機巧探偵クロガネの事件簿4.5 ~交差する過去と想い~
五月雨サツキ
プロローグ/とある刑事の休息
「嗚呼、久方ぶりの我が家だ……」
万感の想いで都内にある築十二年の十階建てマンションを見上げているのは、くたびれた背広姿の中年男性――清水だ。
本来、警視庁刑事課所属の刑事である清水は、鋼和市中央警察署に出向中の身である。いわゆる単身赴任だ。
そして現在、十一月。来月にはクリスマスに年末年始と大型イベントが控えている。市民の安全と治安維持のために、警察官は文字通り忙殺されるのはもはや確定事項だ。
その前に英気を養おうと既に数ヶ月前から休暇を申請していた清水は、こうして本土にある自宅に戻って来たのである。
そして恐らく今回が今年最後の家族と過ごせる貴重な時間であるため、絶対に無駄には出来ない。
時刻は既に夕刻、十一月ともなれば陽が沈むのも早い。
「お」
不意に頭上を郵便局仕様のドローンの影が横切った。
ふと、周囲を見回してみる。
少し見ない内に、本土も乗り物の大半はAI制御による自動運転が普及していた。
「これも〈日乃本ナナ〉の成果かね」
今年の春、日本は世界で七番目の自律管理型AI保有国として〈サイバーマーメイド・日乃本ナナ〉を稼働させて半年以上が過ぎた。
〈ナナ〉が日本のネットワークを統括・管理することになって国民の暮らしぶりがより改善、より洗練されたものになったのだろう。
科学技術を十年先取った鋼和市で見られた日常的な風景が、本土でも当たり前なものになりつつある。
だが一方で、オートマタの採用と実用はまだまだといった所だ。
様々な意味で人間と距離が近い機械人形は、人間社会や心理的な観点から見てもデリケートな存在であるため、実験都市である鋼和市が先行的に運用試験を行っている。
その結果次第では、いずれ本土でもオートマタが採用されることになるだろう。それに伴い、警察も対オートマタ・対サイボーグ用の防犯対策や装備の見直しが検討される。
近い将来、清水たち警察官の仕事はより多岐に渡り、より多忙になることだろう。
「結局、昔も今も人を守るのは人か。〈ナナ〉が人の手で造られたとはいえ、変わらんものは変わらんなぁ……」
清水は、人知れずそうぼやいた。
***
「ただいまー」
「お帰りなさい」
マンション六階にある部屋のドアを開けるや、奥からパタパタと同年代の女性が出迎えた。どこかほっとする、愛嬌のある顔立ちをしている。
事前に連絡を入れていたとはいえ、愛する嫁が笑顔で出迎えてくれる光景はいつ見ても心が癒される。
今年は本当に大変だっただけに、生きる喜びもひとしおだ。
……決して大袈裟ではない、本当に死にかけたこともあったのだから。
「お仕事、お疲れ様」
「ああ、ありがとう。あの子は?」
軽く周囲を見回し、小学六年生の息子を捜す。
「塾ですよ。今帰り足だと思います」
「そうか、来年はもう中学受験だったな……早いもんだ」
自身の家庭事情すら忘れる程、日々忙殺されては堪ったものではない。
「二人とも、元気にしてたか?」
「ええ、勿論です」
「……そうか」
笑顔の即答に安心する清水。
「ああ、これお土産」
鋼和市では有名なスイーツ専門店のクッキーと、二四時間AI管理で精製された果汁百%のぶどうジュースを妻に手渡す。
「これは……あの子が好きなジュースですね」
「前回持って来た時に好評だったからな」
「それ以上に、あなたの土産話の方が好評でしたけどね」
「……そんなに面白いんかな、
首を傾げると、妻は「勿論」と柔和な笑みを浮かべた。
「あなたと一緒にお仕事されている探偵さんの話は、特に大好物ですよ」
「……あいつの話かー」
清水の脳裏に、トラブルメーカーと名高い機巧探偵の顔が思い浮かぶ。
不本意ながら彼が関わった事件の後始末や調書を受け持つことが多いだけに、警察署内ではほぼ専属と見られているのだ。
「家族の団欒にまで入り込んで来るなよなぁ……」
そうぼやくも、これほど話に困らないネタも無いだろう。
清水としては(情報漏洩しない程度に)仕事の愚痴をこぼしているようなものだが、息子にとっては近未来都市で凶悪事件に立ち向かう探偵の話はとても魅力的に聞こえるらしい。
男の子なら無理もないが、刑事である自分もその時現場で頑張っていたのだよ、息子よ……。
と。
そこに。
「ただいま!」
玄関ドアが開かれた音と共に、その息子が駆け込んできた。
「お父さん、お帰り!」
「ああお帰り、ただいま」
再会した息子はまた少し背が伸びた気がする。
先程妻から聞かされていたが、元気そうで何よりだ。
「もうすぐご飯できるから、手を洗ってきなさい」
「うん。お父さん、後で探偵の話聞かせてね」
母親に促され、洗面台の方へパタパタと向かっていく。忙しない子だ。
「……さて、どの話をどこまで話せば良いものか」
警察官としての立場上、捜査に関する情報は外部に漏らしてはならない守秘義務がある。
しかも、あの探偵が関わる事件はどれもこれも常人の理解を超えてくるから余計に始末が悪い。
「……いや本当に、何から話せば良いのやら……」
「ふふ」
色々な意味で頭を抱える夫に微笑んだ妻は、夕飯の支度をしに台所へ戻っていった。
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