第十八節 天才に勝利できる唯一の方法
戦いの『天才』・
二度も大敗を
どれだけ犠牲が出ようが次々と新手を送り込んで
「顕家を討てば大金が手に入るぞ!」
欲に釣られてあらゆる場所から人々が
奥州軍と幕府軍との兵力差は、もう絶望的に開いてしまっている。
ある『作戦』に最後の望みを託した顕家。
全軍を
男山は、京の都の目と鼻の先にある。
奥州軍が京の都の攻略を狙って布陣したことは明らかであり、幕府は数倍もの大軍を配置して備えた。
ところが!
しばらくすると……
幕府軍の大将たちから次々と悲鳴が上がり始めた。
「まずい!
このままでは軍が崩壊してしまう!」
顕家は、ついに幕府軍を崩壊寸前まで追い詰めたのだ!
一体何が起こっていたのだろうか?
◇
これより少し前のこと。
幕府軍の総大将を務めていたのは、名前を
男山にいる奥州軍が京の都を目指す場合、複数の経路がある。
どの経路を封鎖するかで悩むところではあるが……
幕府軍が圧倒的な兵数を誇っている以上、全ての経路を封鎖するように軍勢を配置するのが最も『常識』的な作戦だろう。
ところが!
最短距離の経路のみに全軍を集結させ、他の道には
非常識な命令に
「なぜここに全軍を?
奥州軍が他の道を通ったら終わりではござらぬか」
師直の答えは
「そうなれば我らの勝ちじゃ」
大将たちは全く理解できない。
「は?
なぜ勝ちと?」
「奥州軍の強みは、圧倒的な『早さ』にある。
遠回りした時点でその強みは消えよう。
山という有利な地形を捨て、しかも早さのない奥州軍ならば……
恐れる必要はない。
追撃して無防備な背後を突くだけのこと」
「そうだとしても。
これは『非常識』な守り方では?」
「顕家を甘く見るな!
全ての道を封鎖するために兵を分散した時点で、我らの負けじゃ」
「は?
なぜ負けと?」
「
「そんな馬鹿な。
奥州軍が攻めてくれば、直ちに分散した兵を集めて挟み撃ちにすれば良い。
むしろ
「顕家を甘く見るな!
兵が集まる前に必ず撃破されるわ。
『
「随分と顕家を
幕府軍の総大将ともあろう御方が、味方よりも敵を高く評価するとは……
『
「素人に毛が生えた程度の奴に、利敵行為の意味が分かるとでも?
笑わせるな。
我ら幕府軍は兵数だけは圧倒的だが、所詮は大名の寄せ集めではないか。
大名は『恩賞』が目当てで軍勢を出しているのであろう?」
「……」
「それとも。
幕府のために
「……」
「これが幕府軍の実態よ。
一方の奥州軍は、顕家の『
「……」
「どちらが強いか火を見るより明らかじゃ」
「聞き捨てなりませんな。
我ら大名の軍勢が、奥州の軍勢より劣っているとでも?」
「ああ、はるかに劣っているわ。
どの大名も奥州軍の早さを分かっていたにも関わらず!
勝てそうな場面で
一つになることができない弱点を顕家に突かれたのを忘れたのか?」
「……」
「奥州軍よりはるかに劣っている事実に、ようやく気付いたか。
あれだけ多くの兵を死なせて何の教訓も得ていないとは……
うぬら
「……」
「話は終わった。
わしの命令に従いたくないのなら
幕府への謀反と見て、後で討伐するまでのこと。
首を洗って待っているがいい」
こうして幕府軍は一つに固まった。
◇
顕家は、得意の各個撃破戦法を封じ込まれたことになる。
「
やるではないか。
よくぞ大名の寄せ集めを一つに固めたものよ。
だが、これで決定的な『弱点』をさらけ出したことになるぞ」
幕府軍を見下ろしていた顕家は一言こうつぶやく。
その後、奥州軍は何日経っても男山から微動だにしなくなった。
「『動かざるごと山の
か。
顕家……
相変わらず見事よのう。
敵でありながら、これほど惹かれる将は他にはおらん。
おぬしは一体、何を狙っている?」
数日経って、師直はようやく気付く。
こう叫んだ。
「し、しまった……
顕家にしてやられた!
あの男は、とっくに男山から消えていたのじゃ!」
周りにいた者たちは、師直の言葉にただただ驚いている。
「顕家が軍を置き去りにして消えたと?
そんな非常識なことは有り得ません。
男山は重要な拠点ではありませんか」
「
そういう独りよがりの者が敵の罠に引っ掛かるのだぞ?」
「……」
「敵の身になって考えよ。
顕家の目的はなんじゃ?
男山を守ることか?」
「いえ……
京の都を攻略することにございます」
「顕家が京の都を攻略するには、我らの軍勢を突破せねばならん。
しかし、我らは大軍で一つに固まっている。
少数の奥州軍が攻めても突破など不可能に決まっている」
「援軍を待っているのでは?」
「わしも最初はそう考えたが……
援軍を待つなど、顕家らしくない」
「顕家らしくない?」
「わしはずっと顕家のことを考えていた。
だからこそ、分かるのじゃ。
あの男ならば……
必ず我らの『弱点』を突こうとするだろう、とな」
「我らの弱点?
大軍で一つに固まり、隙などありませんが」
「いや、決定的な弱点がある!
急ぎ
大軍を養うには、
大軍であるほど補給が断たれたときは致命傷だ。
兵数が多いからこそ、食糧もすぐに尽きて軍は早々に崩壊する。
大軍の持つ決定的な弱点、それは補給が『生命線』となることだ。
◇
担当者はすぐに駆け付けた。
「実は数日前より……
兵糧の補給が断たれているとの情報が、相次いで届いております」
「やはりそうか!」
「補給のために応援を送っても、連絡すら取れなくなってしまうのだとか」
「送ってもすぐに討たれているのだろう。
あまりにも手際が良すぎる」
「も、もしや……
顕家が自ら兵を率いて襲っていると?」
「
急げっ!」
奥州軍に関東を荒らされた幕府軍は、その補給を西日本に頼っている。
補給物資を積んだ船は瀬戸内海から大阪湾を通って
◇
予想は見事に的中する。
偵察兵からの報告によると……
船から補給物資を降ろす拠点が片っ端から破壊され、あちこちに補給部隊の兵士の死体が転がっていたらしい。
かろうじて生き残った兵士に聞くと、こう報告したという。
「風のように現れ、風のように消えていくのです」
「林のように静かで、全く気付きませんでした」
「火のような勢いで、あまりに恐ろしく……」
「早きこと風の
武田信玄の軍旗で有名な風林火山であるが……
もっと前に軍旗にしたのが、北畠顕家である。
顕家の狙いに確信を抱いた
襲われそうな候補地へ軍勢を率いて向かうことを何度も繰り返す。
1338年5月22日。
そこへ偶然、師直率いる幕府軍が突っ込んできた。
顕家は奮戦するも運悪く重傷を負ってしまう。
後醍醐天皇が最も期待を寄せた天才も、わずか21歳で死んだ。
師直のような
天才に勝利できる『唯一』の方法なのかもしれない。
【次節予告 第十九節 正しいか間違いかの区別ができない者たち】
明智光秀はこう言います。
「読み書きを学ぶことを
同類の友しかできず、他人から利用され、操られ、結果として損な人生を送ることとなろう」
と。
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