第14話 ソルジャーオブソリート
「どうして私がこんな目に……!」
ラインズはコンテナの隅で体を小さくしていた、彼は一体自分がどこで間違えたのかを今になって考える。
子供をやや強引に集め出した所かもしれない、だがすでにラインズはグランヘーロで児童売買の重要参考人として名前が出始めていたため、彼が治安部隊に追われるのは時間の問題だった。
そもそもそれすら失敗とは言えない、今まで積み上げた実績もあり上納品として全ての私財をラインズは上層部に差し出した。後はアタッシュケースの中身と、リウを差し出せばラインズは許されたはずだ。
少なくとも彼はそう考えていた。
だからこそ今の惨状を理解できなかった、たった一人の男にリウを奪われ雇ったローグたちは次々に打ち倒されていく。
リウが特別重要なわけでは無い、問題なのは上納品のリストにある彼女をラムドールとして納める事が出来ない事だ。
リストに入っているにも関わらず、その商品を納められないという事は上層部に虚偽の報告をした事になる。
チャイルドホールは嘘を吐いた者に容赦しない、このままならラインズはたとえこの場を生き残っても上層部に消されてしまう。
「どうすればいいんだ……」
考えても考えても名案は浮かばない、すでに贖罪会まで三十分を切っていた。
「さてと……」
バグウェットはリウから離れ、残りの装備を確認する。
グレネードランチャーの弾倉に残っているのは榴弾三発と失明弾一発の計四発、コート下に装備したクーガ一丁とマガジンが三つ。
敵の数は上に行った人数を引いても八十強、状況は悪い。
この状況を打破する切り札も用意はしてあるが、使わずにすめば一番だった。
「ここで隠れてても埒が明かねぇ、スナイパーの方はデイブが行った。敵は一人だ、数で潰すぞ!」
ローグは叫ぶが部下たちは動かない、スナイパーに撃たれた仲間の死体を見た彼らは、次は自分が撃たれるかもしれない恐怖に囚われコンテナの陰から出れなかった。
突然銃声が響く、それはバグウェットが撃ったものではなく、ローグが隣にいた部下の頭を撃ち抜いた時の銃声だった。
「行けって言ってんだろうがゴミどもが! 行かなきゃ俺が撃ち殺すぞ!」
隠れていてもローグに撃たれる、飛び出してもスナイパーに撃たれる、二つに一つならば目の前のくたびれた男を殺してしまった方がいい。
そうすれば少なくとも建物の中の安全は確保できる、更に男の持っていた武器はグレネードランチャー、近づいてしまえば気軽に撃てなくなる。
あの義手を握りつぶした力は驚異的だったが、一対一ならともかく複数人で行けばどうとでもなる。
男たちはそう考えると銃を構え、コンテナから飛び出した。
彼らの銃はすでに電気系統を破壊されているが、操作を手動に切り替えれば使える。
男たちは負ける気がしなくなった。
「出てこいクソ野郎! 後悔させてやる!」
すでに煙は晴れており、スナイパーからの攻撃は無い。それもそのはず、シギは屋上にいるデイブたちの相手をしている真っ最中だった。
男たちはコンテナの裏を覗いて回る、一人の男が青い錆びついたコンテナを覗き込んだ。
「よお」
バグウェットはすでに男に向かって拳を振り上げていた、そして視界に現れた彼に驚いた男の顔面に、バグウェットは躊躇う事無く拳を叩きこむ。
叩き込まれた鉄の拳は、顔面の骨を粉砕し少ない男の脳味噌を頭蓋骨から追い出した。
鈍い打撃音に気付いた男たちがわらわらと集まってくる、顔面を無惨に砕かれた男の元へ十人程が集まった。
「ばっ……一か所に集まるな!」
ローグの言葉に気付いたが時すでに遅く、別のコンテナ裏に隠れていたバグウェットは男たちに榴弾を撃ち込んだ。
爆発と共に男たちが命を散らす、飛び散った腕や足が壁や他のコンテナに赤黒いしみを付けた。ほとんどが即死し、二人ほど生きている者もいたが一人は爆発で目をやられ、両足が吹き飛んでいた。
もう一人は虚ろな目で天井を見上げ、やがて息絶える。彼の下半身はすでに原型を留めてはいなかった。
「いてえ! いてえよ! 誰か……! ちくしょう……何も見えねえよぉ!」
のたうち回る男は、ひとしきり叫んだあと体を痙攣させて動かなくなった。その姿は恐怖と怒りを男たちに与える、彼らはすぐにでもバグウェットを見つけて撃ち殺してやろうと再び彼を探し始めた。
バグウェットは再び移動し、なるべく多く被害の出せる場所にもう一度榴弾を撃ち込むと、五人ほどが吹き飛ばされる。
惨状に慣れ始めた男たちは、すでにその程度の被害では怯まなくなっていた。
怒りが恐怖を超えた彼らは、ただバグウェットを殺すためだけに死兵の如く彼に向かっていった。
「おーおー、元気だねえ」
男たちは弾丸をバグウェットに向かって放つ、だが当たらない。コンテナの間や瓦礫の陰を縫うように走る彼に、男たちはただの一発も弾を当てることができない。
バグウェットが特別な訳では無い、男たちの射撃能力は低すぎるだけだ。
昨今の銃はある程度銃口を向ければ、勝手に照準を合わせてくれる。そして対象を捉えれば、後は引き金を引くだけでいい。
放たれた弾丸は撃ち手と対象の間に遮蔽物などが無ければほぼ確実に当たる、誰もが英雄的射撃能力を手にする事の出来る時代なのだ。
だがそれに頼りすぎた彼らの射撃能力は著しく低下してしまった、止まっている相手にならまだしも、素早く動き回る相手になど当てられるはずが無かった。
しかし射撃能力がいくら低いとはいえ、数十人の男たちが一斉に撃てば数発はバグウェットを掠めていく。彼もまた下手に動けず、コンテナに身を隠した。
「あっぶねえ! ったく……大した腕前だな!」
バグウェットは物陰から再び榴弾を放つ、それはちょうど近づいてきていた男に当たってしまった。男は当然吹き飛ぶが、爆発のほとんどは彼が割を食った形となり他の仲間を吹き飛ばす事は出来なかった。
残るは失明弾一発、効果は強力だがもっとリウから離れなければ彼女を巻き込む危険もある危険な物だ。
距離を取るため再び走り出そうとしたバグウェットの眼前には、四人の男が立ち塞がる。
二歩も歩けば手が届く距離、これだけ近くてはグレネードランチャーは使えない。四人は勝利の確信と共に銃口を向けた。
バグウェットは銃口を向けられたが、ひるまずに身を低くして前へ進む。銃弾は彼が先ほどまでいた場所を通り抜け、背後のコンテナに当たる。
バグウェットはグレネードランチャーを振り上げ、目の前の男の頭に振り下ろす。グレネードランチャーの重量は約七キロ、それだけの重さを持った鉄の塊が勢いよく振り下ろされた男の頭蓋は砕け、額から血を流して倒れた。
「こ……こいつ!」
頭蓋を砕いたバグウェットは銃を構えた左側の男の背後を取り、持っていた銃を操って二人を撃ったあとで後ろから操っていた男の頭をかち割った。
散らばったコンテナの間をすり抜け、リウから十分に距離を取り彼は血が付着したグレネードランチャーから最後の弾を撃ちだした。
地面に着弾した弾は爆発するでもなく、地面を転がる。弾の側面が開き、中からは白い煙が噴き出した。
男たちはそれをスモークだと判断し、煙の中へ突っ込んでいく。
ローグも部下たちと同じように、煙の中へ踏みこもうとした。
だが先に煙の中に入った部下の悲鳴で彼は足を止めた。
「ぎゃああああ!」
煙を浴びた男たちは地面に倒れ込む、目から血の涙を流し激痛から嘔吐する者、失禁する者など辺りは地獄絵図に変わる。
やがて煙の噴出が止まり、煙が晴れるとそこには吐瀉物と糞便をまき散らした二十人ほどの男たちが呻きながら、地面を死にかけの芋虫の様にのたうっていた。
「まさか……失明弾か……?」
「ありえねえ……こんなもん使う奴がまだいたのかよ……」
バグウェットの放った失明弾、それは従来の催涙弾を強化したものだ。発生した煙には、従来の催涙弾の成分の他にトルペレルパルトという成分が含まれる。
空気に触れるとすぐさま気化し、主に近くにいる生物の眼球に作用する。眼球を形作るコラーゲンを破壊し、煙を浴びた生物を完全に失明させる。
眼球が破壊される際の激痛は筆舌に尽くしがたく、その痛みでほとんどの者がショック死する。
体を大きく傷付けず、目のみを破壊する失明弾は非常に強力な武器としてかつての大戦で多く使用された。
だがあまりの残虐性、敵味方を巻き込んでの無差別性、更には被弾者が生き残ったとしても視神経まで破壊されてしまうため義眼を取り付けるなどの処置が出来ないという面からも非人道的な兵器としてあらゆる都市で製造・使用禁止令が出されていた。
「イカレてやがる……! ここまでやるのか……?」
目の前に広がる惨状、だがすでにバグウェットの持つグレネードランチャーの弾倉に弾は残っていない。
ローグたちが攻めるのはこのタイミングしかなかった。
「だがあいつの武器はもうねえ、今ならやれる!」
男たちは地面に転がった仲間たちを踏みつけて前へ出た、元より仲間意識などは無い。そうするのは自然な流れだった。
「シギ、行けるか」
並んで向かってきた男が二人いた、彼らはローグの部下になってから日が浅く生まれた都市も違ったが、お互いに酒が好きで仕事終わりにはいつも愚痴を肴に飲んでいた。
ローグの部下の中では比較的大人しい部類に入り、殺した人数も二十人程度で奪った金品も家が買えるほどしか奪っていない。
老後の貯蓄を奪われまいと抵抗した老人を苦しまないよう、喉への一突きで殺すような優しい二人組だった。
だが彼方から放たれた弾丸は、彼らがどういった人間かを気に留める素振りすら見せず、並んだ二人の胴体を吹き飛ばした。
「屋上の敵は排除しました、今からそちらに戻ります」
耳にシギの声が響き、バグウェットの口角がわずかに上がる。
「分かった、見えてる奴はそのまま撃て。死角になってる奴はこっちで指示する」
「分かりました」
また一人、二人と続けて死んでいく仲間たち、だがもう怯みはしない。目の前のバグウェットに向けて、男たちは突っ込んでいく。
「当てんなよ」
「誰に言ってるんですか」
バグウェットはグレネードランチャーを投げ捨て、コートからクーガーを取り出す。左手でグリップを握ると、コートの中に入れていたからかほんのりと温もりを感じる。手慣れた様子でコッキングを行い、深呼吸をしてコンテナから飛び出した。
「この人数相手に真っ向勝負かよ!」
「舐めんなんじゃねえ!」
銃を構えた男たち、死を恐れるべきこの状況でバグウェットは自らの死に対して鈍感だった。
死に対する恐怖が、己の視野を狭める事を彼は誰よりも知っていた。
「青色のコンテナ、左端から三歩」
バグウェットの言葉から一息と吐かずシギは引き金を引く、コンテナを貫通した弾丸はその裏にいた男の胴体に弾は当たった。
「赤のコンテナ、右端から五歩。その隣の木箱の裏に一人」
バグウェットは指示を出しながら、目の前に迫る敵の処理を始める。足元を崩し、体勢を崩した男の頭を撃ち抜く。狙いを付けられないよう足は止めない、体に鈍い衝撃が走る。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、誰かが言ったその言葉を噛みしめながら彼は走り続ける。防弾繊維を何重にも編み込んだコートを着ているからこそ、彼は動き続けられた。
動きながらバグウェットは男たちの胴体に弾を撃ちこみ、その痛みで動きが止まった者の頭を撃ち抜く。その動作は彼の体に悲しいほどに体に染みついている、忌々しい特技と知っていても死線を潜るたびに感謝せずにはいられなかった。
「まだまだ動けるじゃないですか」
「……無理してんだよ」
シギの戦場に似つかない明るい声が聞こえてくる、バグウェットは息を切らしながら近くの柱の陰に転がり込んだ。
体中が痛む、コートのおかげで致命傷にならないとはいえ銃弾の衝撃は確実に体に響いている。口の中にはわずかに鉄の味が広がり、息を整えるのにも昔と比べればかなりの時間を要する。
「もう年だな、次からはお前が前に出てくれよ」
「馬鹿言ってないで早く立ってください、もう時間も無いんですから」
「頼りになるガキだな、ホントに」
バグウェットはクーガーのマガジンを交換し終えると、何人かを片付けながらリウの元へ走る。彼女は最初に隠れたコンテナの裏でどうする事も出来ず、ただ様子を伺っていた。
「バグウェット! 怪我は?」
「大丈夫だ、お前も大丈夫そうだな」
リウの傷はすでに血が止まっている、失明弾の煙も浴びてはいないらしい。彼女は、疲れ果てたバグウェットを心配そうに見ている。
「悪いが時間がねえ、さっさと片付けてここを出る。俺が置いていったバックを持ってきてくれ」
リウはバグウェットが自分を助けてくれた後、コンテナ裏に自分と共に置いていったバックを思い出した。
少し待っているように伝え、彼女は少し離れた場所にあったバックを持ち上げた。それは驚くべき重さだった、持ち手が重さに負けて切れてしまうのではないかと思うほどの。
それをどうにか引きずってバグウェットの元に持っていく、彼はコートの右袖の部分を外し義手を露出させ、取り外した。
「ええ!? それ取っちゃうの!?」
「ああ、これ着けっぱなしじゃそいつを着けられないからな。シギ、悪いが足止め頼むぞ」
「了解です」
バグウェットはリウが持ってきたバックの中に手を入れた、本来ならば使いたくは無かった。弾薬は高く、使用後は必ずメンテナンスが必要な代物だ。
だが今はそんな事を言っていられる状況では無い、ため息を吐きながらもバグウェットには迷いは無かった。
「オルロさん……あんなの滅茶苦茶じゃないですか」
二階から一階の戦いを見ていた五人は言葉も無く、バグウェットの戦いを見ていた。スナイパーが味方にいるとはいえ、大人数を相手に向かっていく無謀とも取れる大胆さや失明弾といった禁じ手を平然と使用する容赦の無さ、その全てが初めて見るものだった。
「やべえだろ、まじでイカしてるよな」
オルロは階下の惨状具合が満足らしく、子供のような笑みを浮かべている。バーレンは呆れた顔をしながらも、彼を咎める事は無かった。
「祭りってこれの事だったんですか?」
「ああ、最高だろ? 今どきあんな人はいねえのさ、気付いてるか? あの人の装備が旧式って事に」
「そんな! ランチャーはともかく、あの拳銃もですか? 走り回りながらあれだけ当てるなんて普通は無理ですよ!」
「できるのさ、それがあの人だ。装備は旧式、人体強化施術も受けてねえ、なあお前ら……あの人がなんでここに来たか分かるか?」
五人は分からなかった、あの少女を助けに来たのは分かる。だがそれだけだろうか、本人は仕事だと言っていたがその裏には敵対組織がいるのかもしれない。五人はコソコソと話し合い、その事をオルロに伝えた。
「なるほどな、あの子を助けに来たってのが建前で、実は敵対組織の刺客……って思うか」
オルロは笑った、決して彼らを嘲るような笑いではない。
先ほどの答えは間違いではない、彼らの読みは常識外れなものでは無くむしろそう考えるのが普通だとオルロ自身も理解していた。
「間違っちゃいねえさ、普通はそう思うよな。でもあの人は違うんだ、俺たちともこの街の誰とも違うんだよ」
「一体あの男はなぜここに? まさかあの子に何かとんでもない秘密があるとか?」
そう言うメルムの表情は真剣そのものだ、彼はときどき突拍子もない事を言い周りを笑わせていた。
「それも面白い考えだが、理由はもっと単純だ。あの子の面倒を一日見た、それだけだ」
「え?」
「あの子に聞いた話によりゃあ、今日一日あの人が色々と世話を焼いたらしい。だからあの人はここに来た、それだけだ」
思いもよらない答えに五人は言葉を失った、そんなはずがないだろうと口から出てしまいそうだった。
たった一日世話をしただけの少女を助けるためだけに、百人もいるローグファミリーを相手にしたというのはにわかには信じがたい。五人はオルロが自分たちをからかっているのだと思った。
「ま、信じられないのも仕方ねえ。だが事実だ、あの人は人を裏切って踏みつけにする事が美徳のフリッシュ・トラベルタで俺の知る限りただ一人、情で動くんだよ」
「組織もルールも関係ねえ、古臭い考えに従って暴れまわる旧い怪物。だが俺はそれに魅せられた、憧れちまったんだよ……俺には絶対に出来ない生き方に」
自らの内にある憧れ、それを隠すことなくオルロは語る。
それが組織の長として正しい事なのか、それはこの場にいる誰もが分からなかった。
だが少なくともそれを間違いだと断じる事の出来る人間は、この場にはいない。
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