二七日(になのか)
○由香里の部屋(夕方)
T「二七日」
低い本棚の上に設置された簡易の神棚。その横に水の入った湯呑みが供えられ、線香が白い煙を燻らせる。
由香里N「閻魔様、子供の頃、父にいろんな所に、よく遊びに連れて行ってもらいました」
○由香里の回想・宝塚ファミリーランド
安川(44)、遊園地スタッフにチケットを渡す。
由香里N「新聞屋さんから貰った遊園地のチケット。近所の枚方パークなら遠出を好まない母も一緒に行くのですが、如何せん、宝塚は私達家族にとって、遥か彼方の未開の地でした。父と私は、手に手を取り、未開の地、宝塚へと胸を躍らせて旅立ちました」
安川と手をつないだ由香里(7)、入場門をくぐる。
桜の花びらがヒラヒラ舞う。
由香里の肩から掛けた赤いお猿の水筒に桜の花びらがヒラヒラ一枚二枚と舞い落ちる。
由香里の手を繋いで上機嫌に歩く安川。
目を輝かせながら遊園地の乗り物をキョロキョロ見渡す由香里。
× × ×
由香里、コーヒーカップの乗り物やらメリーゴーランドやらに乗って大はしゃぎ。
嬉しそうに由香里の写真を撮る安川。
○由香里の回想・宝塚ファミリーランド・芝生(昼)
桜の木の下で弁当を頬張る由香里。
桜を愛でながらニコニコとカップ酒を嗜む安川。
安川「由香里、折角、ここまで来たし、大劇場のんも観て行こうか」
と、遊園地のパンフレットを取り出して眺める。
安川「一時半からやな。舞台、綺麗やで」
理解できない様子で首を傾げる由香里。
○由香里の回想・宝塚大劇場(昼)
舞台の上では劇団員たちが圧巻のラインダンスや、しなやかな日本舞踊を披露する。
満足げに眺める安川。
カルチャーショックに口を開けて眺める由香里。
○由香里の回想・電車(夕方)
座席で肩を寄せ合って、スヤスヤ眠る安川と由香里。
柔らかな夕日が二人を照らす。
○由香里の回想・安川宅・台所(夕方)
忙しなく夕飯の支度をする安川沙喜子(41)。
その横で興奮気味に遊園地の報告をする由香里。
沙喜子「え、お父さん、何してたって?」
由香里「……お、お酒飲んでた」
沙喜子、コンロの火を消すと、いきり立ってズカズカと居間に向かう。
由香里N「私は楽しかった事を報告してただけなのに、なぜか母は見る見る内に怒り出してしまいました」
慌てて沙喜子の後を追い掛ける由香里。
○由香里の回想・安川宅・居間(夕方)
寝転がってテレビを見る安川。それを鬼の形相で見下ろす沙喜子。
沙喜子「子供、連れてるのに、またお酒なんか飲んで」
安川「ちょっとだけやがな」
沙喜子「お父さんがお酒飲んででボーッとしる間に、由香里が道路に飛び出したら、どないするん」
安川「そんなん、言うてたら、どっこも連れて行かれへんがな」
沙喜子「だから! 子供と出掛けるときぐらい、お酒やめてって言うてるねん」
安川「細かいこと、ゴチャゴチャ言うな」
沙喜子「後、それと……」
安川「まだ何かあるんか!」
沙喜子「破廉恥やわ! 子供にあんなダンスまで見せて!」
跳ね起きる安川。
安川「何の、話や!」
沙喜子「女の人が足上げて、踊ってたって」
困惑の安川。
由香里N「当時の母はラインダンスを知りませんでした。如何せん、古い人間なものですから。いや、私の説明が悪かったんです……宝塚歌劇団の皆様お許しください。ん、これって、母の弁護?」
○冥土
薄ら笑いで書類を記入する閻魔様。
安川「おい、何か言いたげやな」
閻魔様「いや、いい話だなぁと思って」
安川「言う割には、小馬鹿にした顔しやがって」
閻魔様「こういう奥様だったから、安川さんと長年、うまくやってこられたんですね」
と、顔を伏せて笑いを堪える。
安川「何が、おかしいんじゃい! お前」
ちょっと待ってくれとばかりに手で合図する閻魔様。
安川「さっさと、審査せんかい」
閻魔様「いや、できてるんですけど」
と、顔を上げて安川と目が合うとまた笑い出す。
安川「失礼やろ、人の顔見て。さっさと結果言わんかい」
閻魔様、咳払いし、
閻魔様「現在の奥様の供養と、娘さんの弁護でプラスですが、子連れのお酒は前の奥さまが仰る通り減点です」
安川「チッ。余計な事言いやがって。そんなもん、誰でもやってるやろ」
閻魔様「誰でもと言われても、私、お酒飲めませんので基準が分かりません。でも大丈夫ですよ。プラス、マイナスしても今日は僅かながらプラスです。この調子でいけば、天国にきっと行けるでしょう」
安川「よっしゃ! 頑張りまっせ」
閻魔様「今から頑張っても仕方ないんですけどね。過去を裁くんですから」
安川「せや、由香里に注意してこな」
と、立ち去ろうとするが安川の行く手に駅の改札機の様な機械が現れ、セキュリティゲートで食い止められる。
閻魔様「ズルはいけませんよ。来週までこちらで、大人しくしててください。最後に(ICカードを見せながら)これを渡したら、そこを通って無事天国に向かうことができます」
安川、閻魔様の手からカードを奪おうとするが、あっさりかわされる。
安川「せやけど、あいつ余計な事ばっかり言いよるなぁ」
閻魔様「事実なんだから、仕方ないんじゃないんですか。これを自業自得と言います。これを持ちまして、二七日を終了いたします。お疲れ様でした」
と、足早に立ち去る。
それと同時に大きな扉も閉まる。
安川「おいこら、待たんかい! お前も一言余計や」
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