第20話 夏祭り

 数日後の夜、近くの公園で夏祭りが行われる。

 幼い頃は毎年家族や美空と行ったことがあるが、中学生以降は行く気が起きなくて美空に引きずられるようにして連れていかれていた。


 だが、今年は俺から美空を夏祭りに誘おうとしている。

 今までなら何も気にしないで誘えていたけど、美空の気持ちに向き合おうとしているからか、緊張するし、断られないとは思うけど不安を感じている。

 僕に思いを伝えた後の美空が俺を誘う時もこんな気持ちだったのだろうか。


 今は俺と美空の両親は仕事に出かけていて家には俺と美空しか居ないから誘う絶好のチャンスだ。

 昼ご飯の準備をしている美空に声をかける。


「美空」

「どうしたの?」

「あのさ…今週の土曜日って空いてるか?」

「空いてるけど…」


 俺の問いに答えている途中で今週の土曜日に何があるのかが、思い当たったのか手を止めて、若干の期待を籠った眼差しを俺に向ける。


「俺と夏祭りに行こう」

「うん…楽しみにしてるね」


 俺は美空の期待に応えられたらしく、満面の笑みを浮かべ喜んだ後、少し照れながら告げる美空に俺は目を奪われてしまった。


 …これは夏祭りが楽しみだな。





◆◆◆





 そして夏祭り当日の夕方、俺はねずみ色の浴衣に身を包んで美空を待っていた。

 家を出る時に父さんが「夜帰ってこないときは連絡しろよ」と心底イラつく表情で俺の肩を叩いてきたが、それを見ていた母さんに連行されて消えていった。

 

 父さんにはそんなことを言われたけど、美空でそうゆう事を考えるのは罪悪感が湧いてくる。

 しかし、一度意識させられた年頃の男の脳みそにその妄想を止めることは難しかった。

 

 頭で描かれつつあったその光景を振り払っていると、美空の家の玄関が動いた。


「お待たせ、優斗」


 玄関から顔を覗かせた美空は紺色の浴衣を纏っていて落ち着いた印象でありながら女性らしい柔らかさを適度に兼ね備えていた。


「綺麗だ。美空」

「あ、ありがとう」


 慣れない浴衣を褒められて少し恥じ入る美空の様子に男として内から湧き上がるものを感じつつ美空の手を取る。

 一瞬、硬直した美空だったが、すぐに触れ合う俺の手に指を絡めて前に進み始めた。

 彩香さんの温かい目線に見守られながら俺と美空は祭り会場に旅立った。



 2人で歩幅を合わせながらゆったりと歩いていく。

 周りにも浴衣を着た人たちや家族連れの人たちが多く道を行き交っている。


 祭り会場に着くと提灯と屋台が並び立っていた。


「優斗、まずはいつものおじさんが出してる屋台でラムネを買おう」

「いいね。今年もいるかなあのおじさん」


 賑わう人達の間をはぐれないように強く手を繋ぎながら、いつも屋台が出ているところにたどり着くと、おじさんがラムネをいつものように売っていた。


「おじさん、ラムネを二つ!」

「お、優斗と美空ちゃんか。今年は二人とも浴衣とは気合が入ってるなぁ。ほい、いつものラムネ二つで200円だ」


 支払いを済ませて、少し脇に逸れた俺と美空はベンチに座ってラムネを開ける。

 俺はズボンで美空はハンカチでラムネ瓶を固定して玉押しをラムネ瓶の口から押し込む。

 心地よい音と共にラムネのビー玉が外れる。しばし、玉押しを抑えたままにすることが噴出させないコツだ。

 栓の空いたラムネを傾けて口に含むと夏の暑い時期によく合う爽やかな炭酸が口ではじける。


「美味しいね」

「あぁ、もうこのラムネの味が俺の夏休みの思い出だよ」

「私も。あ、けど優斗にとっての夏休みの思い出は初恋の人に一目惚れしたこともあだね」

「そうだな」


 俺が否定しなかったことが想定外なのか、美空はからかうような表情から自分で言い出したことなのに恥ずかしそうに顔を背けた。


「言い出した奴がなんで恥ずかしがってるんだよ」

「だって、優斗が認めるなんて思わなかったんだもん。それに、それって私に一目ぼれしたことが大切な思い出ってことでしょ。なんか嬉しいような恥ずかしような気がして」


 美空にそう言われると先程は何も思わなかったのに段々自分の発言が恥ずかしくなってくる。

 それに照れながらそれを告げる美空が可愛すぎた。

 ここが人ごみの中だったら視線を集めてしまうほど魅力的だった。



 ラムネを飲みながら冷静になった俺たちは花火を見るために雑木林の先にある少し高い小山の上に向かった。



 丁度、山頂の開けた場所たどり着いた時、花火が打ちあがるアナウンスが流れ始めた。


「これより花火を打ち上げます。皆さんお楽しみください」


 花火が次々と打ちあがり、静かな夜の街に程よい振動と明かりを与えていた。

 

「綺麗だね」

「ああ」


 毎年、見ていたはずの花火は美空との関係が少し変わりつつあるだけで全く別の魅力を伝えてくる。

 暫く、花火に見とれていた俺は隣にいる温もりが気になって美空にバレないように美空の方を見た。


 花火の明るさに照らされた美空の顔がとても神聖なものに感じられて心が締め付けられる。

 その心に教えられるようにして俺の脳は今まで何処か隠し続いてきた欲を暴き出した。


 やっぱり、俺は美空とずっと…




 花火が終わると美空と再び手を繋いで家に帰った。


「優斗、ありがとう。今日楽しかった」

「こちらこそだ」


 そう言って笑みを交わした俺たちは身を寄せ合いながら家にたどり着いた。

 互いの家に入ろうとした瞬間、俺はさっき気づかされた欲と思いに背を押されながら美空を呼び止める。


「美空、8月31日と9月1日に俺と出かけないか」

「良いけど、何をするの?」

「それは当日まで秘密だ。ダメか?」

「ううん。優斗と出かけるのは楽しみだから、一緒に行こう。期待してるね優斗」


 そして、家に入った俺は父さんの部屋に行き、伝えた。


「父さん、明日俺に付き合って欲しい」

「決めたんだな。任せろ」


 


 俺は父さん達から勇気の持ち方をそして今日、美空から自分の欲を知った。

 

 俺と美空の関係の変化はもう目の前だ。








 

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