第34話 ドワーフイマジネイション
「こんにちは、また来てくれたのね」
エルは少し疲れたような顔をしながらも、リウを明るく出迎えてくれた。
丁寧に頭を下げるリウを家の中へ招き入れると、彼女は事前に準備していたお菓子や紅茶をテーブルの上へ並べる。
昨日のバーウィンとの会話はエルの心に影を落としていたが、それでもリウが遊びに来る事を彼女は楽しみしていた。
またせっかく自分を訪ねてきてくれているのに、追い返したり暗い顔で対応するのはあまりにも自分勝手すぎるという考えから、彼女は普段通りの気持ちでリウに接していた。
「すいません、私も何かお手伝いしましょうか?」
リウは初めの内は大人しくソファーに座っていたが、招かれているとはいえ自分だけ座ったまま忙しく動くエルを見ていると、何とも言えない罪悪感のような感情が湧き手伝いを申し出た。
エルはゆっくりしてていいと伝えようとしたが、リウの気持ちを汲み食器の用意を手伝ってもらう事にした。
一人よりも二人の方が当然だが仕事が終わるのは早い、瞬く間にテーブルの上が彩られる。
「さ、食べましょ」
全ての準備を終え、二人は席に着きお菓子をつまみだした。
お菓子をつまみ、紅茶を飲みながら二人は昨日できなかった話をする。
好きな物から始まり最近あった何でもない日常の一コマまで、二人が話すのは本当に何でもないような事だった。
共通の趣味を熱く語るわけでも、何かについて議論を繰り広げるわけでもない。
だというのに話題は尽きず時間は瞬く間に過ぎていく、二人の間には終始ためいきの出るような穏やかな時間が流れていた。
「そういえばバーウィンさんはどちらに?」
「…この前もだけど彼には席を外すようにお願いしたの、最初は二人で話したかったから」
この言葉通り、エルはバーウィンに買い物を頼むと共に二人で話をさせてほしいと頼んでいた。
バーウィンは昨晩の事を特に気にする様子もなく、彼女の頼みを快諾すると買い物へ出かけた。
「すいません、気を使ってもらって……」
「ううん、いいの。これは私の我儘だから」
エルの柔らかい笑顔に安心したリウはもう一度だけ礼を言う、そして二人はまた先ほどと同じようにお菓子を食べながら話を始めた。
「あっ、もうこんな時間。すいません長居しちゃって」
「いいのいいの、とっても楽しかったし」
先ほどの会話から一時間ほど経ち、リウは時計を見るとずいぶん長居してしまった事に気付いた。
使った食器を二人はキッチンへと運ぶ、エルが食器を洗いリウがそれを拭く。
仲良く洗い物をする姿は、まるで姉妹のようだ。
「それじゃあ、今日はありがとうございました」
「気をつけて帰ってね」
玄関の扉の前でリウはエルに頭を下げた、それを見て笑う彼女の前で少しリウは少し何かを言いづらそうに手を遊ばせている。
「また……遊びに来てもいいですか?」
その言葉にエルは言葉を詰まらせる。
また来て欲しい、そう言いたいはずだというのにどうしても昨晩のバーウィンの言葉が引っかかる。
彼は間違いなく彼女にとって大きな存在であり大切な存在だ、だがリウもまた彼女にとってかけがえのない友人になりつつある。
気にしていないようだったが、間違いなくバーウィンはリウの一件で傷ついている。彼の事を思うならリウとの関係は今日で終わりにするべきなのかもしれない、そう思ってしまうほどバーウィンの存在はエルにとって大きい。
だが当然リウとの関係も終わらせたくない。
エルは自分の欲深さ、決断力の無さに嫌気が差す。
また会いたいと言うべきか。
それともここで終わりにするべきか。
「エルさん?」
その答えを出せずにエルが立ち尽くしている時だ。
突然何か重い物が後ろのドアにぶつかる、その音と衝撃は思わず二人が体を跳ねさせてしまうほどだった。
「……今の音は?」
リウの問いにエルは答えられるはずもない、こんな事は彼女がここに来てから今日に至るまでただの一度もなかったからだ。
二人の間には張り詰めた空気が漂う、二人は無意識のうちに息を潜めただ黙ってドアを見つめていた。
「……ちょっと見てみますね」
立ち尽くしていたリウだったが、このままこうしていても状況は少しも良くならないとゆっくりとだが理解し、ドアに手をかけた。
考えすぎだ、きっと近くを通った誰かがドアにぶつかってしまったのだろう。ただそれだけの事だ。
そうだ、そうに違いない。
リウは何度も何度も頭の中で、自分を鼓舞していた。考えすぎだと、自分の想像力を嘲笑うように。
ゆっくりとドアは開いていく、耳障りな音を立てながら嫌に重い扉が開いていく。
リウは自分が頭の中で、嫌な想像ばかりしているなとため息を吐く。
だってそうだろう、まさか誰かがドアにの前で力尽きて倒れているなんて。
そんな事がそうそうあってたまるものか。
「あ……」
ドアの前には男がいた、エルの部屋の扉に寄りかかるようにして地面に座り込んでいたらしい。リウが扉を開くと、男はゆっくりと地面に落ちていった。
声を掛けようとすら思えない、なぜなら地面に倒れた男の顔にはすでに生気がなかった。
口と胸から血を流し、男は死んでいた。
後ろで響くエルの悲鳴を聞きながら、リウは理解した。
自分の矮小な頭が想像できる程度の悲劇や惨劇は、この街ではいとも簡単に現実になるのだと。
「シギ、そっちはどうだ」
『今ベルさんの店を出たところです』
「分かった、俺との通信が終わったらアウルに連絡。何を頼むかは分かるな?」
『分かってますよ、そっちは?』
「いま着いたところだ」
バグウェットはヒューマンリノベーション本社の玄関前にいた、空気がピリつき肌を刺す感覚が彼を襲う。
「俺はこれから中に入る、着いたらまた連絡くれ」
『了解です』
シギとの通信を終え、バグウェットはリウとの通話を試みたがそれは当然のように失敗した。彼は大きくため息を吐き、買ったばかりのショットガンに弾を込め、ビルの中へと駆け出す。
「止まれ!」
建物の中に入ったバグウェットの前に、三人の警備員が立ち塞がる。
銃を持った屈強な警備員たちはバグウェットに対して、敵意を隠す様子を少しも見せなかった。
三つの銃口が向けられ、バグウェットは苛立ちと共に足を止めた。
「今日は関係者以外の立ち入りを禁じている、それにお前はこの前の一件の事もある。これ以上なにかしようというのならそれ相応の対処をさせてもらう」
「いま立ち去るなら、その手にある銃の事も不問にしてやる」
警備員の言葉には有無を言わさぬ力がこもっている、もし一言でもバグウェットが自分たちの意に反する事を言えば即座に撃ち殺さんばかりの殺意と共に。
知っていた、バグウェットはここをどうすればうまく切り抜けられるかを知っていた。
すいません、そう言って頭を下げて弱弱しく立ち去れば恐らくだが彼らは事を荒立てたりはしないだろう。
例えどれだけ惨めだろうと、情けなかろうと。ここを生きて立ち去る術をバグウェットは知っていた。
全て知っている上で彼が口に出した言葉は。
「どけ」
たった二文字。
だがそれは、警備員たちの引き金にかかった指に力を入れさせるにはあまりにも効果的な言葉だった。
もう警備員たちは何も言わない。ただバグウェットを、目の前の邪魔者を殺すためだけに引き金を引こうとした。
その瞬間、爆発音に似た凄まじい銃声と共に中央にいた警備員が拭き取ばされた。
バグウェットの手にあるショットガンからは煙が立ち、吹き飛ばされた警備員はピクリとも動かない。
「どけって言ったろうが、デク人形」
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