第25話

 季節は秋も終盤の11月下旬に入った。

 日中の平均気温が徐々に低くなってきており、街を歩いていると少しずつマフラーを巻いている人が増えてきているように見えるが、半霊体化したために寒さや暑さというものをほとんど感じなくなってしまった私は一人季節感というものから取り残されていた。


 国家指定退魔師に就任してからというもの、私は日本全国に出張することが多くなった。といっても退魔省側も私が高校生であることに気を使ってくれているのか、遠方に行かなければいけない用事は土日にまとめてくれて、おまけに国有のプライベートジェットや自衛隊のヘリコプターまで手配してくれている。


 日没までに蛇谷神社に帰らないといけないという事情にもしっかりと気を配ってくれており、担当の山下さんには感謝してもしきれないくらいだ。


 学校にも休まず通えているし、日本各地の妖魔情勢も比較的安定している。他県に赴いて私がやらなければいけないことも、強力な妖魔の討伐というよりかは、妖魔の数が増えすぎて手が回ってない地域の支援がおもだっていた。


「今日もありがとうね水琴ちゃん、次の土日の予定も確定次第メールで送るわ」


「はい、よろしくお願いします」


 日曜日である本日もプライベートジェットで東北地方へ向かい、複数の県で現地の退魔師の応援に従事してからまた飛行機で地元まで戻ってきて、山下さんの運転する公用車で蛇谷神社の近くまで送迎してもらった。


 大抵の仕事はルーチン化さえしてしまえば割と気が楽になるものだ。平日は学校に行って夕方に自分の担当エリアの妖魔の間引き、土日は各地へ飛んで妖魔の間引き、私一人の為に飛ばしてもらっているプライベートジェットに乗ることにも何とも思わなくなってきた。


 唯一、夜の仕事だけは未だに慣れないが、これは最早仕方がない。


「ただいま帰りました」


 自宅の玄関の鍵を開けて中に入り、靴を脱ぎながら家の中に向かってそう声を発するが返事はない。


 電気のついている居間を覗くと、いつも通り龍神がつまらなそうな顔でノートパソコンで何かの動画を見ていた。


 龍神は私のほうをチラ見すると、またすぐに目線をノートパソコンの方に戻した。私も半ばニートのような妖魔を無視して自室に戻って服を着替える。


 部屋着に着替えて、使われなくなって久しい自分のベッドに腰掛けてスマホを確認すると京華から不在着信があったことに気がついた。

 折り返して電話をかけると彼女は開口一番に、依頼されていた霊具が完成したことを伝えてくる。


「もう完成したんだ、予想よりもめちゃめちゃ早かったね」


「御爺様が1ヶ月くらい鍛冶場に引きこもってましたから、……どうもほとんど眠らずに作業をしていたみたいで、霊具が完成したらすぐに倒れてしまいました」


「えっ、それって大丈夫なの……鉄斎ってもう90歳越えてたよね」


「ああ、それなら大丈夫です。倒れた翌日には一度目覚めて、ご飯を食べてお酒をいっぱい飲んだと思ったらまた眠られたので……その時も割と元気そうに騒いでましたよ」


「ほんとに大丈夫なの、それ?」


「まあ御爺様のことは置いといて、お姉様の予定を教えて下さい、迎えにいきますから」


 京華からぞんざいに扱われる御年90の祖父を心配しつつも、とりあえず自分の予定を思い出して霊具の受け取りに行けそうな日を考える。


「えっと、最近土日は出張してることが多いから……、あ、明日の月曜日とかいける? 祝日だから学校も休みだし、退魔省からの仕事も今のところは入ってないし」


「わかりました、じゃあ明日お迎えにあがりますね」


 その後しばらく京華と取り留めのない話をしているといつのまにか日が傾いてきた。冬が近づくに連れて夜が長くなってきており、龍神への夜伽に従事する時間もそれに比例するように長くなる。


「じゃあ京華、そろそろ日が暮れるから切るね」


「……はいお姉様、じゃあまた明日」


「うん、連絡ありがと、おやすみ」


 スマホの通話ボタンを押下してから、私は浴衣とバスタオルを引っ張り出して浴室に向かった。




 ■■■




 翌日の朝、先日と同じく京華の付き添いで鍛治川家へと送ってもらい巨大な屋敷の中の客間の一室に通されてしばらく待っていると、私の従兄弟の鉄仁氏が桐箱を抱えながら部屋に入ってきた。



「待たせてごめんね、水琴さん。これが依頼されていた霊具だよ」


 以前会ったときよりも幾分か痩せた鉄仁氏から霊具を提示された。


 桐箱の中に入っていたそれは、一目見た印象としては羽根つきに使用される羽子板が最も近い、サイズ的にも同じくらいだ。


「手に取ってみても?」


「もちろん」


 羽子板の柄の部分を握り持ち上げると、その板面にあたる部分の両面にそれぞれ異なる、非常に細やかな装飾が施されているのかわかった。


 羽子板の片面は縦に4本の線が彫られており、それぞれの縦線の最も深い部分には銀色の糸の様なものが埋め込まれている。遠くからみるとこちらの板面は弦楽器の琴をモチーフとされているだと思われる。


 もう片方の板面は蛇、あるいは川の流れとも取れるような曲線が絡み合っているような彫込がされており、その板面の各所には蛇の鱗の模様を形どった宝石が埋め込まれている。


 極めて美しく丁寧に装飾された霊具ではあるが、これは果たして武器なのだろうか。どちらかといえば儀礼用の祭具に近い気もする。そんな事を思いながらマジマジと霊具を色んな角度から眺めていると、鉄仁氏が口を開いた。


「銘は『琴天都ことあまつの剣』、鬼神の角を丸々削り出してから、『蛇谷水琴』という言霊呪名4文字の効力を全て封じ込めた剣だよ」


「剣にしては刃がまったく無いんですね」


「あくまで儀礼用の剣と考えて欲しい。水琴さんの『分断』の術式にはそちらの方が合っているからね」


 切断術式だったら刃付きの剣にしたんだけど、と呟きながら鉄仁氏は解説を続けた。

 その解説を聞きながら、私も疑問点のうちのいくつかを鉄仁氏にぶつけた。


「『琴天都ことあまつ』って……そんな名前付けていいんですか? さすがに僭称が過ぎる気がしますが」


「あくまで語呂合わせだしね、古事記の『別天津神ことあまつのかみ』に直接言及していなければ霊具としては問題ない」


「そういうものなんですね」


 霊具製造に関しては専門外すぎるので、何がどうなると霊具として効力をあげることが出来るのかとか全くわからないが、それでもこの剣が質の高い霊具だということは直感的にわかる。


「使い方はシンプルだよ、水琴さんの無尽蔵の霊力を込めて『分断』の術式をそのまま放てばいい」


 儀礼用に近いとはいえ、やはり剣は剣らしい。

 大型妖魔くらいなら余裕で切り裂けるよ、と言葉を続けた鉄仁氏から、その後も細かい解説を聞き続けた。


「ありがとうございます、だいたいの使用方法はわかりました」


 霊具に関する話が終わったので、会話は世間話に自然と移った。先月に会ったときよりも少し痩せているように見える鉄仁氏に何かあったのか聞くと、どうも『琴天都の剣』の製造で鍛治川鉄斎の助手をしてくれていたらしい。


 鉄斎ほどではないが、1週間程ほとんど眠らずに作業を行っていたとのこと。結構気軽に霊具製造を依頼してしまったこちらとしてはやや申し訳なく思ってしまったが、これも彼の仕事のうちの一つなのだ、気を使いすぎても返って失礼だろうと思い、会話はまた別の方向へ進んだ。


「あ、『鬼神の角』の鑑定書とかもこの桐箱の中に一緒に入れてるからね」


「はい、ありがとうございます」


 現物確認を終えた『琴天都の剣』を桐箱に仕舞い、その箱を綺麗な風呂敷で包みながら鉄仁氏がそう言ってきた。


 鬼神の妖結晶はこの霊具製造の代金としてそのまま渡しているので、これで私の手元には剣だけが残った形となった。


 桐箱が入った紙袋を渡されると、私と鉄仁氏のいる客間に誰かが入ってきた。挨拶もなしにいきなり入室してくる時点で振り向かずとも鉄斎だろうとは思ったが、予想通りそこに立っていたのは鉄斎だった。


「……霊具の受渡しは終わったか」


 鉄仁氏が「終わりました」と返答する。

 京華から霊具製造が終わったあとに倒れたと聞いていたので少し心配していたが、鉄斎は少し痩せているものの血色は良さそうな様子であった。


 鉄斎は目を細めて私の顔を凝視してくる。

 徐々に顔が近づいてきており、一体何故そんなに睨まれなければならないのか疑問に思ったが、その後何かを確信した様子の鉄斎はこう言ってきた。


「蛇谷、このあと時間はあるか?」


「はい、今日は特に予定もないので」


 そう答えると、鉄斎は「ついてこい」と一言発したあと客間を出ていった。

 鉄仁氏に目線を送ると頷かれたので、目礼してから私も客間を出て鉄斎についていった。


「どこに向かうんですか?」と聞くと、鉄斎は向かいながら話すと言ってきた。5分ほど、あまりにも広いこの屋敷を歩いた末に辿り着いたのは鍛治川家の車庫だった。


 綺麗に洗車された高級車が並ぶ車庫は壮観であった。メルセデス、メルセデス、レクサス、プジョー、偶にアウディ、みたいな感じで高級車の前をずんずん進む鉄斎についていく。


 この車庫だけで合計いくらぐらいの価値が内包されているのか計算するのも憚られるくらいだった。

 これだけ大量の高級車を揃えているのだから当主の鉄斎は一体どんな高級車に乗っているのか少し興味が湧いてくる。


 今の所スポーツカーの類を全く見ていないので、鉄斎が乗っているのはそういう車なのではないかと予想したが、彼が手元の車のキーのボタンを押すと車庫の最奥、高級車の車列から少し離れた位置にポツンと佇む泥だらけの車のライトが点灯した。



 意外なことに鉄斎の車は大衆車の一つに数えられる、スズキのジムニーだった。フロントガラスのワイパーが通る場所以外は全身泥だらけで、エクステリアの塗装にも細かいキズが入りまくっており、その風貌は周りの高級車たちから少し煙たがられているようにも感じられた。




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