異世界転移していない!? ここは……バグってる!? 〜どうやら本格的に壊れたようです〜

無頼 チャイ

A buggy day

「ふぁ〜あ」


 窓辺から差す陽の光に照らされるボサッとした髪。

 グイっと伸びをしてベットの上に腕を落とすと、ふと手に柔らかい感触がして条件反射的にそちらを見やる。


 そうだった……。


「ふぁ〜……、佐藤?」


「お、おはようシャロール」


「おはよう!」


 ネコ科特有のものなのか、大きな瞳を半目にして、目尻に浮いた涙を手の甲で拭いながら欠伸をしている。

 ネコっぽいといえば、頭にちょこんと生えたネコ耳と艷やかな尻尾、一目で彼女がネコの獣人だって分かる。


 と、ここまでは良いんだけど。


 何というか、シャロールは自分にあまり警戒心を持っていないみたいで、だから、服が着崩れしていて、白桃を剥いたような白い素肌が見えていても、日向のような笑顔で接してくれるから男心は複雑だ。


「二人ともー、朝ごはんよ〜」


「は~い。佐藤、行こう」


「うん」


 こうして普段通りの朝が訪れる。シャロールとキャイアさん、ホープとノーブ。

 他愛ない話しをして、スキルや剣術を磨く日々。


 でも、忘れちゃだめだ。


 ここが、ゲームの世界何だってことを。



 □■□■□


 ピピピ、ピピピ。


 いつものようにセットしたアラームが鳴り響く。

 宙に浮く半透明のコマンドメニューに、デカデカと描かれた時計から二つの矢印が下へ枝分かれしている。


 スヌーズ。


 解除。


 もちろん解除だ。


 

「どうしたの? 佐藤」


 鈴を転がしたかのような声。


 シャロールが不安げに見上げている。

 だから、

 にこっと笑って見せる。



「……いや、なんでもないよ。ちょっと、そう、悪い夢を見ただけ」




「そう……」



 どこか遠慮気味に言葉を一つ吐いて、ネコ耳がふわりと寝具に垂れる。


 その様子を確認して、武具と手紙を身に家の扉を開けた。


 外はまだ真っ暗だ。



 □■□■□


「よう、佐藤」


「ドラム……」


 目の前に、剣山みたいなツンツン頭をしたドラムが気味の悪いにやけ顔で立っている。



「来たか」


 何度目かは覚えてない。


「どうせここまで来たんなら――」


「洞窟の中まで見学していこうぜ、って、言うんだろ」


 高圧的な笑みに驚きの色が混じって、口角が下がっていく。


「僕は構わない、行くなら行こう」


「……気が変わった」


 遊びに飽きて持っている玩具を投げ捨てたような声音。


 鞘から抜かれた剣が逆光を浴びて黒い刃を晒す。


「今ここでテメーを殺す!」



 立体化した影みたいなドラムが迫る。暗くて分かりづらいが、輪郭と光る銀線だけで剣が中段から上段へ移行したのが分かり、すぐさま抜いた剣を水平に構え、のしかかる重量を背負うように一歩足を後ろへ置く。


「それだけかッ!?」


 突然軽くなった、と思ったら腹部に痛みが走り、思わず前のめりになると背に衝撃が走って膝を折った。


「オラッ! 立てよ!」


 疼くのも許さないと言わんばかりに胸ぐらを掴まれ、息苦しさにもがくとドラムが歪んだ表情を見せた。


「そうだ! それだよ俺が見たかったのは! 人様の計画を壊してただで済むと思ってたら大間違いなんだよ!」


 視界が揺らぎ、二転、三転と世界が回り、固定。

 仄かに鉄の匂いが香る。傾いた地平線が写る。


 どうやら投げられたらしい。


「しねぇエ、佐藤っッー!」


 傾くドラムが血走った瞳で剣を高々に掲げ、凶刃を振り下ろす。


 そして……、


「ぐあっ!」


「人様の/家でgyあぎゃAうるruさいぞ、貴様』


 悲鳴、だろうか。


 砂利を擦り合わせた様な音が混じり、人の浮き彫りをしたモヤがドラムに接して輪郭を崩す。


 ドラムと共に。


「今日はちょっと早かったな」


 テレビなら放送事故と視聴者からクレームが殺到しそうな異様な光景は、瞬きと共にパタリと消えた。


 これが何度目かなんて分からないけど、見慣れ始めた自分がいるのには気付いている。


「さて」


 始めるか。


 管理者が寄越した一文が脳裏に過ぎった。


「ゲームのバグを見つけて排除してくれ、か」


 立ち上がり、防具に付いた砂埃を払う。


「ここから出るか、寒いし……」


 初冬の様な寒さに身悶えしながら佐藤は光ある外へと向かった。





 □■□■□


<メッセージを受信しました>


 ある日の事、いつものように誰かからメッセージが届き、シャロールかなと思って開いたのが始まり。


 内容はこうだ。



 <その世界にバグが入ってきた。そいつのせいで何か変化が起きてるかもしれない。

 先に釘を打っておくけど、スキルで解決しようなんておもわないでくれよ。こっちの処理で解決するなら問題にならないんだ。

 可能なら、早急に、ゲームのバグを見つけて排除してくれ。 by管理人>



 世界にバグが入ってきたから、そいつを排除しろと一方的に言われた。


 文字化けや詰みゲーレベルのチュートリアルを今だに対処しない管理人からのメッセージだったこともあり、頭の隅っこに留める程度には意識していた……と、思う。



 「やっぱり、思い出せないな」


 頭の後ろに両腕を回して空を見る。

 

 穏やかな天気で、時間が経つのがやたら早くて、持ち物のアイテム名は文字化けしていて。


 覚えてる。


 覚えてるんだ。


 なのに、


「何回目なのか思い出せないな〜」


 佐藤は眉を八の字にして溜息を吐いた。


 死んで特定の場面まで戻るそれとは別に、佐藤は、今日を


 朝は必ずアラームが鳴り、シャロールが心配して声を掛ける。

 洞窟で待てば、見飽きたドラムのにやけ顔を見て、刃を交わすことになる。


 そして最後に、モヤがドラムを倒して消えていく。



「多分、あいつ何だよな」


 バグが何か、何となく分かっている。


 あのモヤだ。


「いつも声が掠れてるし、何よりバグっぽいもんな」


 姿のない人のシルエットと定まらない声。

 何より、あのモヤの正体が、魔王幹部のジェクオルだという真実を知っている。


「そうだ、あれは本当はジェクオルなんだ……って、なんで知ってるんだっけ?」


 モヤのことを考えても、頭の中はモヤモヤしたことだらけだ。


 ダジャレじゃないけど。



 考え事をしてる内に、オリーブさんの家に着いていた。

 扉を開けると、シャロールと目が合う。

 顔を赤くして、耳と尻尾を逆立てている。


「どうして……どうして、あれだけ危ないって言ってた洞窟に行ったの!」


 目尻に涙を溜めて、耳が萎れる。


「私……心配したんだから!」




「あはは、ごめんよ」




 佐藤は、今日も笑ってごまかした。

 

 皆が同じ部屋にいて、シャロールと同じ怒った風な心配顔で佐藤を見る。

 特にノーブとホープは神妙な面持ちだ。


 今はそっとしておいた方が良いかもしれない。



「あら、佐藤さん。その指輪は?」


 ふと、キャイアさんが小首を傾げてそう尋ねる。


 キャイアさんに指輪を見られてしまった。




「あー、拾ったんです……、いや」



「佐藤?」


 少しだけ気が落ち着いたシャロールが、不安げに下から覗き込む。


「佐藤? どうしたの、もしかして怪我してる?」


 秒を追うごとにシャロールの表情が深刻そうに落ち込んでいく。



「そうだ、毎日繰り返してたんだ!」


「佐藤、ねえ佐藤ったら! もうッ! えいッ!!」


「ふいっえぇ!?」


 頰を思いっきり引っ張られた。


「返事ぐらいしてよ!」


「あらあら、シャロールったら。佐藤さんごめんなさいね。この子、あなたが今朝いなくなってからずっと落ち着かなかったのよ。きっと、佐藤さんの顔を見て、安心したんじゃないかしら」


 キャイアさんが不機嫌なシャロールに微笑んだ。


 後半の変な抑揚にハテナを浮かべていると、「もう、お母さんったら!」とシャロールが何故か母親に向かって声を荒げた。


 気のせいか、耳が赤いような……、


「で、その指輪は何だよ」


 椅子の上で胡座をかいているノーブがつまらない物を見る目でしれっと指輪の話しに触れる。


 そうだった!


「なあ、ノーブ」


「な、何だよ急に」


 確信は無いけど、でも、試してみる価値がある。


「この指輪を付けて、僕に黒魔術を掛けてくれないか?」


「……はぁ?」



 場の空気が凍った。


 それもそのはず、固まったはずのノーブが下唇を噛んで立ち上がる。


「やる訳ねぇだろバカッ! 俺は、俺はもう人に黒魔術を掛ける気なんて無い! そう決めたんだァ!」


 普段の勝ち気で生意気そうな態度から一転、ノーブが心情を吐露するように言葉に強い感情を乗せて吠える。


「そもそも、止めるように言ってきたの佐藤達だろ! てか、なんで佐藤にかける必要があんのさ!」


「……色々と複雑で、上手く説明出来ないけど、はっきりしてることが、ある」


 そっと、少年の肩に佐藤の手が乗せられる。


「僕は苦しんだりしない」


 死んだとしてもやり直せるからじゃない。


「ノーブに助けてもらうんだ。今世界がおかしくなってて、わからないと思うけど、何回も同じ日を繰り返してるんだ。でも、この指輪を見て……、ノーブが手伝ってくれたなら、多分、いや絶対、救える気がするんだ」


 だから、とノーブの手の中に指輪を渡す。


「ノーブ、君の力が必要だ」


 少年が黙り込む。いつかの少女と同じように。


 でも、その少女と同じなら、最後はきっと……、


「……やるよ、俺、やるよ!」


「佐藤!」


 背にシャロールの声がかかり、振り返る。


 泣きそうな、怒りそうな、そんな顔。


「……やるの」


「あはは、大丈夫。僕のスキルならノーブの黒魔術を消せるし、危険な事にはならないよ」


「そういうことじゃない!」


 え?


「そういうことじゃないよ! 佐藤のバカ、アホ、鈍感!」


 あー、そうだった。


 黒魔術にかかったキャイアさんの苦しむ姿を見て、シャロールも傷付いてたんだ。


 またやっちゃったな。


「シャロール……」


「……」


 拗ねた子供のように、目を合わせてはくれない。


「ノーブ、頼んだ」


「おう」


 指輪を嵌めたノーブが黒魔術のスキルを発動するため、静かに目を閉じる。




 もし考えどおりなら、この日は毎日繰り返している。

 ジェクオルから貰った指輪をいつの間にか持っていたのも、繰り返しの一環だったとしたら自然なことだ。


 でも実際、ジェクオルから指輪は受け取っていない。それは、ジェクオルと思われていたモヤがドラムと一緒に消えるからだ。


 それでもあるのは何故か、それはきっと、こういうことだと思う。


 ジェクオルから指輪を受け取るイベントがバグで消えた。でも、オリーブさんの家に着く時にはなくちゃいけない。

 ストーリーの強制力によって、僕は必ず手にしなくちゃならない。


 ストーリーの強制力によって指輪が手に入るのだとしたら、あのモヤを解決する方法も強引な方法しかない。




 (僕が死ぬことで、バグも死ぬ)


 思い出せないけど、同じ日を繰り返してる実感だけがあった。


 この日、僕は死なない。


 何故ならジェクオルに助けられるから、ドラムは自分を追い込むたびにバカでかい声を上げるから、必ず狙われるんだ。


 ドラム以外に殺されるのなら、どうだ?



「佐藤、いくぞ!」


「こい!」


 ノーブの意思ある声に、佐藤の決意ある声が呼応する。

 


「佐藤ッ! 頑張れ、がんばれっッ!」


「シャロール!?」


 右手に温もりが加わる。


 とても、暖かい。



「絶対、戻るんだ」


 指輪によって強化された黒魔術に苦しみは無かった。変わりにあるのは、静かな子守唄。


 耳を傾けると、佐藤の名前が聞こえてくる。


 「思い、出した」


 頭に掛かったモヤが、急速に晴れていく。


 頭の中にもモヤが、いや、バグがあったのか。


 「さ……、……とう!」


 張るような声、シャロールだ。


 「――んば……て!」


 シャロール、…………、



 ありがとう。




ーーGAMES RESTARTーー



 微睡みの中で、誰かが応援していた。体の輪郭は何となく覚えていて……、ネコ耳?


 「佐藤、おはよう!」


 窓辺から差す日差しに目を凝らしていると、いつもの鈴の音を鳴らしたような、それでいてお日様のように優しい声が染み入る。


 気は強く、心配症で、感情が耳と尻尾によく現れる。

 照らすような笑顔。


「おはよう、シャロール」


 挨拶を交わした。今日の始まりを愛おしく思いながら。

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