第二十節 敵を欺くか、無知な人々を欺くか
「日ノ本の人々は
生きるための手段に過ぎない銭[お金]を生きる目的へと変え、大勢の者が銭の
人とは、かくも
これが人のあるべき姿だとでも?
いや違う!
人とは本来、もっと美しいものであったはず。
だからこそ……
わしは
こうして。
信長は、京の都を攻略するための準備を始めた。
◇
およそ3年前。
京の都で前代未聞の事件が起こっていた。
将軍の
元々。
三好一族は
どちらも人望厚く、大勢の人に慕われたことで味方が増え、最終的には京の都を含む関西地方を全て支配するまでに勢力を拡大させた。
戦国時代初の『
そんな矢先……
三好一族に不幸な出来事が頻発してしまう。
一族の優れた人物が、次々と不運な死を遂げていったのである。
結果として
この状況を嘆く者たちは、不運な出来事を将軍・
「奴は我らの権勢を
と。
誰かが流したデマを真に受けて失敗を犯すという、現代でもよくあるパターンだが……
優れた人物が不在だとこうなってしまうのだろうか?
三好一族の一方的な思い込みが暴走し、将軍殺害という前代未聞の事件を引き起こす。
デマを流して人々を間違った方向へ導く者の罪深さがよく分かる逸話だろう。
もちろん不運な出来事の真相も、デマを流した者の正体も、今や全てが闇の中だ。
一方。
兄の
信長は、これに全面的な協力を申し出たのである。
◇
1568年9月7日。
念には念を入れて準備を整えた信長は、6万人もの大軍を率いて京の都の攻略へと向かった。
歴史書ではこれを
敵をできるだけ『少なく』するため……
徳川家康と
加えて
敵を少なくしたことが功を奏し、上洛戦は信長の圧勝に終わる。
そして。
謀反人である三好一族が四国へと逃げ帰り、
はずであった。
◇
ところが!
幕府と信長の関係が急速に悪化する事態が起こってしまう。
信長が、幕府への激しい
大名に援助という名の賄賂を要求していること。
働く者に支払う給料が公平ではないこと。
飢饉などで米が値上がりすると米を転売して金儲けをしていること。
この中のどれも、秩序を大事にする信長を激しく苛立たせる行為であった。
幕府もまた、あれこれ意見を言う信長が
「信長め……
田舎大名の
と。
両者の関係は、完全に破綻した。
◇
これを見計らったかのように……
強力な大名が幕府を
「我らは
武田軍が東から、朝倉軍が北から信長を攻める
今こそ信長を討つ『好機』ですぞ!」
信玄の巧妙な策略に、幕府はまんまと
こう宣言して『信長討伐命令』を発令する。
「織田信長は……
一大名の
これらは幕府に対する謀反である。
全ての『大名』は、謀反人である信長を討て」
と。
この命令で、信長は窮地に陥った。
◇
「全ての大名は、謀反人である信長を討て?
父上。
これは、ほとんどの大名を相手に戦わざるを得なかった……
「うむ。
どんな天才も、これほど多くの敵が相手では厳しい」
「父上はこう
『策略を用いて敗北を避ける方法は、2つある。
敵を
あるいは……
敵より強い者を欺き、
と」
「それこそが勝利の
信長様は読み書きを
「読み書きを上手く『使って』?
具体的に何をしたのですか?」
「幕府の討伐命令が全国の大名へと届けられている真っ最中……
信長様はある手紙を書き、それをひたすら書き写すことを命じられたのだ」
「手紙を書き、それをひたすら書き写す?
どんな手紙を?」
「それは……
『
「異見十七ヶ条?
聞いたことがあります。
「何百、何千どころか……
何万もな」
「な、何万も!?
それほど書き写させたのですか?」
「そうだ。
それを
異見とは、異なった
幕府が発令した内容とは異なった見解を述べたためにそう呼ばれた。
その内容は、幕府への非難を17項目も並べた部分から始まる。
こう続けた。
「『将軍は欲深いから人の忠告を聞かない』
民は皆、こう申しているぞ。
しがない農民でさえ、将軍を
なぜ民から軽蔑され、
幕府の
こうして人々の心に幕府の支配に対する疑念を植え付けつつ……
更に
「皆の者!
よく聞け!
幕府が
幕府が
飢饉で民が飢えているのを見て、米を配るどころか転売して銭[お金]稼ぎに専念する幕府を見て、どう感じた?
幕府に、日ノ本を支配する『資格』があると思うか?」
こう締めくくった。
「幕府は腐っている。
いや、もう腐り切っている!
民よ……
これを読んで、目を覚ませ。
そして考えよ。
本当に罰せられるべき悪人は、誰か?」
と。
この手紙を日本中の至るところにばらまいたのだ。
◇
「凛よ。
読んだ者たちはこう考えなかった。
『どういう目的で書かれ、大量に書き写され、大量にばらまかれたのか?』
と」
「えっ!?」
「これを読んだ民は……
正義感に駆られて拡散し、より多くの民に広めた。
幕府を非難する声が世に満ち
「父上!
民は、事実なのか調べもせずに全て信じ込んだと?」
「うむ。
大勢の民が、信長様を
「国を治める大名といえども、ここまで大きくなった民の声を無視できません。
幕府の要請に応えて兵を出すことができなくなったのでは?」
「その通りだ。
凛よ。
うまい方法だと思わないか?」
「お待ちください。
信長様が窮地を脱するには、2つの方法しかありませんでした。
敵を
「そうだ」
「信長様は……
敵を
「そうだ。
正しいか間違いかの区別ができない無知な愚か者は、いつも誰かに、いとも簡単に欺かれるのが世の常であろう」
「もしや!
父上が、信長様にこの方法を『教えた』のでは?」
「そうだ。
わしは元々、幕府の家臣であった。
幕府の内部には精通している」
「……」
【次節予告 第二十一節 織田信長の真の狙い】
凛は、こう結論を導き出します。
「信長様は……
戦いの黒幕すべてに対して、究極の二択を迫ろうと決めているのでは?」
と。
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