第33話 トリプルマウス
「そっか、新しい友達ができたんだね」
「うん、とってもいい子。また来てくれるって言ってた」
リウが帰ったあと、バーウィンとエルは二人で食事をしていた。
彼女は早速バーウィンにリウの事を話す、リウとの会話は彼女にとって久しぶりの同性との会話。加えて似たような境遇を持つリウとは、分かり合えるような部分も多かった。
楽しそうにエルはバーウィンにその事を伝えた、彼ならばきっと自分の事のように喜んでくれる。
昔からバーウィンは人の喜びを共に喜べるような、そんな男だった。だからこそ彼は周りの人間から好かれ、そして彼女もまた彼のそういった所が好きだった。
だがリウの話を続ける内に、バーウィンは次第に表情を曇らせて行った。
その顔はひどく悲しそうで、そして辛そうだった。もしこの場に二人の事情を知らない、かつ二人の会話の中身を知らない人間がいたとしたなら、女が男に向かって一体どれほどの暴言を浴びせたのか気になってしまうような、何も知らずともエルをとんでもない悪女だと思ってしまうような、それほどまでに辛そうな顔をバーウィンは見せた。
「……じゃあ、僕はもういらないかな?」
その言葉にエルはそれこそ飛ぶような勢いで立ち上がった、座っていた椅子は大きな音を立てて倒れる。
「そんな事……言わないで……!」
力が上手く入らない足で、彼女は椅子に座ったバーウィンにしがみついた。
だらしなく、みっともなく、縋る子供のように彼女は泣いた。そんな彼女の頭をまた彼は優しく撫でる、無表情のまま優しく優しく撫でる。
その手に偽りですらない、何かを乗せて。
「じゃあ今日もよろしくね」
「はいはい、ったく手のかかるガキだな」
朝食を取りながら、リウは今日の予定についてバグウェットと話をしていた。
本来ならシギはとっくに起きてきているはずの時間だが、彼はまだ起きてこない。一応リウが声を掛けたが何の反応もなかったため、朝食の用意だけはしておき二人で食事を始めていた。
「こんな朝っぱらからたあご苦労なこって、お前のお人好しも大概だな」
「うるさいなあ、いいでしょ別に」
リウは少しむくれながらコーヒーを口に運ぶ、その様子を見たバグウェットは小さく鼻で笑うとトーストに齧りついた。
「……おはようございます」
寝ぼけた声と共にシギは二人の前に現れた、髪にはひどい寝癖がついておりまるで爆発したような有様だ。
昨晩はいつもより早く眠りについた彼だったが、それでも全ての疲れが取れたわけではないらしいのは見ただけで分かる。
「おはよう、ご飯の準備できてるよ」
「ありがとうございます……」
「おいシギ、とりあえずシャワー浴びてこい。そんな様子じゃコーヒーを服に飲ませちまいそうだからな」
「……はい」
言い返す気力もないらしく、シギはノロノロとバスルームに消えた。その間にリウは彼の分の朝食を温め直し、コーヒーを注いだ。
少しして戻って来た彼はいくらかは顔色も良くなり、若干ではあるが目に輝きも戻っていた。リウに促されテーブルの上の食事に飛びつく、昨日の夜から何も食べていなかったからだろう彼の目の前にあったトースト三枚と砂糖が白い山を作っていたコーヒーは十分と待たずに姿を消した。
彼は残っていたサラダもかき込むと、バグウェットにワオスイーツの飴を要求する。バグウェットが机から取り出した棒付きの飴を二本投げると、彼はそれを二本共くわえ口の中に広がっていく甘さを楽しみだした。
「昨日はほんとに大変だったんだね」
リウはシギの前の食器を片付けながら、彼の食べっぷりに感心していた。
「大変ですよ、もうしばらくあの人には会いたくないですね」
「嘘つけ、けっこう楽しんだんだろ?」
「まさか、あなたとは違うんですよ」
リウは二人が何の話をしているのか少し気になったが、とりあえず洗い物をしてしまおうと考えている内に風船が縮むように興味が無くなっていき、最終的にはどうでもよくなってしまった。
朝の支度を終え、シギとバグウェットはリウを再びヒューマンリノベーションの近くまで送って来た。
「じゃあリウさん、終わったら連絡ください」
「うん、分かった」
二人に笑いながら手を振り、リウは建物の中に入っていった。
華奢な背中の見送りを終えると、二人も今日の目的地へ向かって歩き出す。
「止めなくて良かったんですか?」
「仮にも会社って形を取ってるからな、下手に手は出さねえだろ」
「ずいぶんと楽観的ですね」
「そうか?」
シギも当然ヒューマンリノベーションについての情報には目を通し終えている、彼は鉄の華の危険性や異常性を知っていた。
だからこそ今回のバグウェットの楽観的な態度に疑問が浮かぶ、確かに彼の言う通り会社という形を取っている以上はあまり目立った動きはしないだろう。仮にリウの存在が目障りだったとしても下手に彼女に手を出せば、普通は外にいるバグウェットやシギが何かしらのアクションを起こすだろうと考える。
仮に治安部隊が動かなかったとしても『中に入った人間が帰ってこない』などという悪評が立つのは相手方としても面白くない、そういった話は尾ひれがつきやがて会社そのものを潰しかねないからだ。
だからバグウェット言い分も、間違ってはいない。
だがここはフリッシュトラベルタ、冗談は通じても常識が通じない街なのだ。頭のおかしい宗教団体がどう動くかなど予想できるはずもない、シギの不安も決して杞憂などではないのだ。
「まあいいですけど、バグウェットがいいっていうならそれで」
「そうかよ」
それから二人は歩き続け、ベルの店の前までやってきた。
あまり来たい場所ではないが、ここにこなければ仕事ができない。
「生きてたのかクソ野郎ども、今日はどんな用件だ?」
店に入った二人を見るなりベルは眉間にシワを寄せ、いつものように罵声を浴びせる。本来なら客に掛けるような言葉ではないが、それなりに付き合いのある二人はどこ吹く風といった様子だ。
「そりゃお互い様だろ、そんなんだから流行らねえんだよ」
「表の連中と同じように人殺しの道具をニコニコ笑いながら売れってか? あんな異常者共の事なんざ知った事か」
その言葉に小さく笑い、バグウェットはカウンターに近づき体を預けた。
「それで? 今回は何がいるってんだ」
「ショットガン、それも生半可なやつじゃない。三口のだ」
ベルは特に表情を変えるでもなく、店の奥へ行くと手で抱えられる程度の鉄製の箱を持って戻って来た。
それを少し乱暴にカウンターに置き、鍵を開け中身をバグウェットに見せた。
「E&K社製SOFー333、ほとんど趣味で仕入れたようなもんだ。言っとくがまともに扱えるようなもんじゃないぞ」
鉄の箱の中に入っていたのは、トリプルバレルのソードオフショットガンだった。
重量を従来の物の三分の一程度にまで抑えつつ、12ゲージの口径を三つ持たせる事で殺傷能力を高めている。だが威力と引き換えに撃った際の衝撃は凄まじく、まともに扱える人間はほとんどいない、また銃弾の装填方法が中折れ式に加え、単発でしか使えず継射能力が低い。
バグウェットはそれを手に取り各部を丁寧にチェックする、重さや手触り構えた時の感覚までをじっくりと確かめていく。
手に金属の臭いがついてしまうまでそれは続いた、やがて満足したように彼はそれを静かに箱の中へ戻す。
「悪くねえ、こいつもらってくぞ」
「そうかい、弾はどうする? 好きなのを選べ」
「スラッグ弾、箱でくれ」
「構わんが……お前いったい今度は何とやり合うつもりだ? こんな
「人なら、な」
ベルはそれ以上は何も聞かず、弾と銃を用意し黒いガンケースに詰め彼に手渡した。
値段は相場の半分ほどで、バグウェットはそれを怪しんだがベルの『コレクションを譲るようなもんだ』という言葉をとりあえず信じる事にした。
「坊主、お前は何もいらないのか?」
「今回は特に必要な物は無いですね、元々ストックしてる弾薬で十分かと」
「そうか、中々面白い物を仕入れたんだがな」
「どんなのです?」
「いくつかあるが……特に垂直式対物狙撃ライフルなんかはお前も好きだろうよ」
「垂直式? なんですかそれ」
「それはな……」
「やめやめ、お前ら話し出すとなーげんだから。また今度にしてくれ」
話を半ば強引に終わらせたバグウェットは、シギを連れて店の入り口に向かう。
「あの子はどうした? 死なせたのか?」
「残念ながらピンピンしてるよ、あいつも人気者でさぞ嬉しかろうさ」
ベルは何も言わずにバグウェットから視線を外し、店の奥へ行ってしまった。バグウェットもすでにここでの用は済ませている、彼はベルが戻ってこない内に店を出た。
その後バグウェットの喫煙タイムを挟み、二人は気乗りしないままアウルのいるビルを訪ねていた。
二人は揃って嫌な顔をしながらビルへ入る、相変わらず埃っぽい建物内を進みアウルを目指す。近づくほどに二人の表情は曇り足も重くなっていく、だがお互いに肩を叩きながらどうにか彼女の元に辿り着いた。
「あ、どーもどーも。昨日はお世話になりまして」
アウルは二人の姿を見てわざとらしくニカ二カと笑う、気のせいか昨日よりも何と言うか気力に満ちていると言うか、とりあえず昨日よりも元気だった。
シギは心底嫌そうな顔をしながらバグウェットの後ろに隠れるように立つ、だがバグウェットには壁の役割を果たせる自信が全くなかった。
「今日はどんな用件?」
「ヒューマンリノベーション社屋の全体図、出せ」
「ずいぶん乱暴な言い方だね、そういうのムカつくんだけど」
「さっさとしろ」
アウルが不機嫌そうな顔をしながらキーボードを叩くと、モニターにはヒューマンリノベーション社屋の詳細な全体図が表示された。
「ここがメインの建物、でもこれはあくまで会社としての体裁を保つためのダミー。システムの方に探りを入れたけどこっちに大事なものはほとんど置いてない、ただの箱みたいなもん。で、本命が……」
彼女がタン、と強くキーボードを叩くとバグウェットたちの前にエルたちがいるであろう居住施設のホログラフが現れた。
各階層の部屋数、居住人数、誰がどの部屋に住んでいるのかまで分かる詳細なホログラフ、それを手でスイスイと動かす彼女を見た二人はその技術に対して素直な感動を覚えていた。
「住人数三百二十八、部屋数四百二十の居住区兼研究施設ってとこかな。階層は三十で地上部が二十の地下部が十、強化ガラスの円柱を中心にドーナツが重なった感じの作りだよ」
「この円柱は外に通じてるのか?」
「もちろん、ただこれの頂上部には三重で強化ガラスが張られてる。生半可な武器じゃ傷もつけれない」
「他に出入口は?」
「ないね、あるとすれば正規のルートだけ。一回行ったんでしょ? そん時の道を行くしかない」
話を聞いてバグウェットは、深く考え込んでしまった。
今回の依頼はエルをパトリックの元へ連れ帰る事、その目的を一番穏便に解決する方法は彼女が自らの意思であそこから出てくる事だ。
だがそれは正直難しいと彼は諦めている、あの入れ込み具合や父との確執はそう簡単には崩せない。
そしてもう一つの方法、自分が最もやり慣れた方法でなら確かにエルを連れ帰る事はできるだろう。だが無理に連れ帰った所であの親子に幸福が訪れるかどうか、それに確信が持てなかった。
悩むバグウェット、それを見ていたシギは彼が何に悩んでいるのか大体想像できていた。
今回の依頼はあくまで連れ帰る事、その後の事は彼らには関係ない。無理矢理連れ帰ってきてエルが壊れてしまおうが、あの父子が今度こそ手のつけようのない事になろうが彼らには関係ない。
だがバグウェットが無い頭を絞って、あの父子の将来の事まで考えてしまっているのを彼は知っている。ほとんど無意識に近い状態で、できうる限り丸く収まる結末を求めてしまっているのを知っている。
シギは一番手っ取り早くこの依頼を終わらせる方法が、『エルを無理にでも連れ帰ってきて、後の事はあの二人に任せる』という事を理解しているがそれはあえて口にしなかった。
「まあいくら悩んでもいいけどさ、決めるんなら早くした方がいいよ」
「どういう意味ですか?」
「ヒューマンリノベーション……いや鉄の奴らがあそこの引き上げを決めたっぽいから」
「それいつだ?」
「今日」
「は?」
「今日だよ、今日の正午にあそこの全施設及び研究対象者を処分するって話をしてたのがデータログに残ってた」
バグウェットがシギに目をやり、彼もまたそれに刹那で答える。
「あと三十分です」
「アウル……! てめえ!」
詰め寄られ胸倉を掴まれたアウルだったが、その顔から余裕と人を食ったような笑みは消えない。
「さっき見つけたんだよさっき、てかこんな事してていいわけ? 依頼人もあの子も死んじゃうよ?」
「なんであいつがいるのを知ってる!」
「だってさあ、いるもんこ・こ・に」
彼女は先ほどの施設ホログラフを指差した、指差された部屋。そこにはエルの名前と共に、リウの名前が表示されていた。
「あの子のワルコネに発信機を仕込んどいたからね」
「とにかく今はもういい、お前にも今回の仕事は手伝ってもらう」
「はい、はい」
突き飛ばすようにアウルを椅子に座らせ、バグウェットはシギの方を見た。
「シギ、俺は今からまっすぐヒューマンリノベーションに向かう。お前はジジイの所に行ってさっき話してたやつをもらってこい。代金は後で払うって言っとけ、ごねたら銃でもなんでも突き付けてとにかく無理矢理にでももらってこい」
「分かりました」
「あとは現場に付いたら連絡しろ、そん時に指示を出す。じゃあ後でな」
「ではお気をつけて、僕も可能な限り急ぎますから」
バグウェットはビルを飛び出し、リウの元へ急ぐ。
結局はこうなるのかという、諦めの感情を置き去りにして。
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