第一章の五 瀬織津姫/橋姫②

えにしを結ぶ手伝いって、そんなに安請け合い出来ない内容だと思うんだけど……」

「大丈夫よ! それに、切ってばっかりじゃ可哀想じゃない。結んであげたくもなるよ」


 橋姫が一体どんな縁切りの願いを叶えてきたのかは分からない。が、あずさには縁を切ることよりも結びたいと思う女心に同調したようだった。


「僕が言うのも何なんだけど……、あずさはお人好しだね」


 ツクヨミは少し困ったように微笑んで言った。


「じゃあ後は二人に任せるよ。橋姫に会いたい時は橋のたもとに行くといい」


 ツクヨミはそう言うと、ゆっくりとほこらの後ろへと帰って行った。

 それを見送った二人は、ヤタガラスの導きにより深い山を降りていくのだった。




 町に戻ってきた奏たちは、いつもの喫茶店へと入っていた。夏の暑さから避難するように二人は喫茶店の店内へと落ち着く。注文もいつもと同じ。あずさはミルクティー、奏はブラックコーヒーである。席について注文を済ませ、一息ついた後、奏が口を開いた。


「『えにしを結ばせる』ね……。そんなに簡単なことじゃないわよ? あずさちゃん」


 その声は途方に暮れているようだった。


「男女のえにしはそう簡単には結ばれないものよ?」


 奏は安請け合いをしたあずさを少しとがめるように言う。


「別に、男女のえにしにこだわらなくてもいいんじゃない?」


 あずさはケロッとして言う。


「昔から縁結びと言えば男女の仲、なのよ?」

「でも、縁切り神社には『病気』との縁を切りたいって願いごとがあったはずだし、大丈夫じゃないかなぁ?」

「ん~……、それで橋姫が納得するといいんだけれど」


 なんだかこじつけみたいで、と独りごちる奏を尻目に、あずさはミルクティーをごくごくと飲むのだった。

 とりあえず二人は、翌日橋姫のいる橋へと、会いに行くことに決めたのだった。




 さて、二人が喫茶店で会議をしている間。

 橋姫はいつものように柳の木の下で橋を見守っていた。すると一組の親子が橋を渡ろうとする。


「この橋にはね、神様がいるのよ」


 母親が子供へと言う。


「かみさま?」

「そう。お願い事を叶えてくれるの。でもね、この橋の神様はとっても嫉妬深い神様なの。だから、好きな子と一緒にこの橋を渡ると、お別れさせられちゃうのよ」

「お別れ? ママ、怖いよ~」


 母親はふふふ、と笑いながら子供の手を引いて橋を渡っていった。橋姫は複雑な気持ちでそれを眺めているのだった。




 翌日の早朝。

 相変わらず蝉は狂った様に鳴いているが朝の空気が清々すがすがしい時間に、人目につかないよう、奏とあずさは橋姫の守っている橋のたもとへとやってきていた。


「橋姫~、いる~?」


 あずさの問いかけに、橋のたもとである柳の木の下に、雪のように真っ白な肌をした女性が現れる。


「橋姫、おはよう!」


 あずさは元気に挨拶をしている。奏は軽く会釈えしゃくをすると、橋の近くに 座った。あずさは立ったまま橋姫と話をする。


「橋姫にはさぁ、どんなお願い事をする人が多いの?」


 あずさの問いかけに、橋姫は少し困ったように微笑んで答える。


「人間のごうの深さが分かるようなお願いごとですよ」

「例えば?」


 あずさは純粋に分かっていないようだ。橋姫は今度は本当に困った顔をする。


「あずさちゃん、ダメよ、むやみやたらに他人の願いを聞いちゃ」


 奏にたしなめられたあずさは、だって気になるんだもん、と言うと橋姫をじっと見つめた。そこに奏が声をかける。


「もう、あずさちゃんったら。アタシが答えてあげるわ」


 そして奏は答えていく。

 橋姫への願いとは『彼が今の彼女と別れてくれますように』や『嫁が息子と離婚しますように』と言った、人間のエゴが多いと言うことを。


「えぇ~……」


 話を聞いたあずさは絶句していた。まさかそんな縁切りの願いがあるとは思ってもみなかったようだ。


「縁切り神社で『病気との縁を切ってください』って言う、あずさちゃんがたまたま見つけたその願いの方が、かなり珍しいのよ?」

「そうだったんだ……。そんな願いばっかり橋姫は叶えてきたのね。だったら縁の一つも結んでみたいって思うよね!」


 うんうん、と頷くあずさ。そして奏に時間を聞いた。答えると、


「私そろそろ部活に行かなくちゃ!」


 あずさはそう言うと、後のことは奏に任せた! と言って学校へと走っていくのだった。


「元気な子なのね」


 橋姫はそんなあずさの後ろ姿を見つめながら、眩しそうに言う。

 そんな橋姫の橋のたもとを一組のカップルが通る。


「この橋は絶対に一緒に渡ってはいけないのよ!」

「なんでだよ?」

「この橋の神様が嫉妬に狂って、私たちを別れさせちゃうのよ」

「そんなの迷信だろ?」

「迷信かもしれないけど……」

「分かったよ。一緒には渡らないから」


 男は彼女の頭をぽんぽんと叩くと、そのままその橋を通り過ぎていった。橋姫はそんなカップルの様子を無表情で眺めていた。


「ツライわね」


 橋姫は奏の言葉に弾かれたように振り向く。


「大丈夫です、慣れました」


 橋姫は苦笑しながら言った。その声に奏も、何でも良いから橋姫の願いを叶えてあげたいと思うようになっていた。

 朝は晴天だった空がだんだんと雲行きが怪しくなってくる。


「一雨きます」


 そう呟いたのは橋姫だった。奏は空を見上げる。なんだか橋姫の心情を投影しているかのような曇天どんてんが徐々にこちらへと近付いてきていた。

 奏がふと目の前に視線をやると、可愛らしい首輪をした一匹の白い子猫がいた。

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