第11話
資料作成も終わりかけた頃、先生がようやく出社してきた。
「みんなおはよう。って、サトシもいるじゃないか。こんな時間に珍しいな。もしかして、ヒロシの件で私に聞きたいことでもあるのかな?」
先生は少しニヤニヤしながら、私に声を掛けて来た。
「先生、おはようございます。まさに、ヒロシの件で聞きたいことがありまして。その顔は私が聞きたいことが何かを分かっていらっしゃるような顔ですね。」
「あぁ、大体のことは検討がついているかな。申し訳ないが、これから授業が始まってしまうから、午前の検査が終わった後、お昼でも食べながら話そうか。」
「はい、よろしくお願いします。」
先生は手でOKサインを作ると、助手たちに授業で使う資料の進捗状況を確認しに行った。
お昼時、『大学の食堂は混んでいるから』という理由で先生は大学近くの高そうなお店に私を案内してくれた。
「で、ヒロシの件で聞きたいことって何かな?」
先生は何の前置きも置くことなく本題を投げかけてきた。
「今日、ヒロシからとある女性から電話が掛かってくるかもしれない。その電話に出たら二度と身体を渡さないといった脅迫めいた伝言が残されておりまして。」
そう言うと私はポストイットを先生に手渡した。
「身体を渡さないとは穏やかではないね。」
先生はニヤニヤしながら返答してきた。
「先生は昨日、ヒロシから何か聞きましたか?」
「あれ?日記読んでない?ヒロシには日記にちゃんと書く様に伝えたんだけどな。」
「すいません、私がまだ読んでません。いつもは『おはよう』の挨拶しか書かれていないポストイットに今日はあんなことが書いてあったので動揺してしまって。」
「そっかそっか。まぁびっくりするよな、突然あんなこと書かれてたら。昨日、ヒロシから聞いたことはね。」
それから先生はヒロシとの昨日の会話内容を詳細に教えてくれた。
「正直、私も先生なんて周囲から言われているが、多重人格の分野においては恐らく地球上の人間誰一人として全てを分かっている人間はいないと思う。そんな中で、結婚だという話は世界的見ても珍しいことだと思う。
だから私も最適な解決策は何かということは分かっていない。だから、まずは結婚という問題は先延ばしにして、ヒロシ自身がその女性と付き合いたいと思うのかどうかを検証する意味でもデートを進めてみたってわけさ。
お互いが好意を持たないと恋愛はスタートしないのに、勝手に妄想だけ膨らませても仕方ないとも思っているしね。
だから、サトシも気になる女性がもしもいるのであれば、デートとか積極的にして良いんだぞ。二重人格者だから恋しちゃいけないなんて法律は地球上のどこにも存在していないんだから。」
「恋愛ですか。私には生涯、無縁のイベントだと思って生きてきたので、いきなりデートしても良いって言われても。」
私は本心から恋愛は自分にとっては映画やドラマ、小説といったエンターテイメントの中だけのものであり、無関係なことだと思っていた。
しかし、『もし私自身に恋人がいたら』という妄想はよくしていた。だから、先生からデートをしても良いと言われて、とても嬉しかった。
「もちろん、無理にデートしろなんて言わないさ。ただ、サトシにだって恋する自由があるんだよって伝えたかっただけだから。」
「ありがとうございます。素敵な出会いを探してみようと思います。」
「そうだ!恋は良いぞ!私が奥さんと出会ったのはな・・・」
この後は先生が奥さんと出会った時の話から結婚生活の様子など食事中、ずっとノロケ話を聞かされることになった。
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