初七日(しょなのか)

○葬儀場・小ホール

T「初七日」

僧の読経が響く。

親族一同、僧の後ろに座っているが、睡魔に襲われ頭をユラユラ揺らす。

その中に安川由香里(44)、安川修平(52)、安川美穂(52)の姿もある。


○冥途

モニターに映る葬儀場の初七日の模様。

スーツ姿(ネクタイはしていない)の閻魔大王(以降、閻魔様)、書類をチェックしている。

悔しそうにモニターを眺める安川。

安川「あいつら」

閻魔様「安川さんを見習って、昨夜はみなさん、大酒、飲んだんじゃないんですか?」

安川「不謹慎やろ。葬式に居眠りって」

閻魔様、パラパラ資料をめくる。

閻魔様「同じこと、安川さんも何回か、やらかしてますよ。これも、みなさん、見習われたんじゃないですか」

と、回数を数える。

安川「チッ、いちいち、嫌味な奴っちゃな」

閻魔様「事実ですよ。しかし……まともな記録ありませんね。好き放題、やりたい放題、いい人生でしたね」

安川「やりたい放題って、しっかり働いて、家族養ってきたがな」

閻魔様「それは当たり前でしょ」

安川「せやけど、大変やってんで」

閻魔様「ええ、確かに大変ですね。私にも経験がありますよ」

安川「元から、こっちの人ちゃうのん?」

閻魔様「この姿を見て、それを言いますか」

安川「『散切り頭を叩いて見れば、文明開化の音がする』っちゅう、あれか?」

閻魔様「どういう、ことです?」

安川「分からんやっちゃなぁ。ここが西洋化したんかって言うとんねん」

閻魔様、書類をパラパラめくる。

閻魔様「昭和九年で間違いないですよね」

安川「若い時に流行りの格好したら、うちのお母ちゃんが、いっつも言いよってんや」

閻魔様「別に西洋化した訳では、ないですよ」

安川「でもテレビとかやったら、中国服みたいなん、着とおるやん」

閻魔様「いやいや、これはね、五年前に死んだ時に着てたんです」

安川「家、出る前?」

閻魔様「いいえ、会社です。徹夜して明け方、同僚に挨拶した途端、机に突っ伏してたと思ったら呆気なく。しかし最期のネクタイの息苦しさときたら、今も忘れられません」

安川、閻魔様に手を合わせて拝む。

安川「殊勝なもんや。職場で死ぬやなんて。なんまいだぶ、なんまいだぶ」

閻魔様「大丈夫ですよ。私は、仏様に救われましたから」

安川「せやけど、過労で死んだのに、また働いてるん?」

閻魔様「仕事してないと、落ち着かなくて。閻魔大王にお願いして仕事を分けていただきました」

安川「遊び方、教えたろか。競馬、競輪、カラオケ何がいい?」

閻魔様、書類をパラパラめくって顔をしかめる。

閻魔様「いえ、それには及びません。仕事している方が落ち着きますから」

安川「気ぃ悪いなぁ」

閻魔様「私も、あなたくらい長生きしたかったです」

安川「言う程やないよ。わし、百まで生きようと思ってたから」

閻魔様「あなたの生への執着には、頭が下がります」

安川「長生きしたからって、ええ事ばっかりやないで」

閻魔様「それでも、せめて娘の花嫁姿ぐらい見たかったです」

安川「そんなもん、長生きしても、見れんもんは見れんがな」

閻魔様「ああ、娘さん、まだお一人なんですね」

安川「会うたびに聞いてるのに、『まだ、まだ』って……わしのせいかなぁ」

閻魔様、資料をパラパラめくり、

閻魔様「あ、娘さんから苦情来てますよ」

安川「何て?」

閻魔様「私、大阪弁話せませんのでご了承ください。『結婚、結婚ってうるさい。保育園も満足に整備されてないのに子供産める訳がない。文句なら、国に言ってくれ』との事ですので、安川さんのせいではないようですね」

安川「言い訳やがな」

閻魔様「事実だと思いますよ。うちの妻も子供を産んだ時には、早く職場に戻りたいと毎

日の様にぼやいてましたから。今は僕のせいで、働きに出ていますが、ブランクがあるので、思う様な仕事には就けていないようです」

安川「あんたの所はしゃあないやん。奥さん一人で、子供、食わさなあかんねんから。何の事情もないんやったら、女は家守っといたらええがな」

閻魔様「結局、その考えが少子化を招いた原因だと思いますよ。家庭か仕事か、どちらかしか選べないなんて、何か不公平です」

安川「それぞれの役割やと思うねんけどなぁ。まあ、ええわ。時代の違いやし。ほんじゃ、さっさとやってんか。わし、何の未練も無いし、成仏しても大丈夫やから」

閻魔様「無理ですよ。まだ初七日なんですから。四十九日の制度、ご存知ですよね」

安川「知ってるがな、それぐらい。何十年生きてたと、思ってるねん」

閻魔様「本当に、ご存知ですか?」

安川「せやから、知ってる言うてるがな! 毎週毎週、坊さん呼んで拝んでもらう、あれやろ。ほんまに面倒臭かったわ。でも、今回、わし、関係ないし」

閻魔様「いやいやいや、大ありです。あなたが、主役ですよ、安川さん」

安川「え?」

閻魔様「四十九日は、私があなたの人生を裁いて天国に行くのか、地獄に堕ちるのかを決

める重要な儀式です。単なる形式だけのものではないんですよ」

安川「またまた、夢物語みたいなこと言うて」

閻魔様「確か、仏教のどこかの宗派に属されて、活動されてましたよね」

と、パラパラ書類をめくる。

安川、不安げに考えを巡らせる。

閻魔様「あった、あった。この宗教団体で仏教の座談会してるじゃないですか。教わりま

せんでしたか? 四十九日の意味」

安川「聞いたことないよ、そんなん」

鋭い目付きで安川を見る閻魔様、猛烈なスピードで書類をめくる。

閻魔様「ああ、なるほど」

安川「ほら、そんなん、無いやろ」

閻魔様「いえ、座談会や勉強会で何度か四十九日の話は出ていますね」

安川「わし、そんなん参加してないで」

閻魔様「あのね、安川さんが参加してないものが、この資料に載る訳ないでしょ」

安川「その書類が間違えてるんちゃうか」

閻魔様「人間界と違って、こちらの世界では間違いは発生しません」

安川「でも、わし、そんなん知らんで」

閻魔様「あなたの欠点の欄にこう書いてあります。『全く人の話を聞けていない』会話能力に難あり」

安川「ほら、その資料信用できひんやん。あんたとわし、今、ちゃんと話できてるし」

閻魔様「さて、ここで問題です。私は何年前に、死んだのでしょうか?」

安川「え? あんた、こっちの人ちゃうん」

閻魔様「そこまで、話を巻き戻しますか」

安川「ああ、ごめん、ごめん。大病患って、病院で奥さんに看取られてんやったなぁ」

閻魔様「誰の話してるんです!」

安川「もう、ええやん、ええやん。で、結局、四十九日って何なん?」

閻魔様「よくない!」

安川、人なつっこい顔でニコニコしながら、

安川「そない怒らんでも、ええがな」

閻魔様、我に帰り再び資料をめくる。

ニコニコ笑う安川。

閻魔様、資料を眺めながら、

閻魔様「五分で人を怒らせる特技を持つ。しかし、持ち前の愛嬌で、その場を見事に切り抜ける」

安川「勿体振らんと、教えてぇな」

閻魔様「こういうことか」

安川「ごちゃごちゃ言うてんと、さっさと教えんかい!」

閻魔様「そして、気が短い……これだから関西人は」

安川「あ、いっしょくたにしたら、京都の人と神戸の人、怒りよんで」

閻魔様「え? 何でですか?」

安川「あんな、柄悪いのと一緒にするなって」

閻魔様「ああ、なるほどね」

安川「あいつらが、すましてるだけやがな」

閻魔様「いやいや、大阪が特別なんですよ」

安川「せやろ! 特別、おもろいやろ。あいつら辛気くさいねん」

閻魔様「いや、そういう事でも……分かりました。ここまでの話は忘れていただいて結構です。でも、今から話す話は、とても重要なので、ちゃんと心に留め置いてくださいね。いいですか?」

安川「大丈夫、大丈夫」

胡散臭そうに安川を見る閻魔様。

安川「何ヵ月も酒抜いててんから、大丈夫やがな」

閻魔様「はい、分かりました。四十九日っていうのは、七日ごとに故人の生前の行いを裁き、天国行きか地獄行きかを決定する死後の裁判です。毎週、お坊さんを呼んでたのは故人の弁護をするためです」

安川「へぇー、そんな意味あってんや……」

と、再度、モニターを見直す。

安川、モニターを指差し、

安川「どないなるねん、これ?」

閻魔様「ご家族の弁護なしなんで減点ですね。次回は大丈夫でしょう。もう、お酒も飲んでないし」

安川「いや、坊さん拝んでるがな」

閻魔様「だから、ご家族の弁護が必要なんです。残念でしたね。もう後、五分程で法要は終わります。誰かが起きる可能性はゼロな感じですね」

安川「いやいや、ちょっと待ったりや。あんた、さっきから変な事言うてるで」

閻魔様「変なこと? 私は、ここでのルールを」

安川「違うやん。さっきから減点、減点って、何の事やねん?」

閻魔様、資料を見ながら、

閻魔様「(小声で)自分が損することは聞こえてるんだ。さすが特別な大阪人」

安川「おい、それも聞こえとんで。早よ、答えんかい」

閻魔様「ああ、失礼しました。減点というのは、本審査が減点方式となっておりまして、ゼロ以下になったら、地獄行きが決定します」

安川「それも四十九日の決まりごとか?」

閻魔様「つい最近、法改正されましてね」

安川「この世にも法ってあるん?」

閻魔様「当然ですよ。天国の人口増えすぎたんで、ちょっと辛めの審査が必要になってき

たんです」

安川「四十九日くる前にゼロになったら、どないするねん」

閻魔様「減点方式って言ってますけど、従来通り弁護の内容によっては加算されることもありますので、四十九日までは裁判やりますよ。四十九日の時点でプラスなら大丈夫です。続けるほど不利になる人もいますけどね。何らかの犯罪に関わったとか、親族や友人知人から恨みを買ってたとか」

安川「不利?」

閻魔様「マイナスの度合いによって、地獄のレベルも変わります。マイナス点が高ければ高いほど、地獄の強度も強まります」

青ざめる安川。

閻魔様「安川さんくらいなら、大丈夫ですよ。人間界の法に触れたのは、家庭ゴミの違法投機くらいですから」

安川「そんなん、してないで」

閻魔様「またまた、国鉄の線路付近に」

安川「いつの話、しとんねん」

閻魔様「安川さんの人生すべてですよ」

安川「そんなん、昔は空き地だらけやってんし、誰でもやってたがな」

閻魔様「みんながやっていようが、違法は違法です。その、みんなも、ここで裁かれます」

安川「あの……ちょっと、行って来まっさ」

と、駆け出す。

閻魔様「どこに行くんですか!」

安川「すぐ帰ってくる」

と、雲の彼方に消えていく。


○再び葬儀場・小ホール(昼)

親族一同、誰も起きる様子なく頭をユラユラ揺らして眠る。


○由香里の夢・同葬儀場

安川、忽然と現れ、慌てた様子で親族一人一人を揺さぶって起こしにかかる。

しかし、誰も起きない。

安川「おい、起きろ、起きろー」

薄目で眠った振りをして、安川の様子を眺める由香里。笑いを堪えているため、肩が揺れている。

安川、由香里に近づく。

安川「起きてるやんけ! 狸寝入りするな」

ニヤリと笑って顔を上げる由香里。

由香里「あれ? お父さん、生きてるやん。冗談きついなぁ。ハハハ。泣いて損した」

と、立ち上がる。

安川「おい、どこ行くねん?」

由香里「東京。今、就活中で大変なんよ。また上司と喧嘩してもうて」

安川「いやいや、わし死んでるねんから。最後までおりや」

由香里「いや、でも、元気に歩いてるし、大丈夫やん。前、会った時、足引きずってたし」

安川「そんなん、ええねん! もう、初七日終わってまうがな。お前らが拝んでくれんと、わし、地獄に堕ちてまうがな」

由香里「何でなん。お坊さんが、ありがたいお経読んでくれてはるし」

安川「家族も一緒やないと、あかんねん」

由香里「どうしようかなぁ。いろいろ嫌な思いさせられたしなぁ」

安川、実力行使とばかりに、由香里の手を掴み手を合わせさせる。

抵抗する由香里。

由香里「こんなん、自分の意思でやらな意味ないんちゃうのん」

安川「やかましい! やれ」


○再び葬儀式場・小ホール(昼)

由香里、夢の続きで抵抗しながら起きる。

僧、読経を続けている。

周囲の親族気持ち良さそうに眠っている。

由香里、座り直しスマホを操作する。

スマホの画面に『四十九日』の検索結果が表示されている。

由香里、スマホの画面を食い入る様に読む。

青ざめる由香里、手を合わせる。

僧、引磬を鳴らす。

親族たち、寝惚け眼でキョロキョロする。

僧、立ち上がり親族に一礼して葬儀社社員Aの引率で部屋を後にする。

葬儀社社員B、親族の前に立ち、

葬儀社社員B「これをもちまして、初七日の儀を終了いたします。ご親族の皆さま、お疲れ様でございました」

親族一同、姿勢を正すと慌てて頭を下げる。

落ち込む由香里。

由香里「遅かった」

美穂「え?」

由香里、修平と美穂にスマホで検索した画面を見せる。

美穂「へー、そうやってんや」

修平「俺、爆睡してたわ。飲み過ぎたな」

修平・美穂「ハハハ」

由香里「見舞いも行ってないし、私、二七日から自主四十九日するわ」

修平・美穂「え?」

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