二章の五 神無月/野狐①
九尾の狐の尻尾が伸びて
「逃げるよ!」
「逃がすか!」
奏はなんとか九尾の尻尾から走って逃げていた。が、尻尾に気を取られ過ぎていた。気付いたときには眼前に
「
「馬鹿者!」
短い唸りを上げた
「こっちだよ」
老婆は奏にだけ聞こえる声でそう言うと、奏はその声に導かれるように眩しい白の世界を進む。奏はその白の世界の中で扉らしきものを押して外へと出ると突然、文化祭の喧騒が戻ってきた。
奏が振り返ると、そこには守護霊の姿も
奏はしばらく呆然とそこに立っていたが、はっと気付く。
あずさが危ない。
奏は手近な生徒へと声を掛けていた。
「バスケ部の出し物は終わったのかしら?」
奏の焦りに気圧されながらも、その生徒はおずおずと答える。
「はい、ついさっき……」
「ちっ」
奏は思わず舌打ちすると、体育館の方向へと人波を逆走する。通り過ぎる生徒たちは奏の行動に迷惑そうな視線を投げているが、今の奏にはそれに構っている余裕はなかった。
「あずさちゃん! いる?」
奏は体育館へと入ると同時に叫ぶ。すると奥からあずさの声が聞こえてきた。
「いるよ~」
その声を聞いた奏はほっと胸をなでおろす。
「着替えたら出てきて頂戴」
奥へと声をかける奏に、声だけであずさは、はーい、と返事をした。
「奏、どうしたの~? そんなに慌てて」
着替えたあずさがパタパタと奏に近寄ってくる。奏はどこか話が出来るところ、知らない? と聞くと、あずさがついてきて、と答えてどこかへと足を向ける。あずさが連れてきたのは
「そんなに血相変えて、どうしたの? 奏」
あずさに聞かれた奏は、先ほどまでの出来事をあずさに話した。
「吉田くんが、
「そうなのよ! あずさちゃん、
「うん」
あずさが
「見つけた」
「まさか、あずささんの方が『教授』の方だったなんて。灯台下暗し、ですね」
にっこりと微笑んで結人が言う。
「さぁ、それを僕に寄越してください」
「嵐を!」
結人の手が伸びたとき、あずさが叫んで
「何をする気です?」
結人は余裕の笑みを浮かべている。屋上の上には雨雲が集まり、突風が吹き荒れている。
「嵐を呼ぶだけが、その
結人の余裕の笑みは崩れない。また一歩、あずさと奏の元へと歩を進めてくる。
「あずさちゃん……?」
行方を見守っている奏に、あずさは額に汗を流しながら続けて
「雷!」
叫んだあずさの目の前、そこに雷が落ちる。砂煙の向こうに人影があることを奏は見逃さなかった。
「呼んだか?」
砂煙のむこうから澄んだ男の声が聞こえてきた。砂煙が収まる頃には、髪の毛を逆立てた一人の男が奏たちと結人の間に立っていた。
「え? 誰……」
呟いたのはあずさだった。
「我は、
「
「なんだ、
「
形勢は一気に逆転していた。この
「所詮は臆病な
「これは、どういうことなの……?」
奏は呆然と声を上げた。それを聞いた
「この者には、そなたの様な守護霊が存在しない。代わりにツクヨミとアマテラスが守護をしていたのだ」
しかし今、二柱は出雲へと出かけている。留守中、何かが起きたときのための守護を任されたのが、この
「あずさちゃん、それを知ってて雷を呼んだの?」
奏の言葉にあずさはふるふると首を振る。どうやら偶然のようだ。
「そなたは神々が守護する人間だ。その
「神々の守護を受ける者って……。あずさちゃん、凄いのね」
「え? 私、大したこと全然してないのに……」
屋上には呆然とする二人の姿が残っていた。
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