坊ちゃんである俺とライン兄さんがその面接に同席したこともあり、ある程度のふるいはできたが。


 そして昨日は、マキーナルト子爵家と仲良くしている貴族への挨拶回りがあった。ライン兄さんは研究職に携わる貴族の子息たちとのお茶会みたいなものに連れ出されていた。


 ただ、俺は普通にその挨拶回りに苦労しただけなのだが、ライン兄さんは頬を艶々つやつやとさせていたのがずるかった。


 なんでも波長の合う子がいたらしく、その子と魔物の生態について話すのが物凄く楽しかったらしい。後、まだ世に出ていない研究論文も見れたらしく、ホクホク顔だった。


 それに今度、王国図書館の準指定第三禁書厄災級魔物に関する本を貸して貰える事となったらしく、それはもう天真爛漫な笑みを浮かべていた。


 ずるい。


 そして今日、


「今日は誰と会うの……」

「僕、ニューくんと図書館行きたかったんだけど……」


 俺とライン兄さんはロイス父さんに行き先を伝えられぬまま、馬車に乗せられどこかに連れていかれていた。


 俺は連日の挨拶回りとかに少し心がすさんでいたし、ライン兄さんはその波長の合う子、ニューくんと遊べなかった事に腹を立てていた。


 ロイス父さんが苦笑する。


「セオもラインもそんな嫌な顔しないでよ。今日は私的な用事だし、マキーナルト子爵として行くわけじゃないからさ」

「じゃあ、何で、それなりにかっちりとした服を着させられるの?」

「後、予定は事前に伝えてよ。もうっ!」

「アハハ、ごめん、ごめん」


 ロイス父さんは更に苦笑いし、俺たちの頭を優しく撫でる。


 ……その撫で方がとても心地がいいが、それでもほだされたりしない。俺もライン兄さんもロイス父さんを睨む。


「まぁ、セオとラインは初めて会う相手だし、僕たち家族にとっても大切な人だからさ。正装は必要なんだよ。それに、一応マキーナルト子爵の僕が動くと何かと注目を集めるからさ。予定の調整に手間取ってたんだ。ごめんね」

「……ま、まぁ」

「……う、うん」


 眉を八の字にして謝られてしまった。


 ほだされてしまった。


 と、そんな事をしているうちに、


「着きましたよ」


 御者をしていたレモンがそう言えば、馬車が止まった。


「じゃあ、降りよっか」

「「うん」」


 ロイス父さんが馬車の扉を開け、先に降りる。それから俺達に手を差し出し、エスコートしてくれる。


 そこにわざとらしさはなく、とても自然だ。


 これがイケメンの力か……


 そう思いながら、俺は目の前を見上げた。


 そこは結構大きなお屋敷だった。ただ、銅像とか細工とか貴族の屋敷にありがちな豪華さはなく、ただただ広い屋敷といった感じだった。


 それに屋敷の大きさに対して庭の面積がそこまで広くなく、馬車が縦に数台停められるほどしか、門と屋敷との間にスペースがなかった。


 そのくせ、屋敷の扉は馬鹿みたいにでかいが。


 なんというか、ちぐはぐな気がする。


 そんな事を思っていたら、屋敷の扉の奥から声が響く。


『旦那様ッ、奥様ッ! お迎えは私たちがしますからッ! いい加減、玄関に居座るのはおやめくださいッ!』

『いや、お前たちは引っ込んでいなさい! 私たちが出迎えなくてどうするというんだ!』

『そうよッ! なんのために数時間前からここで待っていたと思っているの!』

『ああ、もうッ!』

 

 老年の男性と女性、後は若い女性の声か? 随分と騒がしいが……


 そう思ってロイス父さんを見やれば、ロイス父さんは「アハハ……」と苦笑いしていた。


「ロイス様。私が最初に向かいますか?」

「いや、僕たちだけがするよ。レモンは馬車の停留位置とかのすり合わせをしておいて」

「わかりました」


 レモンがカーテシーをしたのを見届けて、ロイス父さんは俺とライン兄さんの手を握る。


 屋敷の扉の前まで歩き、それからロイス父さんは「ふぅ」と一息吐いた後、屋敷の扉を三度、ノックした。同時に三歩ほど、下がる。


 その瞬間、


「待っていたぞ!」

「待っていたわ!」


 ドバンッと壊れるのではないかと思うほど勢いよく屋敷の扉が開き、そこから白髪茶目の老夫婦がでてきた。六十歳後半くらいか。この世界の人間だと、魔力量に応じて寿命が多少変わるけど、それでも同年代に比べたら随分とアグレッシブな老夫婦である。


 老爺ろうやの方は角刈りの短髪で目つきが鋭く、老婆ろうばの方は腰まである長髪を後ろでまとめていて目つきは流麗だ。


 けれど、なんというか、雰囲気はそれでも柔らかいと思う。


 そしてそんな老夫婦はロイス父さんを一瞥して、


「久しぶりだ、髪切った? ロイス君!」

「久しぶりね、髪切ったかしら? ロイス君!」


 そう口早にロイス父さんにそう言った老夫婦は、俺とライン兄さんを見て顔を輝かせる。


「会いたかった、ラインヴァント!」

「会いたかったわ、セオドラー!」

「う、苦し!?」

「うおっ!?」


 大きな声を上げると同時に、地面に膝を突き、俺達を抱きしめた。


 俺もライン兄さんも急なことに目を白黒させ、混乱する。それと強く抱きしめられて苦しい。


 と、遅れて出てきた綺麗な金髪のメイドさんとピンク髪のメイドさんが慌ててその老夫婦の首根っこを掴む。


「旦那様、奥様。苦しがっていますから!」

「離れてください!」

「ぷふぁっ」

「はぁっ」


 老夫婦が俺達から引き離された。ようやくまともに息ができた。俺とライン兄さんは金髪のメイドさんとピンク髪のメイドさんに感謝する。


「はっ! ら、ラインヴァント、すまない!」

「せ、セオドラー、ごめんなさい!」


 メイドさんたちに首根っこを引っ張られた老夫婦は、少し呆然としていたものの、メイドさんたちの言葉に我を取り戻したらしい。


 おろおろとしながら、物凄い勢いで俺とライン兄さんに謝ってくる。


 ……なんというか、悪い人たちではないんだろう。


 でも、誰だ、この人たち。


 そう思った瞬間、


「トーンさん、レミファさん。一度、中に入りませんか? ラインたちにはまだトーンさんたちの事を話していませんので」

「す、すまない! 気が回らなかった!」

「さぁ、さぁ、中に入って! お菓子とか食べたいものがあったら言ってね! 直ぐに出すから!」


 俺達は、ドタバタと動くその老夫婦、トーンさんとレミファさんに屋敷に招き入れられたのだった。

 





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いつも読んで下さりありがとうございます。

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また、年始のため明日の投稿はお休みさせていただきます。申し訳ありません。

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