目覚め
砂の上に横たわるサレナ。それを立ち尽くして見つめるヴィーナ。しばらくその光景に動きはありませんでしたが、最初に動いたのはヴィーナでした。
動かないサレナの体を揺すりますが、汚れていた体が余計に血と砂で汚れるだけでした。
「サレナ……サレナ!起きて!ねえ、起きてよ!」
揺する強さは段々と強くなっていきます。
最初は微かにサレナの体が動くだけだったのが、今や首が折れんばかりに揺さぶっています。このままではヴィーナ自身がサレナを殺してしまいそうです。
「サレナ…サレナ!ねぇ…あなたがいなくなったら…あたしはどう戦えばいいんだっての!このねぼすけ!早く戻ってこい!」
今度はサレナの体を叩きながら怒りはじめました。一体どうしてしまったのでしょう。
ついに壊れてしまったのか、はたまた何か意図があるのか、何も分かりません。
「このっ………いいかげん起きろ!ねぼすけサレナぁ!」
ヴィーナがついにサレナの顔面に一発くれてやろうと拳を振り上げたその時でした。
「ん…ヴィーナ?…おはよー。」
ヴィーナは何も言わずに手を開き、サレナの頬に振り下ろしました。
いわゆるビンタというものです。ヘッドギアで覆われてヴィーナの目は見えませんが、口元から察するに完全に表情は消えています。
「痛っった!え?ヴィーナ何してるの?あれ?わたしなんで…あ痛たたたっ…この腕どうなってるの?」
「何してるの、だって?あんな無茶しておいて?覚えて無いの?やっぱりあなたは馬鹿だよ!」
「待って待って!どういう事?最初から説明してよ!」
どうやら、サレナは何も覚えていないようです。
そういえば瓦礫の中から杖を探しに行っていた時もです。サレナにはその時の記憶がありませんでした。
「ヴィーナ…最初から説明して?その…わたしに何があったのか。あとそれ痛い。」
ヴィーナはサレナが起きてからもずっとサレナの体をぼこぼこ叩いています。
「…やだ、やめない。でも説明はしてあげる。」
そしてヴィーナは話しました。急に様子がおかしくなり、手を振り払われた事。異常に杖に執着したような行動をとった事。腕の傷は天井から落ちてきた物体の破片で付いたものだという事。
そして、
「ねぇサレナ?右腕、ちゃんと動く?」
「ん、普通に動くけど。それがどうしたの?」
「あなたが杖を呼び寄せた時にね、右腕がおかしくなってたのよ。陽炎みたいに輪郭が揺らいでたの。」
それにね、とヴィーナは続けます。
「サレナね、破片から体を守る時に両腕を使ってたの。それなのに何で、右腕は無傷なの?」
そう。確かにサレナは両腕を使っていました。ならば右腕にも傷があるのが当たり前です。普通に動くなどということはあるはずがないのです。
なのに、サレナの右腕には全く傷もその痕もありません。そんな事は、あり得るはずがないのです。本来なら。
「ねぇサレナ?あなたって、何者?」
「それを言うならヴィーナ、あれをスキャンできた時、様子おかしかったぞ?口調も声のトーンもいつもと違った。ヴィーナこそ、何者?」
二人は考え込んで動かなくなってしまいました。そのまま時間が経過していきます。
最初に口火を切ったのはサレナの方でした。
「ねぇヴィーナ?考えるのはいいんだけどさ…先に手当てしてくれない?実を言うとさっきから流血、止まってないのよね。そろそろ限界で…」
「は?それを早く言え!考え込んでる場合じゃないじゃない!」
悪態をつきながら手当てを始めるヴィーナ。そんな横顔に、サレナがぽつりとつぶやきました
「ねぇヴィーナ?もしわたしがあの怪物たちと同じになったら、どうする?」
「この手で殺してあげる。と言いたいところだけど、きっと無理ね。あたしにあなたは殺せない。」
「それは…なんで?」
「あたしじゃあなたに敵わないもの。返り討ちにあって終わりよ。」
にべもなくヴィーナは答えます。サレナはそうね、と苦笑して、大人しくヴィーナの手当てを受けていました。
ぺたんと砂の上に座るサレナを後ろから抱きしめるように手当てしているヴィーナは、物体を落とすときのオブジェクトよりもよっぽど芸術的な光景でした。
手当てが終わると同時に、ヴィーナもサレナも倒れ込むように寝てしまいました。仕方ありません。二人とも疲れが限界に達していたのでしょう。しかしあんな無理な体勢で寝ていては疲れも取れないでしょうが、砂の柔らかさはそれも受け止めてくれるでしょう。
「……んん…。うー…?」
先に目を覚ましたのはサレナでした。今はヴィーナの下敷きになっています。それに気付くと、また寝てしまいました。いつもであればヴィーナをはねのけるところですが、今回はそのままです。
「……んー…。あー?」
サレナが二度寝に落ちてからすぐ、ヴィーナが目を覚ましました。自分が覆いかぶさっていたことに驚いたのかさっとどきますが、寝ているサレナの傷が治り始めているのを見てを確認すると、満足そうにうなずいて立ち上がります。
大きな伸びを一つして向かった先は、あの物体の破片が散らばる場所。
何かを探しに来たのでしょうか。きょろきょろと辺りを見回しています。背伸びをしてみたりジャンプしてみたり。
しまいには辺りの砂を集めて小高い山を作って登ってみたりといろいろ試していましたが、お目当てのものは見つからなかったのか、恐る恐る破片の中に足を踏み入れました。
「どこかにあると思うんだけど…どこに落ちたんだろう…この辺なのは間違いないのに……」
散乱する破片を器用に避けながらヴィーナは進んでいきます。一際大きな破片、と言うより残骸の横を通り過ぎた所にそれはありました。ヴィーナの足にこつんと当たった音でそれがある事にようやく気づいたようです。
「んあ?これ…これか?」
半分ほど砂の中に埋もれていたそれを持ち上げたヴィーナは首を傾げました。
「………何これ?んっ…結構重いなぁ…。」
ヴィーナの胴体ほどもある大きなそれは、人間達が「本」と呼ぶものです。
それを知らなかったヴィーナも何か重要なものである事は分かったようで、大事そうに抱えていきました。
「ん…ふぁぁ……あれ、ヴィーナ?」
二度寝から目覚めたサレナは、寝入る前まではあった背中の重みが消えていることに気づきました。体に付いた砂を払って立ち上がると、杖をしっかりと抱えなおして一度うなずきます。
少し考え込むように首をかしげ、見えるわけでもないのに辺りを見回しました。
「ヴィーナぁ?どこー?」
それはまるで親鳥を探す雛のような仕草です。声が返って来ないサレナは、杖で足元を確かめながら恐る恐る前に進むと、もう一度辺りを見回してヴィーナを呼びました。
「おーいヴィーナー?どこー?」
「あれ?サレナおはよう。ようやく起きたのね!」
ヴィーナの声は背後から返って来ました。サレナは弾かれたように振り返り、口元に笑みを浮かべます。
「ヴィーナ!どこ行ってたの?起きたらいないんだもん、心配したよ?」
「あー、ちょっと探し物をね。サレナこそ傷はもう大丈夫?」
「もうばっちり完全復活だよ。いつでも戦える!」
サレナはそう言って胸をはります。それを見て、少しだけ険しかったヴィーナの表情が和らぎました。といっても、顔の上半分を覆うヘッドギアのせいで口元しか見えませんが。
「うん、よし!もうあんなことはなしだからね?あたし本当に心配したんだよ?」
「分かってるって!さ、行こ!そろそろここから出ようよ。」
そう提案してサレナはヴィーナに手を伸ばします。
いつものようにその手を握ろうとしたヴィーナでしたが、今は本で手が塞がっていることに気づきました。
「あれ?ヴィーナ何か持ってる?」
その一瞬のもたつきをサレナは敏感に察知します。相棒の変化にはすぐに気付くのです。
「うん。あの破片と一緒にちょっと気になるものが落ちててね、後でちゃんと調べてみるつもり。」
しばらく試行錯誤していたヴィーナですが、なんとか小脇に抱えることに成功してサレナの手を握りました。
「よし、じゃあ行こうかサレナ!」
「うん!怪物せん滅、再開だね!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます