第3話:いざ、探検へ:accumulated

 俺が転生して八ヶ月近くが過ぎたある日の事。


 俺に転機が訪れる。


 それはある本との出会いにるものだった。



 Φ


 その日、俺はいつもの昼寝タイムにベットで寝ていた。窓から零れる淡々しく澄んだお日様が、俺を包み込んでいた。


 しかし、その日はいつものように惰眠を貪る事ができなかった。


 原因はその日、レモンが風邪で仕事を休んだことだ。


 俺は、昼寝タイムの時はいつも、レモンのモフモフ尻尾にくるまって寝ている。しかし、今日はレモンがいなかったせいで、俺はモフモフの狐尻尾に包まって寝ることができなかったのだ。


 ……。一応弁明しておくが、俺は変態ではない。ただ、レモンのモフモフ尻尾は地球のどのタオルケットよりも寝心地が良いからであって、決して、決して、俺がモフモフ好きな訳ではない。


 そういうわけで、俺は普段包まっていたレモンのモフモフ尻尾が無く、寝心地が悪くて起きてしまったのだ。


 寝る気が削がれたので、仕方なく体を起こす。座り込む。

 

 ぼーーっと周りを眺める。


 あっ、レモンの代わりに俺の見守りをしているユナがうたた寝している。カクンカクンと壊れた玩具のように、首を落としては上げている。


 珍しい。とても珍しい。


 ユナはしっかり者で、うたた寝などは決してしないのだ。駄メイドレモンはよく寝ているが。


 ん? というか、結構ぐっすり寝ているのではないか。


 お疲れなのだろうか。 


 ……。ああー。そういえば、今は収穫祭の真っ只中だっけ。


 収穫祭とは、小麦などが収穫できる一ヶ月間を使って行われるマキーナルト領の行事だ。詳しい内容としては収穫、収穫高の測定し、貯蓄や売買の計算をし、来年に向けて土壌や作物の準備、そして、一週間の祭りの順で行われている。ちなみに、異世界故なのか小麦の収穫時期は秋である。


 レモンが独り言で教えてくれた。


 確か、今は収穫高の測定と売買をしているんだっけ? それも、ロイス父さんとバトラ爺だけでは手が足りないから、アテナ母さんと使用人が総出で手伝っているんだそう。


 それで、連日徹夜なのだとか。レモンが愚痴ってた。


 もしかしてレモンの奴、知恵熱で休んだのか。だとしたら、笑えるんだが。


 ん? だとしたら、今こそ“分身”を試す良い機会ではないか!


 普段は、魔力を感知できると思わしき、ロイス父さんやアテナ母さん、そしてレモンのいずれかが傍にいるおかげで、魔力を体外に放出する実験ができていないのだ。


 俺は、ここ数ヶ月間の魔力操作訓練によって、他者が持つ魔力を何となく感じ取れるようになってきたのだ。それで分かったのだが、ロイス父さん、アテナ母さん、アラン、レモンの四人が持つ魔力の量が半端なく多いのだ。何故か不思議な事に、レモンも魔力を多く持っている。


 で、その四人は魔力の感知に優れているのではないかという疑念がある。魔力を多く持っているのだから、魔力を使うことも多い筈。なら、魔力の気配に敏感になるのではないかと思うのだ。


 だから、安易に魔力を体外に放出する事ができなかった。体内の場合は“隠者”の効果で、魔力の気配を隠蔽できたので、たぶん問題ない。


 しかし、今、この場にはユナしかしない。なら、存分に“分身”や“宝物袋”を試せるだろう。


 よし。ついでに屋敷の探検をしようじゃないか。俺が住んでるところが大きな屋敷であることは分かっている。外に連れいていってもらった時に見たのだ。


 だが、屋敷内はじっくりと連れまわしてもらってない。せいぜい、食事場とリビングと自分の寝室だけである。


 なので、自分の足でしっかりと屋敷内を見たいのだ。


 では、先ず、体内の魔力循環を高速で行う。


 ここ最近気が付いたのだが体内で魔力を循環していると身体能力が向上するのだ。魔力循環自体は魔力が枯渇するまで、常に行っている。しかも魔力を高速循環すると、身体能力の向上率が高く上昇するのだ。


 なので、高速でハイハイやつかまり立ちができるようになる。通常の身体能力だと、ハイハイするのがやっとなのだ。


 次に“隠者”を使って、違和感が無いように徐々に気配を消していく。周りと同調していく。


 タオルケットの中に枕を詰める。


 偽装はこれくらいでいいだろう。


 次に、ベットから降りる。


 しかし、大きな壁が俺の前に立ちふさがる。


 赤ちゃんの俺にとって、ベットから地面までの距離がもの凄く高いのだ。


 だが、俺は諦めない。


 ここで“分身”を発動する。


 ポフン、と間抜けな音とともに二体の分身が俺の前に現れる。


 おおー? ん? あれー?


 分身の生成には成功した。しかも、最初から二体も出せることは上々。


 しかし、しかし……。


 俺はこの時、初めて自分を見たのだが……。


 普通顔だ。


 両親や兄姉きょうだいのような美形ではなく、ちょーーー普通顔だった。


 髪と瞳は黒に近い深緑色。十分に昼寝ができなかったせいか、眠たそうな目をしている。けれど、それ以外の特徴らしき特徴がない。赤ん坊らしい、可愛さはあるのだが……。


 まぁ、ドンマイという事で済ませるか。それよりも、屋敷の探検の方が気になるし。


 では、諸君よろしく。


 俺はそう念じる。


 すると、俺の意思を理解するように分身が動き出し、ベットの足元にあった予備のタオルケットを二人がかりでもってくる。


 上出来だ。しかも分身が経験した記憶が俺に共有されている。というか、常に俺の自意識と分身の自意識が共有されているのだ。


 これは結構、凄いのではないか。実質、二倍の時を過ごしているようなものだ。


 だが、デメリットも大きい。魔力消費量が半端ない。今も、ガリガリと魔力が減っている。


 早く行動を開始しなければ。


 先ず、タオルケットの片端を二体の分身が持つ。俺はもう片端を持つ。


 次に、俺はタオルケットを手で握りながら、ゆっくりとベットの端へと向かう。俺が端に辿りついたと同時に、タオルケットが張る。


 そして、ここが一番の難所。


 俺はタオルケットを強く強く握りしめ、 ゆっくりゆっくり、ベットから降りる。タオルケットが命綱の役割を果たす。


 分身達がゆっくりとベットの端に近づき、俺をゆっくり降ろしていく。


 オーライ。オーライ。


 ゆっくり、ゆっくり。


 そして。


 コテン。


 床にお尻が着いた。


 「アダブー。アダブ―」


 おっと。喜びの声が漏れてしまった。

 

 ユナの方を見ると寝ているので、気づいてはないようだ。


 分身を消す。


 ポフン。間抜けな音とともに空虚に溶ける。


 それにしても、俺は分身に対して嫌悪感を抱かなかったな。

 

 自分が自分以外にも存在するという感覚は簡単に許容できるものではない筈なのだが……。これは、要研究かな。現時点だと、“分身”という能力スキルがそれをなくす効果を持つという妄想しか立てられないし。


 まぁ、それは置いといて、次は“宝物袋”を試しますか。


 では、予備のタオルケットを仕舞うことを念じながら、“宝物袋”を起動させる。


 すると、タオルケットが何かに吸い込まれるように空虚に消える。


 おおー! これが“宝物袋”か。しかも、タオルケットを仕舞った事によって、感覚的に“宝物袋”の中身を感じ取れるようになった。


 しかし、中身の区分けはできるのか? 中身がごっちゃになったりしないのか……。これも要研究か。


 能力スキルについての考察はあとでまとめるとして、俺はこの部屋を出るためにドアへ向かう。


 ドアの前に座った。


 続いて、先ほど“宝物袋”に仕舞ったタオルケットを出す。ドアノブに引っ掛けて。


 “宝物袋”の説明に物の出し入れ可能範囲として、半径が自身の体長の二倍の円形と書いてあった。一応、その説明は正しかったというわけだ。


 そのおかげで、タオルケットをドアノブに引っ掛けられる高さに出す事ができた。


 俺は、ドアノブに引っかかっているタオルケットを引っ張る。そうすれば、ドアノブが下に下がり、ロックが外れる。すかさず、俺は後ろに下がり、ドアを引っ張る。微妙ながらも開いた。

 

 あとは、タオルケットを“宝物袋”に仕舞い、僅かに開いたドアの隙間に手をいれ、自分が通れるくらいに開く。


 そして、俺は鳥籠から飛び出したのだ。


 廊下に出た。ドアを閉めるために、部屋側に分身を一体召喚し、閉めてもらう。そして、分身を消す。


 部屋を出るまでで分かったのは、“分身”と“宝物袋”の魔力消費量は短時間ならば“分身”の方が少なく、長時間ならば“宝物袋”の方が少ないこと。また、放出した魔力の隠蔽に関しては、“分身”の方が簡単だという事だ。


 心の中にメモをする。


 ついでに、魔力残量が七割程度ということもメモっておく。


 さてと、最初に行く場所は既に決まっている。書斎だ。


 屋敷の探検といっても、行動範囲は決まっている。


 一階にはいけないのだ。


 俺が生活している部屋は屋敷の二階にあるのだが、一階はロイス父さん達が動き回っている筈だ。見つかると大変だから、一階には降りられない。


 ついでに、二階でも俺が行ける場所が限定されている。階段付近に、赤ちゃんが越えられないように小さな鉄の扉があり、鍵がないと開けられない仕組みになっているのだ。


 なので、階段付近の部屋は探検できない。


 結局、俺は二階から出ることができないのだ。鍵を持っていない俺が、あの鉄の扉を超える事は不可能に近いのだ。能力スキルを使えば、別かもしれないがあまりバレたくない。


 まぁ、籠の外に籠があるのは、世の常である。


 それはそうとして、二階には書斎があることが分かっている。というか、それ以外わかっていない。


 なので、先ずは書斎を確認し、そのあと、別の部屋を探検しよう。


 右よし! 左よし! 敵影は確認できない。


 では、ゴー、ゴー、ゴー!


 俺は超高速でハイハイをする。


 子供が歩くのと変わらないスピードでハイハイする。


 それにしても、赤ちゃんが見る世界ってのは、何もかもが巨大に見える。今だって、巨人の屋敷を探検している様に感じる。


 「ダダブー」


 体感的には一分、実際は数分の時間を経て、俺は書斎の扉の前に辿り着いた。


 俺はドアを開けるために、分身を召喚する。ドアノブの上に。


 ドアノブの上に召喚された分身は、その体重でドアノブを下げる。すかさず、俺がドアに全体重をかけ、ドアを開ける。


 ポフン。分身を消す。


 「ダー」


 疲れを伴った溜息をつく。


 俺は開いたドアの隙間に入り込み、書斎へと入った。


 紙とインク、そして古めかしい匂いが俺を包む。


 「ダーー!」


 感動した。まるで、大図書館に入った感じの様相だ。


 俺は感動に身を任せて、書斎を駆け回ろうとしたが、すんでのところで思いとどまる。 


 まだ、ドアを閉めてなかったのを思い出したのだ。なので、体重を使ってドアを閉める。


 そして、俺は書斎を存分に探検するのだった。

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