見つめる未来
木立 花音@書籍発売中
野球の道を諦めた、現在の俺(1)
これは、俺が小学四年生だった頃の記憶。
二分の一成人式の中で、当時担任だった若い女性教師が、俺たちに向かってこう言った。
「皆さんの誕生花の花言葉からテーマを決め、大人になった自分に向けて手紙を書いて、タイムカプセルに入れましょう」……と。
二分の一成人式。
成人の二分の一の年齢である十歳(プレティーン)を迎えたことを記念して行われる行事である。小学校中学年の四年生を参加者として、校長先生や保護者代表による祝いの言葉、「二分の一成人証書」の授与、等々が行われ、十年後の自分に向けて手紙を書いた。自分が将来なりたい職業について熱弁するかのごとく、書きなぐったことだけはよく覚えている。
当時十歳だった俺は、夢は叶えるものであり、同時に、叶えられるものだと信じて疑わなかった。
だが……どんなに努力をしても叶わなくなったとき、夢はどうなってしまうのだろう?
それはもはや、夢ではなくなってしまうのだろうか?
どう足掻いても叶わないと悟ったとき、人は夢を諦める。その時俺たちは、どのようにして生きていく為の折り合いをつければ良いのだろうか?
答えは今もまだ──見つかってはいない。
※
高校を卒業したあと、俺──
将来の夢、なんてものは漠然としたイメージしかもっていなくて、大学を卒業したあとで東京に出たいのか。それとも地元に残るのか。それすらも決めかねていた。
IT関連の企業に勤めたい。漠然と、そんな考えを持って理工学部に進学したわけだが、将来設計の甘さについては自覚している。
幼少期から運動神経には自信があった。それなのに、大学では運動部にもスポーツ系のサークルにも所属することなく、図書委員会に入っていた。
図書委員会の業務というのは、委員会の中でも拘束時間が長い方だ。
人前に立つ必要がないので気楽なもんだが、本の貸し出しと返却の受付をするカウンター業務。本棚や返却本の整理整頓。小冊子やポスターの作成にホームページの更新等々……地味ながらも、仕事量は多い。
ところで、なぜ俺が運動部ではなく図書委員会に所属しているのか、であるが、そこにはやむにやまれぬ事情があった。
図書委員会に入ったこと、の方にではなく、俺が高校時代目指していた、野球選手への道を諦めたことにだ。
※
「ねえ、進藤君。そこにある棚の一番上の本を、一列全部入れ替えてくれないかしら」
脚立に乗った体勢で、下から声を掛けてきた図書委員の女子に「わかりました」と返答した。
チラッと足元に視線を落とすと、平積みにされた本の山が視界に入る。思ったよりも入れ替える本が多いんだなと、辟易してしまう。
書棚の一番上にある本を取ろうと左手を上げていき、思わず顔をしかめてしまった。
届かない。
上げていた左手を一旦下ろし、代わりに右手を伸ばして本を一冊ずつ抜き出していく。
俺が、上げかけていた左手を下ろして、右手で本を取った理由。
それは、俺が右利きだからでは決してない。俺の利き腕は、正真正銘最初に上げた『左』だ。では、どうしてなのかというと──。
俺の左腕は、肩より高い位置に上がらなくなってしまったのだ。
高校時代に遭遇した、交通事故の後遺症によって。
ふう、と溜め息が落ちる。
上段の本を全て床に下ろしたあと、自分の気持ちまでもが沈んでしまったように感じられていた。
※
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