第20話 ヒポクリシーガン

「こいつなんてどうだ」


 ベルは店の奥から一丁の銃を持ってきた、銀色の銃身は窓から差し込む太陽の光を浴びて鈍く光っている。見た目は普通の銃のように見えるが、バグウェットの使用しているクーガーよりもやや小さい。


「C&C社製NRー32、儂の店にあるのはこれだけだ」


「もっとなんか無かったのか? 品揃え良いのが爺さんの強みだろ」


「やかましい、非殺傷タイプの銃が欲しいなら別の店に行くんだな」


 ベルは文句を言うバグウェットを横目に、リウは自分の前に置かれた銃を手に取る。ひんやりと冷たい銃は、リウの手にズシリとした重さを感じさせる。


「重量は八百グラム、装弾数は十五発、使用する弾薬は電撃弾だ」


 電撃弾は超々小型のバッテリーを内蔵した弾丸で、着弾時に被弾者の体内にあらかじめ充電されていた電撃を流し込む。

 電撃を流し込まれた相手の筋肉は痙攣を起こし意識を失う、文字だけなら物騒だが死に至らしめるほど強力な電撃では無く、あくまで意識を飛ばす程度の電撃に設定されている。

 また銃弾の口径も小さく、殺傷能力はほとんど無いに等しい。


「ただそれは型が古くてな、自動照準装置が内蔵されていない。使えるか?」


「まあ……何とかなるだろ」


 リウは手に持った銃を色々な角度から見てみる、彼女が銃を持ったのはこれが初めてだ。恐ろしい物、危ない物だという認識は当然持っているが、それでも好奇心に負け新しいおもちゃを見るように手の中で遊ばせていた。


「気に入ったみたいだな、爺さんこいつくれ。いくらだ?」


 バグウェットが金額を聞くと、ベルは首を横に振る。

 

「金はいらん、サービスしてやる。お前が責任持って使い方を教えてやれ」


 そう言ってベルは、店の奥から持ってきていた予備の弾薬の入った箱をカウンターに置く。

 少しだけ驚きながらも、バグウェットは弾薬と共に置かれた袋に箱を入れる。銃の型が古いとはいえ、それなりに代金は取られるだろうと思っていた。これ幸いと彼は、浮かれ気味に弾薬を受け取る。


「ありがとよ爺さん、今度なんか奢るよ」


「期待しないで待っておく、それからこいつを着けてやれ」


 ベルはホルスターをバグウェットに投げ渡す、彼はシギと銃について話しているリウを呼んだ。


「何? どうしたの?」


「ホルスターつけてやっから、動くなよ」


 渡されたのは腰に巻くタイプのホルスター、つけるということだけを伝えバグウェットはしゃがみおもむろにそれをリウの腰に巻き付けた。

 手慣れた手つきでちょうどいい力加減でベルトを締め付け、リウから銃を受け取るとそれをホルスターに収めると更に微調整を加える。

 移動時や戦闘時にホルスターなどの装着物が、しっかり固定されていない事による不快感や動きづらさをバグウェットは知っている。いつもは見せない彼の真剣な表情に、リウは黙って身を預けていた。


「よし、これで大丈夫だろ。動きづらさとかは無いか?」


「ばっちり、ありがとう」


「礼なら爺さんに言え、銃に弾薬にホルスター……普通に買ったらまあまあすっからよ」


「ベルさん、ありがとうございます!」


 元気よく頭を下げたリウに向かって軽く手を振り、老人は答えた。

 用を済ませ、店を出ようとしたバグウェットの背中に向かってベルは一言。


「撃たせるなよ」


 そう言ったきり彼は何も言わずに店の奥へ消えた、バグウェットは奥の部屋に消えていく老人の姿を見送り店を出た。



 ベルの店を出た三人は、パトリックに渡されたチラシの場所へ向かう。

 道中でバグウェットは、リウに銃の扱い方を教えていた。もちろん人混みの中で銃を取り出し、直接教えるわけにもいかないため、教えると言っても銃の基本的な知識を伝えていた。


「とりあえずこれは、相手に当たっても大丈夫なやつって事?」


「んなわけねえだろ、いくら威力が低いつっても当たり所が悪けりゃ死ぬ。それは電撃の方もおんなじだ」


 いくら殺傷能力が低いとはいえ、弾丸を発射する以上は人を殺さないとは言い切れない。弾丸は小さいがそれでも大きな血管を傷つけたり、重要な臓器に当たれば相手は死に至る。

 また電撃弾も治安部隊などが使用する物と比べると、かなり威力は落とされている。だが相手の年齢や体格、その他の条件によっては相手を殺してしまう危険があり、むやみやたらに撃っていいとは言いづらい銃だった。


「むしろリウさんの銃の方が扱い難しいんですよ、殺そうと思って撃ったならまだしも、止めようとして撃った弾丸が相手を殺してしまうんですから」


「そういうこった、気が向いたら使い方は教えてやる。とりあえずお守りくらいに思っとけ」


「分かった」


 三人はベルの店から一時間ほど歩き、チラシに載っていた建物に辿り着いた。

 大通りからやや離れた場所にある白く清潔感のある建物、入り口にある大きな看板には『ヒューマンリノベーション』と書かれている。


「立派な建物ね……それでどうするの?」


「そりゃ決まってるだろ、正面から堂々と入るんだよ」


 バグウェットはズシズシと歩き、入口へ向かう。シギは慣れたように、リウは驚きながらその後を追った。

 入り口の自動ドアが開き中に進むと、正面の受付には爽やかに笑う女がいた。

 彼女はニコニコと人当たりの良い笑顔を浮かべながら、三人を見ている。バグウェットたちが近づくと、彼女は笑顔を崩さないまま口を開いた。


「ヒューマンリノベーションへようこそ、どういったご用件でしょうか?」

 

「人を探してる、こいつここに来なかったか?」


 バグウェットは淡々と、だが少し不機嫌そうにエルの写真を見せた。

 受付嬢は写真をまじまじと見ると、確認を取ると言ってどこかへ連絡する。


「……はい、かしこまりました」


 電話を切り、彼女は三人に首に下げるタイプの通行証を手渡した。


「係りの者と連絡が取れました、このまま左手にあるエレベーターを使って四階まで上がってください」


 指示に従ってバグウェットたちはエレベーターへ向かう、礼の一つも言わずに立ち去ってしまった二人に代わり、リウが頭を下げると受付嬢はニコニコと笑いながら手を振っていた。


「何してんだ、さっさと乗るぞ」


 二人はエレベーターの入り口でリウを待っていた、すでにエレベーターは到着しており、二人はリウが来たのを見て乗り込み彼女もそれに続いた。

 リウが乗ると同時に扉は閉まり、音も無くエレベーターは四階へ向かって動きだした。


 このエレベーターの内部には操作盤が存在していない、にもかかわらずなぜ目的地である四階へ向かって動き出したのか。

 その答えは搭乗者の脳波にある、エレベーターを利用するために人間がかごの中に入る。搭乗者は当然だが何階へ行くという目的を持って乗り込んでくる、するとエレベーター内部に設置された脳波観測装置から特殊な電波が放たれる。


 電波は人の脳内に入り『何階へ行きたい』という脳波を受け取り、観測装置へと跳ね返る。そしてその受け取った脳波が示す階へ、エレベーターが移動する仕組みだ。

 これによりボタン操作をしなくてもよくなり、また一々『何階へ行きますか?』というやり取りも無くなった。


 リウはそんな仕組みなど露知らず、初めて乗ったエレベーターの中を不思議そうに見ていた。

 そして四階に三人が辿り着き、扉が開くとすぐにスーツを着た男が立っていた。エレベーターから降りた三人に、丁寧に頭を下げる。


「初めまして、人材管理課の者です。今回は人を探してのご来訪という事で、よろしかったでしょうか?」


「ああ、いるか?」


 スーツを着た人当たりの良さそうな男、身長は百七十五センチほどで体型は標準的、黒縁の眼鏡と小綺麗に整えられた髪といった具合に非の打ちどころの無い接客に向いていそうな男は口の端を上げて笑った。

 

「はい、いらっしゃいますよ」


 まさかいるとは思わず、リウは目を丸くした。そんな彼女とは対照的に、バグウェットは特に驚いた様子も無く話を続ける。


「今すぐ会わせてくれ、話がしたい」


「かしこまりました、こちらへどうぞ」


 男に促され、三人は廊下の奥へ奥へと進む。

 壁も床も白く塵一つ無いあまりにも綺麗すぎる廊下は、何かうすら寒いものを三人に感じさせた。

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