タルトレットガールズ

深見萩緒

バター・グラニュー糖


 ママってすてき。同級生のママの誰よりも美人で、スタイルが良い。すごく若く見えるから、小学校の授業参観のときは「お姉さんでしょ?」ってみんなに聞かれた。私はそれが、たまらなく嬉しかった。

 それに、ママはお菓子を作るのがとっても上手。どこのお菓子屋さんよりも美味しいケーキを焼ける。一番美味しいのは、いちごのタルトレット。私もママみたいに美味しく作れるようになりたいけれど、まだまだママにはかなわない。



「雪ちゃんって、とっても器用ね」

 タルト生地の焼け具合を確かめながら、タカちゃんが言った。タカちゃんの鼻の頭にカスタードクリームがついている。

「雪ちゃんが一番、きれいなケーキを焼けるものね」

 タカちゃんと同じ顔をしたキミちゃんも、頬にホイップクリームをくっつけている。


 タカちゃんとキミちゃんは、私の幼馴染。二人の顔は瓜二つ。二卵性双生児というものらしい。二人は同じ表情で、私の手元を覗き込んだ。

 小さなタルト生地にクリームやフルーツを飾り付けて、手軽に食べられるタルトレットを作る。そして作ったタルトレットを交換して食べ合って、感想を言ったり、アドバイスをしたりする。

 幼馴染三人のスイーツ交換会は、いつだってとっても楽しくて充実している。



 全寮制の女学園に進学するようにとママに勧められたときには、暗澹たる思いだった。勉強には、きっとついていける。私はママに似て頭が良いから。人間関係だって、上手くできる。私はママと同じで人に好かれるから。

 そんなことより何よりも、ママと離れなければならないことが不安で仕方なかった。私とママはいつだって一緒だったし、これからもずっと、いつだって一緒だと思っていたんだから。

 けれどママは、それでは駄目だと私に言った。


「ずっとママと一緒にいたら、あなたはママと同じになってしまうでしょう。あなたはあなたなんだから、少しママと離れて暮らして、ママとは違うすてきなレディになって帰っていらっしゃい」


 悲しくて仕方がなかったけど、幼馴染の二人も一緒だと知って、それからは不安より期待の方が大きくなった。タカちゃんとキミちゃんは、いつだって私を守ってくれる王子様みたいな存在。二人がいれば、きっと素敵な学園生活になるに違いないと思った。

 そして実際に、そうなった。


 学校の調理室は、許可を貰えば誰でも自由に使うことが出来る。大きなオーブンもあるし、大理石のめん台だってある。豪華で完璧な環境で、私はママに習ったスイーツをたくさん作った。初めは私が作ったお菓子を食べるばかりだったタカちゃんとキミちゃんも、いつしか私に習ってスイーツを作るようになった。

 ママと離れて暮らすなんて、きっと毎日が寂しくて仕方がないだろうと思っていたのに……タカちゃんとキミちゃんが一緒にいてくれるだけで、ママがいない寂しさなんて吹き飛んでしまう。


「今日も雪ちゃんのタルトレットは絶品だったわ。ごちそうさま!」

 タカちゃんが、口の端にストロベリーソースをくっつけたまま手を合わせた。キミちゃんは、まだ最後の一個を食べている途中だ。一口が小さいので、食べきってしまうのに時間がかかるみたい。

「これでスイーツ会は、しばらくお預けね」

 寒風の舞う窓を眺めながら言うと、タカちゃんもキミちゃんもしみじみと頷いた。

 クリスマス前に、学園は年末年始の長期休暇に入る。この学園の休暇は少し特殊で、夏季休暇が無い代わりに冬の長期休暇がとても長い。私たちがまたこの学園に戻るのは、桜のつぼみが色づき始める季節だ。


「雪ちゃんは、久しぶりにお母様に会えるんだから、休暇が楽しみよね?」

 キミちゃんにからかうように言われて、私は頬を染めた。私がママにべったりなことを、幼馴染の二人はよく分かっている。

「お母様も、成長した雪ちゃんに早く会いたいでしょうね。身長は三センチ伸びたし、髪だって前より艷やかになったし……」

「そんなに変わらないわよ」

「変わるわよ。この学園に入学する前よりも、雪ちゃんはとっても……」

 キミちゃんはたっぷり言葉を選んだあとで「可愛くなったから」と言った。「うん、うん」とタカちゃんも同意する。


「ねえ、休暇の間、雪ちゃんのお家に遊びに行っても良い?」

「もちろん! ママも喜ぶわ。そしたら、私の家でお菓子を作らない? ここの調理場には負けるけれど、タルトレットくらいなら作れるわよ」

「良いわねえ。そうしましょう!」

「楽しみねえ」

 タカちゃんもキミちゃんも、なんだか珍しいくらいにはしゃいでいる。二人も、私のママに会えるのが楽しみなんだろう。ママは誰にだって好かれるから。

 ママって、本当にすてき。ママの作ったタルトレットをご馳走したら、二人ともとっても喜ぶに違いない。


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