第17話:ところでその猫耳はなんで買ったのか?:third encounter

 生誕祭当日。昼。


「……嫌だなぁ~~」

「どんなにゴネたところで行くことは決定しているのですから、楽しいことだけ考えたらどうですか?」


 王都での滞在先である屋敷の俺の部屋で、俺とレモンはチェスをしていた。ロイス父さんやアテナ母さんはもちろん、ライン兄さんもいない。


 生誕祭の宣言式に行っているからだ。


 生誕祭の主な行事は、五歳を迎えた貴族の子息子女を貴族として認め、祝福を授ける儀式だが、それは夕方から行われる。


 昼間の宣言式は、いわゆる平民相手にともいうべきか。国王が一日限りの祭を宣言し、貴族だけでなく平民も含めて次代を担う存在への祝福を言祝ぐのだ。


 そして多くの貴族はその宣言式に出席しなければならない。時代は連綿と続くからこそ、次代へキチンと目を向けましょうという意識だとか。


 とにもかくにも、ロイス父さんたちは嫌がるライン兄さんは引きずって宣言式に出席したため、俺とレモンは暇になったのだ。


「楽しいことって何? 我儘な子供たちと話すこと? 面倒そうな大人と話すこと? 嫌だよ。家で寝てるか、魔道具弄るか、王都を散策したいよ」

「……随分と偏っていますね。確かに甘やかされて我儘になった子も多いと聞きますが、所詮は五歳児。皆、可愛らしいものじゃないですか。それに面倒そうな大人とかは、“隠者”やらで避ければよいのでは? 分身体でも身代わりにして」


 レモンがモフモフの狐尻尾をフリフリとしながら、ポーンを動かす。クイーンへとプロポーションする。


「ああ、確かに。ソフィアの特訓のおかげで、今の俺なら分身体も行使すれば、ロイス父さんたちの目も掻い潜れるかも」

「あ、今のなしで。忘れてください」


 チェックと言いながら俺がナイトを動かせば、レモンは慌てる。先ほどの発言を忘れるように説得してくる。


 が、もう遅い。


「ありがと、レモン。王城にだって珍しい魔道具とか設置してあるだろうし、式典は分身体に任せて俺はそっちを探索しに行くよ」

「やめてください! ホント、マジで! 捕まりますから! 入っちゃいけない場所が多いんですよ、あそこは!」

「大丈夫だって」

「大丈夫ではないです!」


 普段ちゃらんぽらんとしたレモンがここまで強くいうのだから、まぁ面倒な場所ではあるのだろうな。


「まぁ、分かったよ。たぶん、子供たちが脱走しないように警備網があるだろうから、その範囲内で好き勝手動き回るよ」

「いえ、だから、分身体と入れ替わることを……はぁ」


 レモンは諦めたのか溜息を吐き、適当にポーンをを動かす。


 なので、


「はい、チェックメイト」

「あ」


 レモンが気の抜けた声を漏らす。適当に駒を動かしたせいで、俺の駒を把握し損ねたのだ。


 しょんぼりと狐耳と尻尾を下げるレモンを見やりながら、尋ねる。


「どうする? もう一度やる?」

「……どうしましょう」


 使用人が行う屋敷の仕事も王宮から派遣されたリザさんたちがしている。


 昨日までは、レモンはロイス父さんたちの予定の調整やら資料の作成やらをしていたらしいが、明日からはアテナ母さんがいないため量が半分になり、時間が余ったのだ。


「あ、そうだ。じゃあ、ちょっと手伝ってよ」

「手伝うですか?」

「うん」


 俺はチェス盤を片付け、“宝物袋”から大きな紙を三枚取り出す。


「……製図ですか?」

「うん。簡単な魔道具なら描かないんだけどね」


 そう言いながら、製図用紙のなかでも一番大きな紙をテーブルに広げる。


 そこには緻密な図面が描かれていた。これから作ろうとしているものの完成図だ。昨夜から分身体に命令してやっといて貰ったのだ。


 製図に関しては、この世界のは結構バラバラなので、前世の製図法に加え、回路知識を頼りに魔道具専用の図式も加えている。


 つまり俺専用だ。


 とはいっても、完成図以外は機構面と魔道具面で分けているで、そこまで大きな違いはないと思うのだが……


 いずれ、クラリスさんや他の錬金術師、鍛冶師等々とも話し合って規格を作りたいなと思っているが、それは当分先だろう。


 と、完成図を見ていたレモンが首を傾げる。


「これは確か車いす……でしたか。足をやられた冒険者が室内を移動するときに作られたとか……」

「うん。前にクラリスさんに車いすに関してアイデアというか、求められてね」

「例のですか……」

「例の?」

「いえ、なんでもありません」


 一瞬深刻そうな表情をしたレモンは、首を横に振る。何か隠しているような気がするけど、まぁいっか。


「あの時は簡単に返したけど、昨日、面白い魔道具を見つけてさ」


 そう言いながら、俺は“宝物袋”から魔道具を取り出す。


「これなんだけ――」

「猫耳ですか?」

「あ、違った」 


 と思ったら、取り出したのは猫耳と猫尻尾の魔道具だった。そういえば、昨日買ったものを結構適当に“宝物袋”に突っ込んだため、まとまって入っていたのか。


 なので、直ぐに近くの物をイメージして取り出す。


「これこれ」

「普通の球体……回る魔道具ですか?」


 取り出したのは白の金属光沢を放つこぶし大ほど球体の魔道具。とはいっても真球ではない。真球は理論値であって、現実では創り出せないしな。それに、作りが甘いせいで結構凸凹でこぼこしているし。


 まぁ兎も角、


「うん。魔力を注ぐと任意の方向に回ってくれる魔道具なんだ」


 その魔道具は魔力を注げばぐるぐると回転する魔道具だ。前方後方左右斜めに自由に回せる。


 レモンが首を傾げる。


「それと車いすにどんな関係があるんですか? 球体ですから車輪としては使えませんよね」

「だろうね」


 俺は“宝物袋”から鉱物や工具を取り出し、球体の魔道具を丁寧に分解していく。


 アカサ・サリアス商会に問い合わせたところ、この魔道具の設計書は技術登録も商標登録もしていなかった。


 まぁ、今の世界の技術だと球体ってそこまで使えるものではないからな。ベアリングとかもないし。並べた丸太の上に物を乗せ運ぶ概念はあるが、それを車輪等々に応用するのはかなり先だろう。


 というか、なら歯車の方が重要だろし。回転は歯車が最も歴史が長いはずだしな。とはいっても前世の歴史通りに進むわけはないが……


 どちらにしろ、それなりにどういう回路を組み立てているかは想像が着くが、中身を見た方がいい。複製するので。


 なので、俺は分身体を一体召喚する。


 それを見やりながらレモンは不審に目を細める。狐尻尾がゆっくりとゆらりゆらりと揺れている。


「どういうことですか?」

「うん、ちょっと待っててね」


 分解しながら、部品の構成等々を把握し、また“研究室ラボ君”も使って細部までつまびらかにしていく。


 同時並行で設計図を頭の中で思い描き、情報共有している分身体が間髪入れず“宝物袋”から取り出した鉱物を“細工術”で加工していく。


 また、分解した魔道具を少し手を加えながらもとに戻していく。


 それから数分。


「できた」

「同じ魔道具ですか?」

「うん。一回り小さいけどね」


 俺の目の前にはこぶし大ほどの球体の魔道具とそれよりも一回り小さい球体の魔道具がある。後者が分身体が作った方だ。


「じゃあ見ててね」

「はい」


 そう言いながら俺は大きい方の球体の魔道具を床に置く。床は木製でつるつると滑るところではない。


 よし、転がらないな。


 大きい球体の魔道具がピタッと止まったのを確認し、俺はその上に小さい球体の魔道具を乗っける。


 ………………


 うまく乗らないな。


 仕方ない。このまま起動させるか。


 そう思考しながら俺は両方を抑えつつ、魔力を注ぐ。それから手を離す。

 

 すれば、


「……どういうことですか、これは?」


 大きい球体の魔道具がくるくると回り、床を滑るように移動するのに、その上に乗っている小さい球体の魔道具が落ちないのだ。


 落ちないように大きい球体の魔道具の回転とはおよそ逆方向に回転しているのだ。


「まぁ、俺が“研究室ラボ君”を使って演算と魔力制御をしてるのもあるんだけど、上の球体の魔道具は傾きに応じてその逆方向に傾くようにしているんだ」

「あ、確かに回っていますね。あれですね、玉乗りしている人のようですね」

「玉乗りってあるんだ」

「ありますよ」


 レモンは頷きながら、床を滑る魔道具を見ている。ふんふんと尻尾を揺らしている。


 それから首を傾げる。


「それでこれが車いすとなんの関係があるんですか?」

「いや、これは直接関係ないよ。これ自体はあんまり使わない」

「え、じゃあ、なんで見せたんですか?」


 レモンが驚いた表情をする。俺は球体の魔道具二つを回収しながら、頷く。


「今のをみれば球体でも車輪として使えるのはなんとなくわかったでしょ?」

「ええ、まぁ確かに」


 今の俺の頭にあるのはボールキャスターだ。360度自由に回転するやつの方だ。あ、あれだ。球体ロボットだ。


 ただ、車いす自体を魔道具にしたいため、そのボール自体を回路で繋いで回転してもらわなければならない。


 なら、普通に車輪の方がいいのかもしれないが、球体の車輪の方がカッコいい気がする。


 ロマンがある。


「っということで、これからこの車輪部分を作るから手伝って。どうせ夕方まで暇だし、それまでに終わらせたい」

「……まぁいいですか。仕事をさぼる言い訳にもなりますし」


 レモンは未だに納得が行かないのか首を傾げていたが、俺の手伝いをしていれば仕事をさぼる口実ができるらしく、頷いた。





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