愛する妹が断罪され、追放され、全てを奪われたので。この兄が妹をはめた悪女に報いを受けさせる。

仲仁へび(旧:離久)

第1話





 愛する妹は死んだ。

 自ら命を絶ったのだ。

 許せない。

 妹を利用し、全てを奪ったあの女の事が。


 だから俺は復讐する事にした。


「妹よりも悲惨な目に遭わせてやる!」







 今はそうでもないが俺は幼い頃、邪神の生まれ変わりと言われ、周囲の者達から虐められていた。


 始めはささいな事だけだったが、次第に確証のない人々の思い込みは大きくなり、両親が殺され、住んでいる村も焼かれてしまった。


 俺はただ、おとぎ話に言い伝えられていた邪神の容姿と特徴が似ているだけなのに。


 それでも、俺のせいで親しい人達が亡くなった事は事実だったから、その頃は思いつめていた。


『俺は生きてちゃいけない人間なのか?』


 だからそう思った俺は、その時に死のうとしたけれど、そこに通りかかった人達が止めてくれたのだ。


 それが、俺の今の両親だった。


『せっかく助かった命なんだから、死んでしまってはいけないわ』

『独りじゃ寂しいだろう。俺達の所に来るかい?』


 彼等は、孤児だった俺を引き取って、育ててくれる温かい家族だった。


 そんな優しい彼等は領地を治める者だった。だから俺を育ててくれたのはその頃に、跡取りの問題に困っていたからという、小さな打算もあったかもしれない。


 でも、俺が与えられたのは紛れもない本物の愛情だった。


 彼らは、邪神に似ているという俺の見た目など気にせずに、接してくれた


 だから俺も、そんな優しい人達の事が好きになって、彼らの役に立とうと頑張った。


 そんな俺によく話しかけてきたのが、妹だ。


 俺を育ててくれた今の両親には、一人の娘がいたのだ。


 しかし俺は、村にいた頃は一人っ子だったため、妹に対する扱いが分からなかった。だから、最初はどうすればいいのか分からず、うまく接する事ができなかった。


 でも、次第にうちとけていって、他のどの兄弟よりも仲良くなった。


『お兄様っ、今日は一緒に遊べるんですよねっ?』

『この勉強が終わったらな。ほら、自分の部屋で大人しく待ってろ』

『はーい』


『お兄様、お勉強で分からない所があるんです。教えてくださいませんか?』

『いいぞ。どこが分からないんだ?』


『お兄様、誕生日の贈り物ですわ』

『えっ。って、これ手作りじゃないか。ありがとう。大切にするな』


 そんな妹は誰よりも美しく、心の優しい人だった。

 だからいつも多くの友人に囲まれていた。


 しかし、俺は例によって邪神を思い起こさせる容姿だったために、同じ血を引いている人間ではないんじゃないかと、馬鹿にされ続けた。


 その通りだから、言い返す事ができなかったけれど、そのたびに妹が言ったのだ。


『なにがあろうと、お兄様は私のお兄様です。同じ血が流れている事がそんなに重要なのですか? 私の大好きな人を馬鹿にしないでください』と。


 貴族の娘として、血を後継者に受け継ぐことに大切さは知っている。けれど、それ以上に重要なものがあるのだと、妹は述べた。


『お兄様、あんな言葉に傷つかなくても良いんですよ。何があっても私達は家族なんですから』


 俺は妹のその優しさに救われていた。


 でも、だからこそ、妹をはめたあの女が気に食わなかった。


 他の友人達にまざって友達面をして近づき、妹に嫌がらせをしていたあの女が。






 学校に通うようになってから、明るかった妹が徐々に暗くなっていった。


『何かあったのか?』

『いいえ、大丈夫ですわ。お兄様』


 何度も何があったのか聞いたけれど、余計な心配をかけたくないと考えたのか、俺には何も相談してくれなかった。


 だから妹に悪いと思いながらも、校内でその動向に目を光らせていたのだ。


 監視するような真似をしてしまった事には罪悪感を感じたが、色々な事が分かった。


 妹はどうやら誰かに嫌がらせをしているらしい。


 机の中にゴミを入れられたり、持ち物を壊されたり、隠されたりしていた。


 そしてそれを行っていたのは、おそらく妹と同性の人間だ。


 更衣室などの、同性でなければ入れない場所に入っていった妹が、水をかぶって出てきたのだから。


 可哀そうな妹の姿を見た時に、俺は思った。


 妹をこんな目に遭わせた連中に復讐しなければ、と。


 犯人はすぐに分かった。


 他の友人達にまざって妹を見つめながらも、どこか冷めた視線を注いでいた少女だった。

 前々からおかしいと思っていた。それなのに、その人物に気が付かなかった事に悔いた。


 すぐにやめさせなければ、と思ったが。


 しかし、その決断は遅かった。


 俺が目を離した隙に、妹は多くの生徒の前でありもしない行為をでっちあげられて断罪され、学園から追放されてしまったからだ。


 楽しい思い出がつまった学園に、これから通う事ができなくなったのがショックだったのだろうか。


 そのすぐ後、妹は校舎の屋上から身を投げて死んでしまった。


 血だまりの中に倒れる妹を見て、俺は大事な半身を失ったような気持ちになった。






 きっかけは、その衝撃的な出来事のせいだったのだろう。


 俺が、自分についての真実を知ったのはその時だった。


 俺は本当に、邪神の生まれ変わりだったのだ。


 その日を境に、普通の人間にはできない事ができるようになった。


 それは偽物を作り出す力だ。


 道具も生き物も作り出せるようになった。

 しかも、簡単な命令しか出せないものの、生き物は操る事ができた。


 けれど、復讐しやすくなったのは幸いだったが、両親に迷惑がかかると思って姿を消さなければならなかった。


 万が一、俺の正体がばれた時に、両親まで悲惨な目にあったらとても耐えられない。







 数日後。


 一人で行動する事を選んだ俺は、気兼ねなく復讐できるようになった。


 まず、邪神の力を使って、あの女そっくりの人形を作り、各地で悪事を働かせる事にした。


 人形を操って人を襲わせ、誰かを騙し、物を盗んだ。


 あの女は、自分とそっくりの人間がいる事を「薄気味悪い」と言った。


 まだ、あの女は追い詰められていない。


 人形が犯罪行為に手を染めている時間、あの女は「屋敷にいた」「友達といた」ため、罪に問うまではいかなかったからだ。


 それは仕方がない。


 復讐を一思いに行ってしまっては、つまらない。


 なので、次の行動に移った。


 あの女そっくりに作った人形を、無残な姿にしてあちこちの放り捨てた。


 これにはさすがに、「友人のふりをして妹をはめた非道な女でも」気味悪く思ったらしい。


 友人達にしきりに、「犯人は何のつもりなのか」と相談していたようだ。


 一度はあの女の家の前に、壊れた人形を捨ててきた。


 一目見たあの女が、悲鳴を上げて腰を抜かすさまを見た時は、いい気味だと思った。


 今度は趣向を凝らして、処刑道具や凶悪な動物を複製して、あの女に送りつける事にした。


 大きなダメージにはならなかったようだが、矢継ぎ早に行われる嫌がらせを目にして、平気でいられる人間などいない。


 あの女は、時々気が触れたように「何のつもりでこんな事するの! 私が何したって言うのよ!」と叫んでいた。


 そして最後は、あの女の人形に善行を積ませて、たくさんの人達を助けさせた。


 評判をあげるような事だったが、仕上げを考えれば仕方がない。


 そして、詰めの大仕事。


 聖人とあだ名がつくまでになった人形を操り、本物を断罪。


「そいつは偽物」だとなじる事にした。


 聖人となった人形は、本物に行われた数々の嫌がらせ(でっちあげの行為)を、人々の前で告白し、断罪していく。


 それを聞いた人々は人形の言葉を信じ切ったようだ。


 自分を助けてくれた存在と、そうでない存在。


 耳を貸すなら、前者に決まっている。

 それがどれだけ虚ろな存在だとしても。


 人形の言葉に惑わされた人々は、本物の方を攻撃し始めた。


「私の方が本物なのに!」


 と叫ぶあの女は、命からがら屋敷に逃げ込んで閉じこもった。


 けれど、あの女の両親はあの女を守らなかった。


 押し寄せる人々に恐れをなした彼らは、実の娘を屋敷の玄関に放り捨てたのだ。


「私のせいじゃない」「私は何もやっていない!」「どうしてこんな仕打ちをうけなければならないの!」


 喚き散らし怯えるあの女は、憤る人々の手によって、命を落とした。


 復讐は終了だ。


 これでもう生きる意味はなくなった。


 妹の死はあの女のせいだったが、俺が邪神であったがために不幸になった人もいる。


 だから、俺も妹の後を追おうと考えていただが、最後に一目、両親の姿を見たかった。


 屋敷の窓の外から悲しみにくれる両親を見て満足した俺は、地獄へ落ちるためにその場を去った。


 妹がいる天国にはいけないだろうが、罪は償わなくてはいけない。


 しかし、俺を引き留める者達がいた。


 それは両親だ。


「どこにもいかないでくれ」という彼らの姿を見てしまった。


 それで俺は正直に、全ての罪を告白してしまった。


 生まれてきた罪やあの女にした復讐の事も。


 前者はともかく、後者の事など罪と考えたくなかったが、世間的に褒められない事であることはしっかり分かっていた。


 けれど、それでも彼らは「ここにいてほしい」と言った。


「貴方がいなければ、寂しさで私達も後を追ってしまうでしょう。だから私達のために生きてほしい」「お前が生きている事は罪なんかじゃない。それに、たとえどんな罪があったとしても、自分の子供を大切に思わないわけがない」と言って抱きしめてくれたのだ。


 彼等の優しさに甘えても良いのだろうか。出来る事なら甘えてしまいたい。


 その時になって俺は、ずっとその場所にいたかったのだと気が付いた。


 手段を選んで、正攻法で復讐をしていれば、こうはならなかったのかもしれないが。もう遅い。


 欲しかった言葉をかけてもらった俺は、彼らの制止をふりきって、その場を去った。


「邪神が一家を乗っ取り狂わせた」という噂を流し、両親が自殺を図らないように人々に気にかけてもらえるように仕向けて、慣れ親しんだ土地を離れた。


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