第19話 タンデムトリオ
パトリックが帰り、早速エルを探しに行くため三人はそれぞれ出かける準備をしていた。リウは身だしなみを整え、シギやバグウェットは銃の準備をする。黙々と準備をする中で、リウはふと気になった事があり口を開いた。
「ねえ、なんでパトリックさんはわざわざここに依頼しに来たの? 人探しの届け出なら治安部隊にすればいいじゃない」
「バカ、んなの意味ねえよ。グランヘーロくらいの人口ならともかく、こんだけデカい街で人探しをするほど奴らも暇じゃねえのさ」
この街では毎日必ずどこかで戦闘が起こる、小規模な物から大規模な物まで含めると戦闘発生件数は優に五十を超える。
そして通報を受け彼らは出動し、戦っている組織に対して無差別に攻撃を加え鎮圧する。彼らはあくまで中立であり、組織の掲げる理念や思想に対して一切の関心を持たない。
ただ目の前で起きている戦闘を、即座に終わらせるだけだ。
そういった点からフリッシュトラベルタの治安部隊は、鎮圧活動以外の業務をほとんど行っていない。以前リウの住んでいたグランヘーロではそういった戦闘が行われる事はほとんど無かった、そのため人探しといった業務にも対応してくれていたのだ。
またグランヘーロとフリッシュトラベルタでは、住んでいる人間の数に大きな開きがある。それもまた、彼らが人探しをしない要因の一つとなっていた。
「なるほど……でもでも! だったらあの人はどうして自分で娘さんを探さないの? それにお金持ちならこんなちっちゃい事務所じゃなくて、もっと人を集めて探した方がいいじゃない」
「それがそうも行かないんですよ、資料によればパトリックさんは大手セキュリティ会社の下請け企業の社長さんです。末端とは言え本社と支社を合わせた従業員数は千人を超えてます、その社長が業務を放って娘を探すわけにはいかないんですよ」
「それに人を集めすぎるのも良くねえ、人間なんてのは人数が増えれば増えるほど統制は取りづらくなる。それに悪い事を考える奴も紛れるもんさ、社長令嬢の失踪なんてホットなネタを使って強請ろうとする奴も出るかもしれねえ、となりゃあうちみたいな少人数のとこに頼んだ方が万が一何かあった時に対処しやすいってこった」
「色々大変なのね……ん? ってちょっと待って、てことは何? ここってもしかして意外と信用されてたりする?」
リウの指摘はもっともだった、いくら人数が少ない方が万が一の時の対応が簡単だとはいえ、クロートザックは実質動ける人間が二人しかいない。
数百、数千人単位は論外としてもせめて百人程度の人数は集めるべきではないのか、また先ほどの話からパトリックは並の人間よりは金銭的に余裕がある。にもかかわらずここへわざわざ話を持ってきたという事は、シギとバグウェットの社会的信用が相当に高いのではないか? というのがリウの言いたい事だった。
「どうでしょう? 一応ある方じゃないんですか?」
「まあ……あるって事でいいんじゃねえの? 依頼あんましくんねえからな」
事も無げに言う二人、リウはその無頓着さに何も言えなくなった。
三人が外に出ると、昼下がりの眩しい太陽の光が彼らを照らす。
二日酔いはだいぶ良くなったとはいえ、バグウェットはまだ少し体調が悪そうだった。
更にリウの一件から一週間ぶりの依頼という事もあり、彼の気持ちはやや落ち込んでいる。働かなければ収入がない事も、パトリックの提示した成功報酬が魅力的な事も頭では分かっているが、それでも体に染みこんだ働いていない日々の魅力的な毒が彼の足を重くさせていた。
「あー……だりいなあ、金だけくんねえかなあ」
「シャキッとしてください、いい年した大人がそんなんでどうするんですか」
「そうよ、第一具合が悪いのだってバグウェットが全部悪いんじゃない。私とシギ君の忠告を無視して、遅くまでお酒飲んでるから」
「わーったよ、ったく優秀なガキどもだぜ……」
自分に向けられた非難を躱し、バグウェットは二人を連れて大通りに出た。
いつもの如く街は喧騒に包まれており、遠くで聞こえる爆発音もこの場所では何気ない生活音の一つに過ぎない。
人混みの中にある隙間を器用に歩くバグウェットやシギとは違い、リウは人にぶつからないように歩くので精一杯だ。一応彼女もこの街で暮らし始めて一週間が経つ、だが以前住んでいたグランヘーロとは良い意味でも悪い意味でも生活が大きく変わった。
その変化の一つがこの人混みだ、以前は大きな道路を悠々と歩く事ができたがここではそうはいかない。今まで通れた場所が通れなくなり、道は人の群れの中にわずかに見えるばかりだ。その変化に中々対応する事ができず、リウは二人とでかけると危うく置いて行かれそうになってしまう。
「ちょ……ちょっと! ちょっと待って!」
一応二人もチラチラとリウの様子を伺いながら、その距離があまり開かないように注意しているがそれでも彼女は人の波に飲まれてしまう。
たまらずリウが二人を呼ぶと、二人は立ち止まりリウを待ってくれた。
「ごめん……まだ人混みって慣れてなくて」
「いいんですよ、もう少しゆっくり歩きましょうか」
シギはそう言って優しく笑うが、バグウェットは露骨に顔をしかめてリウを見ている。
「お前さあ、遅れるのはいいけどあんまデカい声で呼び止めるなよ……目立つだろ」
リウが周りを見渡すと、道行く人々は大声で二人を呼んでいた彼女を何事かと横目に見ながら過ぎ去っていく。
顔をしかめたバグウェットと苦笑いするシギを見て、リウは顔を赤くした。
「とりあえずあのチラシの所に行ってみるの?」
「いや、まずはお前のパワーアップアイテムを買いに行く」
「何それ?」
三人は先ほどの反省を踏まえ、一列になって少しゆっくりと歩いていた。
先頭をシギが歩き、その後ろにリウ、更にバグウェットと続く。シギは人の隙間を見つけるのが上手いためリウはその後ろを歩けばよく、またバグウェットが後ろを歩きながら少しだけ急かす事で彼女の歩く速さを上げる事ができる素晴らしい陣形だった。
「本当はお前を留守番させててもいいんだが……それはそれであれだからな」
「何言ってんの?」
バグウェットの本音ではリウを連れて歩きたくは無い、戦う手段も覚悟も無い少女を連れて歩くのは弱点を連れ歩くようなものだからだ。
だがかといって一人事務所に置いていくのもまずい、万が一何かあった時に必然的に後手に回ってしまうからだ。連れ歩くのも待たせるのもどちらにもリスクはある、ならば何かあった時に対応しやすいように依頼の際は連れ歩こうとシギとバグウェットは二人で決めていた。
「リウさんには戦う力が無いですよね? ですので今からそれを買いに行くんですよ」
シギが短く簡潔にバグウェットの言葉をまとめてくれたが、リウにはいまいちその言葉の意味が伝わらなかった。
歩き続けた三人は見覚えのある店の前に立つ、心底嫌そうな顔をしながらバグウェットは扉を開けた。
「じいさーん、いるかー?」
何とか明るい声を出してはいるが、バグウェットの声は震えている。
今回は特に殺される理由は無いが、彼には今までの前科が山ほどあった。
「何の用だ馬鹿どもが」
この店の店主であるベルは、相も変わらず彼らに当たりが強い。
カウンター裏で銃を磨いている彼の目には、相変わらず背筋が凍りそうなほど鋭い光が宿っていた。
「客に対してそりゃねえだろ、お客様は神様ですって言葉知らねえのかよ」
「お前の軽口にはうんざりするな、眉間に弾丸を撃ち込んでお前が起き上がったら神だと認めてやる」
ピリピリとした空気を放ってはいるがこの程度は序の口、もはやこれくらいが当然だとリウを除いた全員が知っていた。
リウは張り詰めた空気を感じ、身を小さくさせていたがバグウェットとベルが体から力を抜いたのを見て、自身も大きくため息を吐きながら緊張を解いた。
「相変わらず元気そうだな」
「ふん、お前に気を使われるほど老いぼれてはおらん。それで一体何の用だ?」
「新しい銃をくれ、非殺傷タイプのだ」
「ほう? 博愛主義にでも目覚めたか?」
「俺が使うんじゃねえよ、こいつだ」
バグウェットはリウを指差す、何も聞かされていなかった彼女はただ目を丸くして驚くしかなかった。
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