第三章の二 牛鬼猛攻③

 翌日の早朝。

 三人は橋姫のいる橋のたもとに集まっていた。あずさが橋姫を呼ぼうとする、その時。

 空から見知った牛の頭を持つ鬼が飛来してきた。


牛鬼ぎゅうき……!」


 あずさの言葉に牛鬼ぎゅうきはごきげんよう、と挨拶をしてきた。

 結人はすかさず九尾の狐の姿に変わる。牛鬼ぎゅうきはそんな結人の姿を一瞥する。


「今日はお前に用事はない」


 しゃがれた声でそう言う牛鬼ぎゅうきは、奏に向かって団扇うちわをあおぐ。奏に向かって紫の毒息が風に乗って襲ってくる。


「やれやれ、また厄介なのに絡まれているようだね」


 奏の元へ毒息が届きかけたその時、奏の目の前で守護霊の老婆が姿を現した。老婆は何事かを呟くと、その毒息を跳ね返す。奏は老婆が作り出した壁に守られた形となった。


「ちっ、守護霊か……」


 牛鬼ぎゅうきが舌打ちする。


「こいつは、牛鬼ぎゅうき……?」


 守護霊の老婆は驚愕したように言う。


牛鬼ぎゅうきをご存知なのですか?」


 奏は目を丸くして目の前に佇む守護霊に向かって問いかける。老婆は、そりゃあ知っているとも、と返した。視線は牛鬼ぎゅうきから一切外さないままだ。


「私が生きていた時代に、牛鬼ぎゅうきはかなり暴れていたからね」


 守護霊の老婆が言う。彼女が生きていた時代となると、平安時代になるだろう。そんな昔からいる妖怪、と言うわけだ。


「人間の霊ごときが、私の息を弾く、だと?」


 牛鬼ぎゅうきが少し驚いた様子で口走った。その隙に結人が牛鬼ぎゅうきへと攻撃を仕掛ける。長く伸ばした尻尾を牛鬼ぎゅうきへと突き刺すようにする。しかしその攻撃は、


「甘い」


 その一言で団扇をあおいだ牛鬼ぎゅうきまで届かない。バシっと弾かれてしまう。


「くそっ!」


 結人の悔しそうな声が響いた。

 あずさはそんな光景を見つめながら叫ぶ。


「橋姫!」


 あずさの呼びかけに応えるように、あずさの傍にぼうっとしたもやが出来上がる。それが徐々に人の姿になり、片腕のない女性の姿をかたちどった。


「神を、呼んだ……?」


 これには牛鬼ぎゅうきも予想外だったようだ。目を丸くしている。


「どうしましたか? あずささん」


 涼しげな声が響き、橋姫は眼前の牛鬼ぎゅうきへと視線を向ける。


「おや、招かれざる客人がいらっしゃるようですね」

「くっ……。人間あがりの神に一体何が出来る!」


 悔しそうに呻いた牛鬼ぎゅうき団扇うちわをあおぐ。すると団扇うちわから突風が吹き荒れた。奏とあずさは思わず顔の前に手をやってその突風を凌ぐ。

 橋姫は自らの周りに水柱を立て、その突風をやりすごした。そして団扇うちわを使った隙を逃さず、結人が狐火きつねびを飛ばす。

 続けざまの攻撃に、さすがの牛鬼ぎゅうきも多勢に無勢と判断したのか、次の瞬間には姿を消していた。


 辺りに静寂が訪れる。

 結人は元の人間の姿に戻っていた。橋姫はふぅ、と一息つくと、今のは何だったのだ、とあずさたちに問いかけた。


「あのモノが持っていた団扇うちわ、あれはあずささんが持っていたものでは?」


 橋姫の言葉に、あずさは今までの一部始終を橋姫に話したのだった。


「なるほど」


 話を聞いた橋姫は頷いた。あれが牛鬼ぎゅうきであるのか、と。


「橋姫は、牛鬼ぎゅうきについて何か知っている?」


 橋姫はしばらく考えている様子だった。


「ごめんなさい。私、妖怪にはうとい方なので、そこまで詳しいことは何も知らないんです。むしろ、人間たちの方が妖怪には詳しいかと」


 橋姫の言葉に今度は奏が自身の守護霊へと尋ねた。


「平安時代に現れていた牛鬼ぎゅうきとは同一なのですか?」


 守護霊の老婆は、多分同一だ、と答えた。


「昔の牛鬼ぎゅうきは、当時の陰陽師たちによって、人里離れた場所へと追いやられたのさ」


 老婆が説明した。

 しかし時代が変わり、現代になった今、また牛鬼ぎゅうきは人間の前に姿を現すようになったのだろう。


「陰陽師たちは、どうやってあの牛鬼ぎゅうきを追い払ったのですか」


 奏のもっともな質問に、老婆はさぁね、と答えた。


「陰陽師たちは、陰陽道を極めたものたちだ。彼らは普通の人間には仕えない呪術じゅじゅつを使って、牛鬼ぎゅうきを追いやったんだろう」


 老婆の話を聞いた矢先、奏の体が大きくぐらついた。


「奏っ?」


 驚いたあずさが慌てて奏の体を支える。奏は顔面蒼白になりながら微笑んだ。


「大丈夫よ、少しめまいがしただけ」

「大丈夫って……、顔色が悪いよ?」


 言い募るあずさに、奏は笑顔で大丈夫と返すだけだった。

 そんな奏の様子を一瞥すると、奏の守護霊はすっと姿を消していった。何かを言いたそうにしていたのをあずさは見逃さなかったが、あずさには守護霊を呼び止める術を持っていなかった。


「現代になって、陰陽師はほぼ絶滅しているといっていいわね」


 奏は蒼白の顔のまま口を開いた。その顔は少しだけ赤みが戻ってきているように見える。本当にただのめまいだったのだろう。


「絶滅?」


 あずさの言葉に、結人が頷いた。


「昔は本当に多かったんですけどね、陰陽師」

「昔ってどれくらい?」

「明治維新前、ですかね」


 そうなのだ。明治維新前、陰陽師はたくさんいた。しかし、新政府である明治政府は陰陽道を迷信のひとつと判断。陰陽道は衰退していったの だった。

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