第22話 瞳にザラメを写して

 八月三十一日の夕方、俺たちは今日の宿である旅館に訪れていた。

 チェックインをして部屋に荷物を置いて、今日の目的地に向かう。


「今からどこに行くの?」

「星のふるさと」

「星のふるさと?」

「行けばわかるさ」


 山の中に続く道を沈んでいく夕焼けに照らされながら、二人で歩いて30分ほど経った時、景色が急に開けた。

 そこには森の中とは思えない存在感のある大きな広場があった。


「ここが、星のふるさと」


 俺たちがたどり着いたときには日はもうほとんど沈んでいて薄暗くなっていた。

 広場の中心に向かって歩いていく中、空を見上げると、まだほんのりと明るい空に一番星が輝き始めていた。


 中心にあるベンチに座って空が闇に包まれるのを二人で待つ。

 少しずつ暗くなっていく世界を目で感じていると、隣に座っている美空の温かさを余計に感じる


「ありがとう」

「どうしたの急に?」

「今まで言えてなかった分を言わなきゃいけない気がしてな」

「なにそれ」


 そう言って美空は俺がおかしそうに笑う。


 今思い返せば返すほど、俺の思い出にはいつも美空がいる。

 

 ――幼稚園の休みの日に出掛けた時も

 ――小学校の運動会で怪我をしていて参加できなくて俺がいじけていた時も

 ――初恋の時も

 ――中学校の修学旅行で旅館から抜け出した時も

 ――高校で生徒会として行事の為に夜遅くまで残っていた時も

 ――家でご飯を食べている時も

 ――デートの時も

 ――初めてのキスも


 いつも俺は美空を見てきた。

 それなのに俺は美空の淡い思いをいつから抱いていたのかさえわからなかった。

 親の反応を見る限り、最近ではないだろうに。

 そして、心の何処かで逃げていた俺に向き合う機会をくれた。

 思えば思うほど、この胸の奥にしまっていたものが暴れだす。


 完全に訪れた夜の静けさを感じながら、俺はこの胸に疼く温かいものを抱えて美空を見る。


「美空、俺は俺自身の心の答えを見つけた気がする。だから、聞いてほしい」

「聞かせて、優斗」


 先程まで緩んできた美空の表情は少し緊張を感じさせる表情に移り変わった。


「俺は心の何処かで美空がいる事が当たり前になっていたんだと思う。だからこそ、今の関係を変えるのが怖かったんだ。それじゃあ、何も変わらないことはできるけど、変わることはできないのにな。デートの日からずっと美空と俺はどうなりたいのかって考えていたんだ。バカだよな、どうなりたいかなんてずっと俺が望んでいたことなのに」

「…………」

「美空を待たせてしまった情けない男だけど俺は美空とこれからもずっと一緒に過ごしたい」

「………」


 その先の言葉を期待してかこちらを見る美空の目が少し潤み始めている。その宝石のような輝きを目に入れながら俺は最後の言葉を告げる。


「だから美空、俺と結婚してください」

「はいっ、喜んで」


 そのまま俺と美空は惹かれあうようにして顔を近づける。



 思いが通じ合ったキスの味は夜空に散らばるザラメのように甘かった。



 零れ落ちた涙を拭いている美空を見ながら、俺は準備していたモノを取り出す。


「美空、これを着けてほしい」

「これって、指輪。」

「あぁ、婚約指輪。今まで貯金していたかいがあったよ。昔、言ってただろ。綺麗な指輪を王子様に渡されたいって」


 指輪を箱から取り出して美空の細い指に通す。

 その指輪の存在を受け入れるように美空が何度か触った後、こちらに先ほど零れた涙で少し目を濡らしながら笑顔を浮かべて俺に抱き着く。


「ありがとう、私の王子様」


 その後、しばらく星空を二人で眺めた後、旅館への帰路につく。

 その時の二人は夕方の時より距離が近く、絡めた手には星々にも負けない輝きを放つものがあった。

 





◆◆◆





 早朝、昨夜の人生の一大イベントに緊張と興奮をしていた俺は早く寝てしまったが、その分早く起きてしまった。


 まだ、薄暗い朝焼け色の空を部屋の窓から眺めていると後ろから足音がした。


「悪い、起こしちゃったか」

「ううん、私も目が覚めちゃってたの」


 2人で並んで空を眺めているとその紫がかった空の中に煌めくものが流れた。


「今のって」


 美空がポツリと呟いた時を境にその煌めきは数を増していった。

 

「早起きして良かったね」

「あぁ」


 その流れる星々に祝福をされているように感じながら、その奇跡が終わるまで美空と寄り添いながら眺め続けた。



 後で調べたところ、ぎょしゃ座流星群というものだったらしい。

 本来は電波観測でなければ見えないものらしい。今年は条件が特に揃っている例外だったらしい。


「帰ろうか、美空」

「うん」


 そうして俺と美空は帰路へ着いた。


 いつか、また美空と来れますようにと願いながら。







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