マジごっこ

高見南純平

第1話 鬼ごっこ開始

「最初はパー、いやいやチョキ、そこは~グーでしょ、じゃんけんぽん」


 足山公園 八月一六日 二十三時 四十五分。高校はどこも夏休み真っ只中、彼ら四人は一斉に腕を振り下ろした。


 これから行う鬼ごっこの、一番手の鬼を決める大切なじゃんけんだ。掛け声は、この地域の住人であれば誰もが理解できるものだ。逆にこれでないとしっくりこないのである。


 四人でじゃんけんをすると、大抵はチョキ、パー、グーの三種類が出てしまいあいこになってしまう。人数がもっと増えれば、何回もあいこを繰り返し、永遠に終わらないのではないかという絶望感を味わう。


 しかし今回は、最初の一発で勝負が決まった。四人全員がやる気十分だったので、あっさり終わってしまって拍子抜けしてしまっている。


 「まじかよ」


 すぐに声を出したのは木平きっぺいだった。言葉自体には、負けてしまった無念や焦りなどは込められてはいなかったが、内心は凄まじく焦っていた。


 というのも木平はこの中で一番、足が遅いのだ。紺色のジャージを着こみ、走りの邪魔にならないよう髪は短く整えていて、一見速そうな雰囲気を醸し出しているが、実際は帰宅部なのだ。

 といっても、クラスでの体育での記録などを見てみると、それほど運動神経は悪くない。が、他の三名が体育会系なのでどうしても劣って見えてしまう。


 「これは楽勝だな」


 木平はグーを出し、他の三人は当然パーを出した。それを確認して真っ先に喜んだのがカルタだった。振り下ろしたパーをそのままの形にして、飛び跳ねながら歓喜している。

 まだ精神的に未熟で、思いのたけをすぐに表現してしまう小学二年生のような男だが、今年で十六歳を迎えていた。

 世間的にはアルバイトなども出来て、高校を行かず働いている人もいる歳だが、カルタにとってはどうでもいいことだ。今の自分が楽しければ、それでいいのだ。


 「失礼だぞ」


 カルタの隣にいる超身長の男が、父親のような温かさと教師のような冷たさを含んだ声で注意をした。

 彼のニックネームはジョー。本名「加藤城」。城と書いて「じょう」と呼ぶ珍しい名前で、そこからあだ名が付けられた。


 カルタとジョーの身長差は、30㎝近くある。体力測定で図った記録によれば、軽田始 157㎝。加藤城は186㎝だ。この二人は中学からの同級生で、でこぼこコンビとしてちまたじゃ有名だ。


 この二人組は中学校の頃から足が速く、学年での短距離秒数ランキング一位二位を争っていた。その脚力は高校二年なった今でも衰えることなく、順調に成長していっている。

 木平は鬼になってしまったので、この二人を捕まえなければいけないのだ。

 そうなると、普通はもう一人を狙いたくなるが、そちらも簡単には捕まえさせてくれない相手なのが厄介なところだ。


「ジョーの言う通りだ。本当のこといったら、可愛いそう、だろ」


 阿翔がフォローを入れたかと思ったが、後半笑いがこらえきれず前歯が全部見えてしまっている。丁寧に磨かれた綺麗な白い歯だった。


 阿部翔太もまた、足の速さには自信があった。なので、今回の鬼ごっこは楽勝だ、と感じているのはカルタと同じだろう。


彼はサッカー部の次期キャプテン、を辞退した男だ。サッカー部のエースと呼び声高いが、人の上に立つのが面倒くさいと言って、二つ返事で断ったのだ。


 なのでキャプテンにはなっていないが、その運動神経は本物である。俊敏性でいえば、でこぼこコンビには劣るが、部活で鍛え上げた体力が阿翔の持ち味。そんな底なし体力の相手と、木平は戦いたくはなかった。


 「お前ら、命乞いしても聞いてあげないからな」


 木平の命乞いとは、捕まえる瞬間のときを想定した言葉だろう。鬼がタッチをすれば、された相手に鬼の権利が移る。一度鬼になることは、相当な痛手になってしまう。


 挑発じみた発言をしたが、三人は誰もそれを本気にはしなかった。そんな瞬間など訪れるわけがない。カルタはまだ喜んでおり、阿翔もそれに交じっている。


 周りに聞こえるように木平は舌打ちをして、準備運動を始めた。これから一時間の鬼ごっこを行うので、体を温めておくことは必要不可欠だ。


 それに続いて首を動かし始めたのはジョーだった。坊主頭を縦に横にと、不規則に回し始めた。


 笑いあっていた二人も、アップを開始する木平たちを見て、自分たちも体を動かすことにした。「テーンテンテテッテ~♪」とカルタが歌いだすと、四人は打合せしていたかのように同時にラジオ体操第一を行った。


 四人が仲良く体操を行っている場所は、足山公園の一番広いエリアの芝生広場だ。長方形に設計されており、面積は彼らの通う高校のグランドと、感覚的にはさして変わらなかった。

 

これはこの公園の一部で、暗闇の先を行けば数か所の別アリアが広がっている。平日の昼間は、近所の住民たちがジョギングなどをしたり、休日であれば子供たちが縦横無尽に駆け回る。


 芝生広場にはサッカーゴールがあり、運動部の練習場にも姿を変える。地面は芝生で白線などは引かれていなく、試合は行えないが十分な練習場である。サッカー部に所属している阿翔はよく通っており、ゴールにシュートを叩き込んでいる。


 広場の周りを囲むように聳え立つ樹木が、門番のように彼らを見守っている。昼間はその神秘的な姿に心を奪われるが、夜になると一気におとぎ話に出てくるような、顔が書かれた化け木に見えてくるのだから不思議なものである。


 「なあ、今日暑くね?」


 ラジオ体操が終了し各々体を温めていると、ふと背中を伸ばしているカルタが話し始めた。この四人でいる時に最初に言葉を発するのは、だいたいカルタの役目だった。


 「今日は真夏にしては気温が落ち着いていて、過ごしやすい夜になるんだよ」


 「お天気お姉さんか」


 機械のように気象情報をお伝えした木平に、感情の籠っていない形だけのツッコミを阿翔がした。


 今日八月十六日は、木平の言った通り真夏日にも関わらず、涼しく心地よい風が流れていた。深夜になるとさらに気温が低下し、少々肌寒くなっている。それを見越した阿翔と木平は、長袖のジャージを着ている。


 しかし、でこぼこな二人は違った。カルタは小学生から来ていると言い張る安っぽい短パンと、歪んだ黒のフォントでFREEDOMと書かれた半袖シャツという格好だった。

 

 ジョーは上半身が無地のタンクトップで、下は色あせたジーパンを履いている。四人の中で一番肌の露出が多い服装のカルタは普通なら「今日、寒くね?」と言ってもいい状況なのだ。


 「暑いなら、脱げばいいだろ」


 こういったセリフは、声のトーンが変わりずらいジョーが言うと、ボケで言っているのか分からないので困るものだ。


 「やめとくわ。さすがに、不審者と思われる」


 この言葉を境に、芝生広場には沈黙が流れた。といってもそれは空気間の話であって、辺りはセミが容赦なく鳴いていて騒々しいぐらいだ。


 準備体操をあらかた終え、あと十分もしないうちに十二時になり、鬼ごっこが開始される。それが始めれば全員が敵になるので、いつもなら黙り込んで精神統一の時間になるのだが、またあの男が喋り始めた。


 「そういえば、罰ゲーム決めてなくね?」


 質問した後も口を開けっ放しなので、間抜けさが一層際立った。


 「今回はなしでいいだろ」


 食い気味で反対の声を上げたのは木平だった。彼らは定期的にこの鬼ごっこを開催しており、決まって罰ゲームが執行される。例えば、皆に飯を奢るや、プールに行った際にナンパをするだとか、その場のノリで決める内容である。


 「いやいやダメでしょ」


 木平の要望に耳を貸すことなく、カルタは賭けの対象をすでに考え始めてしまった。


 彼らが決める鬼ごっこのルールでは、前回負けたものが罰ゲームを決める権利がある。そして前回の敗者はカルタだ。三歩で大抵のことは忘れてしまう鶏頭だが、こういうことに限っては脳のどこかに保存されているようだ。


 「やっぱし、賭けはつきものか」


 阿翔も今回のゲームに勝つ自信があるようで、罰と聞いても動じることはなかった。さらに余裕の理由はもう一つあり、決めるのがカルタだということだ。


 彼が提案することは大体、自分にも被害が少ないものだ。四人の中でも随一の足の速さを持つカルタだが、落ち着きがなくすぐに居場所がバレて捕まることが多い。

 

 なので、実は罰ゲーム数の多さは、木平ではなくカルタが一位である。だから、自分が大やけどするような内容にはしない傾向があった。


 「おっけ、決めた」


 その言葉に、木平は息をのんだ。総勝利数は悪くない木平だが、トップバッターの鬼を務めるとすこぶる調子が悪い。彼の持ち味は、ステルス戦法。最初に鬼を担当するとその戦い方と相性が最悪なのだ。


「罰ゲームは、好きな人に告白する。うん、シンプルでよろしい」


 一人で余裕しゃくしゃくと頷いているカルタをよそに、周りは落雷に直撃したかのような状態になっていた。


 木平はカルタのように開いた口が塞がらなく、声を出すことすらできないほど驚いていた。ある程度覚悟はしていただろうが、予想の斜め上を突き抜けたようだ。


 「カルタ、それはよくないぜ」


 横やりを出したのは、さっきまでカルタとどうようの調子だった阿翔だ。罰の内容を知って、咄嗟に瞼を限界まで見開いてしまっていた。


 「なんでだよ、そろそろ刺激が欲しいころだろ?」


 彼らが高校入学して半月も立たないうちに、この鬼ごっこは開催されており、罰ゲームのレパートリーが減ってきていると感じているのはカルタだけではない。最低月一は足山公園に集うので、十回以上は行っていた。


 「反対」


 ジョーが息を吐いたかのように短い抵抗を示した。さっきまで堂々と仁王立ちをしていたジョーだが、猫じゃらしで翻弄されている猫のように視線があっちこっちいってしまっている。


 「おい、ジョー。お前、好きな人がいるのか?」


 ジョーの言葉を逃がさずに拾ったのは、提案者のカルタではなく木平だった。


 「あ、確かに」


 阿翔も、ジョーが反対をしているということは好意を抱いている相手がいる、ということに気がついた。そして、それは自分も同じ立場であるということにも、すぐに気がつくこととなる。


 「てか、否定しないってことは、皆好きな人がいるんだ」


 多種多様な感情が錯綜している中、カルタの一言で現場は凍った。罰ゲームをしたくないという意志を表そうとするあまり、自分たちの恋心を隠すことを忘れていたのだ。


 過ごしやすい、という予報に間違いのない、心地の良い涼風が靡いていった。近隣住人たちは安らかな眠りについている頃だろうが、彼らの表情はとても穏やかとは言えなかった。


 「それはお前も一緒だろ」


 すぐさま否定をしなかった己自信に木平は恥じながら、カルタに微力な反撃をした。

 それを言われたカルタの顔は、先ほどと変わらない上機嫌のままだった。


 「俺は、覚悟の上だし」


 低い慎重を精一杯伸ばし、三人に向かってどんっと胸を張った。この罰ゲームをカルタが行う可能性は十分にあり得る。けれど、それにひるむことは一切ない様子だった。


 「で、どうすんだよ結局。これにするのかよ」


 戸惑いながら、阿翔が話を進めた。これ以上ぼろが出ないように黙り込みたいところだが、試合開始の12時に近づいてきているので焦っていた。


 「いやよくない」


 相変わらず断固拒否の姿勢をとるジョー。


 「正直、すでに罰ゲームしたようなもんだからな~。ここまで来たら、俺はそれでいいよ」


 木平は、言葉とは裏腹に全く納得いっていない顔だった。おそらく、阿翔と同じく時間を見て焦っているのだろう。


 芝生広場の端には時計台があり、僅かだが点灯しており、彼らの位置からでも目に入る。


 「だろだろ。皆、誰が誰を好きなのか気になってるんだろ?」


 それはお前だけだ、と三人は心の中で呟いた。他人のことを気にしている場合ではないのだ。


 「仕方ないないか」


 ジョーも時計台に目をやり、二人が焦っている理由を知って、しぶしぶ納得した。


 「おし、じゃあ、決定!」


 一人だけ陽気なカルタは、右腕をその場で前に突き出した。

 それをみた他の三人は、カルタを中心に集まり、各々片腕を同じように突き出した。十字を現すように、四人の腕が集まり、拳が触れあった。


 「はぁ、急にやる気なくしたわ」


 気だるげに阿翔はため息をついた。まだ罰ゲームに乗り気ではないらしい。


 「木平、そろそろ宣言したほうがいいだろ」


 ジョーの視線はもう泳いではいなかった。こうなってしまえば、逃げ切るほかないという覚悟の顔をしていた。


 「わかったよ。じゃあ、改めて確認するぞ。十二時から一時までの一時間、鬼ごっこを開始する。鬼は公平なじゃんけんの結果、俺から始める。そして、最後の鬼は罰ゲームとして、好きな人に、告白、する。これでオッケーか?」


 後半急に歯切れが悪くなったことは、思春期の男ならば仕方がないことだ。


 「おっけい」


 「あーあ、りょうかいでーす」


 「了解」


 若干一名、腑に落ちていないような気もしたが、木平は時刻を確認して、カウントダウンを始めた。


 「恨みっこなしだ。……3・2・1・スタート!」


 木平が言い切るのと同時に、鬼以外の三人が一斉に四方八方へと走り出した。三人は持ち前のばねを生かして、高速スタートダッシュに成功した。

 グングンと鬼との距離を伸ばしていった。公園の各所に電灯があるとはいえ、もう辺りは暗闇で覆われている。少し時間が経てば、姿を視認するのは難しくなるだろう。


 鬼である木平は、広場へポツンと立っていた。と思いきや、数十秒後に勢いよく走りだした。

 スタートと同時に鬼は三十秒数え始め、それが終わったら誰かを捕まえに行っていいルールになっている。

 深夜0時。男たちの絶対に負けられない鬼ごっこが、始まったのだった。

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