第13話 ワンサイドスナイパー

「そういう訳だ、そいつは返してもらう。そしたら帰るからよ」


 黙って話を聞いていたローグは大声で笑いだした、ひとしきり笑ったあと右手を上げる。それに気付いた部下の一人がバグウェットに近づき、銃を頭部に向けた。


「面白い奴だ、こんなに笑ったのは久しぶりだ。こんなに苛ついたのもなぁ!」


 ローグは勢いよく右手を振り下ろした、部下の指はゆっくりと引き金に食い込んでいく。あと少し強く握れば銃弾が飛び出し、バグウェットの脳髄を地面にぶちまける、その瞬間だった。


 銃を構えていた男の脇腹に銃弾が撃ち込まれた、男は一瞬の熱と痛みの後に体から煙を上げ、大きな叫びを上げて倒れこんだ。

 弾丸を男に撃ち込んだ者の姿は見えない、ローグたちが動揺した一瞬の内にバグウェットは右手にグレネードランチャーを持ち替え、部屋の中央へ放つ。


 爆発が起こる、そう思ったリウの周りにいた男たちは一目散に逃げだし、ラインズとローグも爆発に巻き込まれまいと逃げた。

 だが撃ち出された弾は爆発する事無く、地面に着弾し煙をまき散らした。バグウェットがその煙の中に飛び込むと、何かを殴りつけるような音が響いた。


「スモーク……!? 目的はガキの救出か!」


「ローグ! リウを逃がすな! あいつは上への上納品だ!」


「うるせぇ! んなこと知るか! ガキごと撃ち殺せ!」


 ローグの合図で、一斉に男たちは先ほどリウがいた辺りに向かって銃を撃とうとした、だが引き金をいくら引いても弾が発射されない。


「駄目だ、弾がでねえ! どうなってんだよ!」


 慌てふためくローグたちを、オルロはニヤニヤと笑いながら眺めていた。メルムたち若手の五人は、ローグたちがなぜ銃を撃たないのかが分からない。


「どうして奴らは銃を撃たないんですか? いくら煙のせいで同士討ちの危険があるとはいえ……」


「撃たないんじゃない、撃てないんだ」


 観戦に夢中になっているオルロは恐らく何も教えないだろうと判断し、せっかく実践の場に立っているのだから教育に活かそうとバーレンは考えた。


「さきほど男の一人に撃ち込まれた弾丸、あれはパルスバレットというものだ」


 パルスバレットには極小サイズの生体チップが埋め込まれており、対象に命中すると体内に流れる生体電流を増幅、暴走させる。

 対象者の生体電流はやがて巨大な落雷並のエネルギーにまで増幅され、最後に人の形を残したまま体内で爆ぜる。

 これにより発生した電磁波が、周辺の電子機器や電子制御された銃を使えなくした。


「嚙み砕いて言えば、人間の体をEMP爆弾にしたという事だ。ローグたちの使っていた銃は最新式の物、照準や銃弾の発射などあらゆる動作を人ではなく機械が制御している、それを破壊されてしまえば最新式の銃もただの鉄の塊というわけだ」


 確かに強力だが、その扱いは難しい。弾丸に内蔵されたマイクロチップは壊れやすく、荒く銃に装填するとチップが破損し使い物にならなくなる。

 またただ撃ち込んだだけでは味方の装備、更には照明なども使い物にならなくなってしまい、味方を不利な状況に追い込んでしまう。

 

 そのため撃ち込んだ後にタイミングを見て、手動で溜め込んだ生体電流を開放しなくてはならない。

 解放するタイミングが早ければ効果は十分に発揮されず、遅すぎても余計な被害を出してしまう。

 その見極めが難しく、パルスバレットは治安部隊等の正規組織では採用されておらず、物好きがたまに裏ルートで買う程度の代物だった。


「かなり優秀な狙撃手みたいですね」


 感心するバーレン、それを見てオルロはまるで自分の部下が褒められたように得意げに笑った。


「あの人の相棒だ、あれくらいは当然だろ」






「目標に命中……解放タイミングも良かった、危ない危ない。バグウェットは突っ込むのが早すぎるんですよ」


 シギは建物から八百メートルほど離れたビルの屋上にいた。

 うつ伏せの状態で彼が構えるのは操作性を向上させ、更には軽量化にも成功したC&C社製新型アンチマテリアルライフル、バーレット。

 グリップやバレルを実用に耐えうる限界まで削り、最新素材のウルツァイトを使用する事で従来の物と比べ三分の一にまで重量を抑えることが出来た。更にはバラした状態で運んでも、慣れた兵士ならば十秒、一度組み立てた事さえあれば一般人でも二十秒ほどで簡単に組み上げることが出来る優れ物だ。


「目標を確認、コンプリチェ正常作動……」


 シギは再び、一人の男に向かって引き金を引く。放たれた五十口径の弾丸は、男に命中し不必要な程にその体を引き裂いた。次の男に狙いを定め引き金を引く、この動作を淡々と繰り返すシギは、どこか機械的なものを感じさせた。



「スナイパーまでいやがるのか……デイブ、お前は二階にいる連中を使ってスナイパーをやれ、俺は他の奴らを使ってあの男を殺す。いいな?」


 デイブという男は命じられるままに二階へ駆け上がっていく、ローグは一階にいる部下に物陰に隠れたまま後ろの部屋へ後退しろと命じた。


「おいローグ、私をしっかり守れ! 依頼人は私だぞ!」


「死にたくなかったら物影にでも隠れとけ! こっちはてめえの面倒は見切れねえんだよ!」



 ローグとラインズが言い合いをしている最中、縛り付けられた椅子からリウを助け出したバグウェットは、リウと共にコンテナの陰に隠れていた。

 バグウェットは吸い終えた煙草を地面に潰すと、リウの方を見る。

 彼女は体を小さくして、震えていた。


「腕、見せてくれ」


 震える彼女の手を取り、傷の具合を確認する。椅子に手足を固定していた枷はバグウェットが義手で殴りつけると、思いのほか簡単に破壊できた。

 だがその時に破壊した枷の破片が、彼女の手首を傷つけてしまっていた。


「これくらいなら痕は残らねえ、安心しろ」


 幸いにも傷はそこまで深くなく、少し多めに血は出ているが大事に至るようなものでは無かった。一安心、とばかりに息を吐き出したのコートにリウは掴みかかった。


「逃げて……私の事は置いて行って」


「ここに残ったらお前マジで死ぬぞ。今は煙幕のおかげで見つかってねえが、直にそれも晴れる、そしたら今度こそおしまいだ」


「それでもいいの!」


 リウの叫びは、仲間を目の前で無惨に撃ち殺され混乱状態にある男たちの怒号や悲鳴でかき消されている。その悲痛な叫びは、バグウェットにだけ届いた。


「私は……院のみんなが苦しんでる間に、美味しいご飯を食べて! あったかいお風呂に入って! たくさんの人に優しくしてもらってたんだよ!? 私がみんなを……あの子たちを守らなきゃいけなかったのに……!」


 感情は解き放たれ、濁流となってバグウェットを襲う。無力さ、後悔、絶望、まだまだ幼いリウには到底受け止めきれるものでは無かった。

 バグウェットに怒りをぶつけるのは間違っている、それを理解しながらも彼女は彼のコートを掴んで泣き叫ばずにはいられなかった。


 バグウェットは黙って話を聞いていたが、リウが心の内を吐き出し終えたタイミングで彼女の胸倉を掴み返した。

 彼のブラウンの瞳は真っ直ぐに彼女だけを見ていた。


「それが人間だろうが」


「え?」


「さっきから黙って聞いてりゃ、美味いもん食っちまっただのあったけえ風呂に入っちまっただのと、それのどこが悪いんだよ」


「だって……みんなが……」


「お前は人間なんだ。美味いもんだって食っていい、風呂にだって入っていい、何一つ悪い事なんてしてねえじゃねえか」


「でも……!」


 バグウェットの目には激しい怒りが見えた、リウの胸倉を掴む手に力がこもる。怒りから肩を震わせる、彼は心の底から怒っていた。


「でもじゃねえ! お前は何一つ悪くねえ、お前の言うみんなが死んだのも全部お前が悪いんじゃねえ!」


「全部あいつらが悪いんだろうが! 自分をそれ以上責めるなバカ!」


 リウの体から力が抜けた、自分を責めて傷つけ続けた彼女を救ったのはあまりに乱暴で、あまりに真っ直ぐな言葉だった。

 

「私が……悪いんじゃないの……?」


「ちげーよ、分かったら大人しくしてろ」


 リウから手を離し、バグウェットはコンテナから飛び出していった。

 残されたリウは、床を涙で濡らしながらバグウェットの言葉を抱きしめていた。




「屋上に出るぞ! スナイパーを探せ!」


 デイブは数十名の部下と共に屋上へ出た、夜の闇に加えて雨も降っているため視界が悪く、狙撃手の姿は確認できない。

 弾の飛んできた方向を見てみるが、人影は見つけられなかった。


「デイブさん無理だ、こんだけ視界が悪くちゃ見つかりっこねえ!」


 そう叫んだ男の体が弾け飛ぶ、近くにいた仲間たちの顔に男の肉片が飛び散った。

 ぬるりと頬をずり落ちていく肉の感覚に、彼らは背筋を凍らせる。


「ライフルを持ってこい! それからスコープタッチもだ!」


 身を低くしながらデイブが叫ぶ、その間にもまた一人の男が肉塊へと変わる。次は自分が撃ち殺されるかもしれない、そんな恐怖を抱えながら男たちは命辛々ライフルとスコープタッチを持ってきた。


「こいつがあればスナイパーの場所が分かる、全員伏せてろ! ライフルのスコープの電源は切っておけ!」

 

 スナイパーのスコープは通常の物よりも高倍率、高性能の物が使われる。加えて近年ではナイトモードやサーマルモードのような追加機能を全て兼ね備えた物を使用するのが常識となっていた。

 一つのスコープで五十~百倍からの倍率調整が可能、更に追加機能を加えながら大きさは従来の物と変わらない。そんなスコープが過去の大戦から造り出されていた。


 だが万能にも思えるスコープにも弱点が存在する、スコープは電子制御でモードや倍率の切り替えを行う。そのため特有の電磁波を放っており、それを感知できるレーダーがあればどこから撃たれたのか、位置がばれてしまうのだ。


「すぐに見つけてやる、覚悟しろ……!」


 デイブと部下たちはレーダーを食い入るように見つめる、雨と闇による限られた視界の中でスコープも無しに狙撃する事は不可能に近い。まだ人員は残っている、場所さえ割れれば後は数の力でどうにかなると彼らは考えていた。


「……駄目です、反応ありません」


 レーダーに反応は無い、何度も探知を繰り返すが全く反応が無い。彼らのスコープキャッチは最新式の物で、三キロ圏内のあらゆるスコープの電磁波を拾える物だった。


「探知範囲を広げろ!」


「もう最大ですよ! 三キロ圏内にスコープを付けたスナイパーはいません!」


「ふざけんじゃねぇ! じゃあどうやって……」


 憤りと共に立ち上がった男の頭が吹き飛ぶ、もう何が起こっているのか彼らには理解できなかった。

 敵が一体どうやって自分たちに狙いを付けているか。





「着弾、目標を撃破……残りは二十人かな……」


 マガジンを交換し、ボルトハンドルを引く。フードを被っていても雨は防げない、シギの髪は濡れ毛先から水がしたたり落ちる。

 引き金を引くと、腕を通って体に衝撃が伝わる。本来ならばバーレットはシギのような子供が扱えるような武器ではない。


 大人でも素人が撃てば肩が外れるほどの反動が使用者を襲う、子供が扱えば軽い怪我ではすまない。コンブリチェが作動しているとはいえある程度の痛みを伴う衝撃は伝わってくる、それでも彼は躊躇うことなく引き金を引く。


 視線の先で慌てふためく男たちに向かって、静かに無慈悲に引き金を引く。




「ちくしょう! こっちも撃ち返せ! 弾が飛んできた方向は分かるんだ、撃ちまくれば当たる!」


 がむしゃらに男たちは暗闇に向かって銃を撃つ、誰かの弾が当たればいいとばかりに雨の降りしきる夜に向かって銃を撃ち続けた。

 

 ライフルを持ってきた男は四人、彼らはスコープを使って必死に敵を探すがナイトモードの付いていない彼らのスコープはシギを捉えられない。一人、また一人と死んでいく。


 それを見ていた一人の男が屋上から逃げ出そうと階段に向かって走る、だがその逃亡は叶わない。走り出した男も先立った仲間たちと同じように、腹を抉られて死んだ。

 その場にいた全員が悟る、敵は自分たちを逃がす気など初めからない事を。


「くそっ! くそがああ!」


 半狂乱になりながら当たるはずの無い弾丸を男たちは撃ち続ける、デイブも夢中になって弾を撃ち続けた。周りを見ずに、姿の見えない敵を撃ち殺そうと弾を撃ち続けた。

 引き金を引いても弾が出なくなり、カチカチと情けない音を立てた事でようやくデイブは落ち着きを取り戻した、というよりは諦めた。


 すでに屋上で生きているのが自分だけだと気付いたからだ、連れてきた部下は全員が息絶え、ただ赤い血と肉片を鮮やかにまき散らしていた。


 

 暗闇の向こうから誰かが自分を見ている、だがそれが誰なのか、どこから見ているのかはデイブには分からない。

 抵抗できず、姿も見えない相手に一方的に蹂躙される恐怖を彼は思い知った。自分が殺してきた人間たちも、こんな思いで死んだのかと死者に思いを馳せる。


 もしこの恐怖を知っていたのなら、デイブは人を無闇に殺す事は無かったかもしれない。

 彼は心の中で今まで自分が殺した人々に謝罪しようとした、だがそれを許さぬように棒立ちしていた彼の頭は鮮やかに吹き飛んだ。


 体はゆっくりと落ちていく、水飛沫をわずかに上げてデイブの体は冷たいコンクリートに横たわった。





「屋上の敵は排除しました、今からそちらに戻ります」


 シギはバグウェットに通信を入れると照準を再び、建物の中に戻した。彼の右目が再び敵を捕らえる。

 彼のライフルにスコープは無い、なぜなら必要ないからだ。シギの右目は高性能スコープと同等の機能を有した義眼、そのためわざわざスコープを付けずとも遠距離射撃が可能なのだ。

 しかも彼の肉体に覆われた事によって、スコープキャッチを用いてもその電磁波を捉える事ができない。



 これだけの性能を持つ義眼、誰もが欲しがるはずだが現在これを使用しているのはシギ一人だけである。

 

 利き目を摘出しこの義眼に置き換え、自分たちの兵士として使おうと実験を行った組織がかつてあった。対象者は大人と子供を合わせて千人。

 摘出後すぐは普通の人間と同じように生活できるが、義眼から発生する電磁波を脳に浴びた事によりやがてほとんどが廃人となり果てた。

 

 そしてもう一つの欠点、義眼のエネルギーは脳から吸収される。

 そのため大量の糖分が必要となる事だ、しかも必要な量が尋常ではなく普通の人間ならば喉が焼け付き、激しい胸やけを起こしてまともに食事など取れないような量が必要だった。

 

「甘いの食べたくなってきたな……」


 シギはそう呟きながら引き金を引く。

 彼は電磁波に耐性のある体と、甘い物好きな性格が功を奏し今日まで生き残った。


 後に組織の研究所から発見された資料には、この実験で誕生した兵士を指す言葉が記されていた。


『ノーサイト』と。

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