第16話:喧嘩と集中力:そのころ実家で

「……う~ん」


 ギラギラと照りつける太陽。


 広い庭の片隅にある木の下で、木漏れ日に目を細めながらユリシアは首を傾げた。


「どうしたんだ?」

「あーた?」


 木漏れ日の下で、エドガーとその胡坐の上に座っていたブラウが首を傾げる。


 ブラウは手に持っていたセオが作った超簡単な立体パズル、というよりは積み木に近い玩具を一旦地面に置き、エドガーのもとから飛び出る。


 エドガーは細心の注意を払いながらも、ブラウの行動を止めることはない。


 ブラウはそのままユリシアの胡坐の上に座った。


「あ~ぶ?」

「大丈夫よ。いい子ね」

「あ~う」


 すりすりとユリシアのお腹らへんに頭をこすり付けるブラウに、ユリシアは頬を緩ませ、優しくブラウの頭を撫でる。


「……で、何かあったのか?」


 ブラウとユリシアの様子を、獅子が嬉しいことを見るような目で見つめていたエドガーが、もう一度尋ねる。

 

 ただ、手だけは積み木の立体パズルを持っていて、ブラウに渡していた。


 ユリシアは積み木の立体パズルに少しだけ悩むブラウの補助を少しだけしながら、頷く。


「ええ。今頃、セオたちどうしてるのかしらって」

「どうしてるって、ラインはどうせ父さんたちに連れられて宣言式に出ているだろうし、セオは……市場とかで買い漁った魔道具とかで遊んでるんじゃないか?」

「具体的ね……」

「だいたい想像つくだろ?」

「確かに」


 ユリシアは弟二人を思い浮かべ、頷く。あの二人は突飛な行動をするようで、行動原理などは物凄く分かりやすい。為すことが予想外に突き進むだけだ。


 そう思って少し頬を緩ませたユリシアは、けれど首を振る。


「って、そうじゃないのよ」

「じゃあどういうことだ?」

「う?」


 ブラウが積み木の立体パズルの部品をお手玉するエドガーの真似をしようとする。ユリシアは危ないからやめなさい、と止め、エドガーを睨む。


 それから嫌そうに顔をしかめた。


「ほら、セオってクラリスさんのつながりで文通してる相手がいたでしょ?」

「ああ、いたな。……ああ、なるほど。それでしかめっ面してたのか」

「そうよ」


 ユリシアはしたり顔のエドガーにツンッと顔を向ける。なんか、気に食わない。

 

 すると、エドガーは更に気に食わないことをいう。


「ってか、覚えてたんだな、お前。意外だ」

「何がよ!」

「てっきり、『銀月の妖精』の言葉すら忘れてると思ったからな。興味がなさそうだったし」


 エドガーはカラカラと笑う。


 まぁ、その評価はあながち間違ってもない。


 今、ユリシアが分かる貴族の名前は片手で数えらえるほどだ。異名なんてもってのほか。覚えている方が珍しい。


 すると、ユリシアは怒る。


「覚えているに決まってるでしょ! 最後に出たパーティーでやらかした原因なんだから!」

「あん? やらかした……ああ、そういえばそうだったか。やらかした相手は覚えているんだな」

「当り前よ。母さんに謝罪の手紙を書かされるんだもの。しかも、何度も何度も間違ってやり直して……」


 ユリシアが急に怒鳴ったのにも関わらず、ブラウはどこ吹く風。すっかり積み木の立体パズルに夢中になっており、まばたき一つしない。


 注意深くその様子を見守りながら、エドガーは思い出す。


「じゃあシュクリート侯爵令息も覚えてるよな? ほら、勝手に決闘してボロボロにしてしまったやつ」

「え、誰よ、そのシュークリームなんとかってやつ」

「え?」

「え?」


 エドガーは首を傾げる。ユリシアも首を傾げる。立体パズルの一部が完成したらしくブラウがキャッキャと笑う。


 エドガーは咳払いした。どうやら、覚えていないらしい。そもそも付き合う付き合わないの決闘騒ぎやらかしはやらかしに入らないらしい。


「ああ、あれだ。ヘンダート伯爵令嬢と殴りあった時だろ?」

「ええ、そうよ。あの傲慢ちきの草女が顔も知らない子を悪しざまにいうのが気に食わなかったのよ。そもそも子分になれだの五月蠅うるさかったし」

「それでも普通、令嬢を殴らねぇよ」

「女同士ならいいのよ」

「……そうですか」


 いや、そもそもむかついたからといって人を殴るのはどうかと思うし、性別関係ねぇよな、とエドガーは思ったが飲み込む。


 それとユリシアがそろそろ暴走しそうなので、ブラウを避難させる。自分の膝の上に乗せる。


 ブラウはまだ積み木の立体パズルに集中しているのか、移動させられた事にすら気づいていないらしい。


「大体ね。嫌な奴ばかりなのよ! 派閥だなんだって五月蠅いし、色々な子と仲良くしてたら怒鳴られるし、それにわたくしの騎士になりなさい、俺の女になりなさいってしつこいのよ! なんで私があんたたちの物にならなきゃいけないのよ!」


 ユリシアが木の幹を拳で殴る。少しだけミシッと鳴った。


 エドガーはその怪力に冷や汗を流しながら、シラッとした目つきをする。


「……最後のは多分、好意があるやつだと思うぞ」

「はいっ!?」

「いや、何でもない」


 男女にモテてるのだが、本人にそれは自覚はない。


 エドガーは触らぬ神に祟りなしと、話をずらしていく。


「だが、良くしてくれる人たちもいるだろ? リリスカート令嬢とか、ヴィヴィア令嬢とか。その人たちと会うためにパーティーとか行かないのか?」

「……まぁ、そうだけど。歳が少し離れてるし、最近は婚活とか学園生活で物凄く忙しいって。遊べないから出てないのよ」

「ああ、高等学園の人たちだからな。それに学園で婚約破棄ブームもあるらしいし、まぁ大変なんだろな」


 エドガーは少しだけしかめっ面をする。


「なによ、その婚約破棄ブームって」

「どっかの恋愛小説に感化されて、自由な恋愛とか真の愛とかで婚約者に婚約破棄を突きつけるんだと。まぁ、親が勝手に婚約を決めるから『真の愛の結婚』とかに憧れる気持ちも分からんでもないが……」


 そうエドガーがぼやいた瞬間、ユリシアはスススっとエドガーから離れる。少しだけ引いた眼を向ける。


 エドガーがムスッとする。


「……何だよ?」

「エドが気持ち悪いことを言ったからよ。何よ、その気持ちが分からんでもないとか。気持ち悪いわよ!」

「いや、気持ち悪くはないと思うぞ。父さん母さんだって自由恋愛で結婚してるんだし」

「そういうことじゃないのよ! エドがそんな事が言っているのが、こう鳥肌が立つのよ!」

「ひでぇ」


 理不尽な物言いにエドガーがげんなりする。


「大体、お前、年頃の女子だろ? 恋だのなんだのに色めくころじゃねぇのか!?」

「嫌よッ! そんな面倒なの! 剣を振っている方が楽しいわ」

「……駄目だ、こりゃ」


 エドガーはあきれ顔になる。


 ユリシアがムスッとする。


「じゃあ、何よ! エドは恋でもしてるの!? そういえば、ルルネネが男は十を超えれば獣って言ってたわね! 穢れるわ! ブラウから離れなさい!」

「何が獣だ! 女も男も平等に持っている欲だろ! っつか、穢れねぇし、恋もしてねぇよ! だいたい、お前の方が獣だろッ! 戦いばっかして、少しは事務仕事もしろや!」

「うるさいわね! 適材適所よ!」


 売り言葉に買い言葉。


 ユリシアとエドガーが取っ組み合いを始める。


 しかし、ころりとエドガーの膝の上から落ちたブラウは、そんなことを気に留める様子もなく、積み木の立体パズルに向きあっていた。パズルは佳境に差し掛かっていた。


「ああ、もう! だいたい、エドは生意気なのよ!」

「生意気はそっちだろ! 昨日の魔物討伐だって、俺の指示を聞かないで勝手に飛び出しやがって!」

「アンタの指示が遅いし偉そうなのよ! グレイブさん守護団長くらいになってから、偉そうにしなさい!」

「遅くねぇし、偉そうにもしてねぇよ!」


 ユリシアは片手剣。美しく無駄のない片手剣。


 エドガーは斧。無骨で荒々しい斧。


 二人は武器を取り出し、喧嘩する。


 そして、数十分後。


「で、ブラウを放って喧嘩してたと? しかも、こんなに庭を滅茶苦茶にして。どうするんだ?」

「「うぅ」」


 アランに正座させられ、説教されていた。


 アランに肩車されていたブラウはつぶらな瞳で荒れ果てた庭を見つめ、首をかしげていた。




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