第25話、君軸春鬼4
◆◇◆5月6日 午前中。
「では体育祭の、二人三脚の選手ですが……え、と…秋っ……雲雀、さん、お願い、出来ますか……?」
慎重に言葉を選ぶようにクラス委員の眼鏡巨乳三つ編み娘は雲雀へ聞く。秋津、という苗字を避けたのは彼が同じ苗字の男を嫌っているのではないか、という気遣いからだ。
「はい。二人三脚の選手、やらせていただきます」
「…………!」
ぱぁぁぁ、という効果音が聞こえてきそうなほど、表情を明るくするクラス委員のメガネ巨乳三つ編み娘(成績優秀、3日後チャラ男先輩にナンパされる)。
「なんつーか、秋津って礼儀正しいよな」
「ああ、最初は近寄りたくないと思ったけど。基本、距離感保ってくれるし受け答えもしっかりしてくれるし柔らかで可愛い……お前はどう思う?」
「……別に」「馬鹿、こいつは幼馴染一筋だよw」
クラスの男子グループ(男、男、クラス委員女子の幼馴染)がこそこそと話す。それを横目に雲雀は空に掛かる飛行機雲を眺めた。割と平和な一日が、彼の周りに取り巻いていた。
放課後。教室にはいつもの四人がいた。
「雲雀、もう怪我は大丈夫か?ww」
「凄いや、つけた張本人の台詞とは思えない」
五月。連休が明けるとすぐそこまで体育祭の日が迫っていた。全身に包帯を巻いている雲雀と全身に包帯を巻いている君軸。彼らは表上、連休中に交通事故で大変なことになったということになっていた。
「なんか雲雀、お前の状態イヴ○ン・スト○g」
「それ以上言うな。言いたいことは分かる」「だからそれ以上言わないで」
「シンクロすんなシンプルに気持ち悪ぃ。あ、ちなみに今のはシンプルとシンクロが掛かってる」「やかましいわ」
雲雀は顔に巻かれた包帯をとって仕舞う。顔は無傷だったのだ。何故巻いた。
「……………………るろうに」
「「やめろ」」
トントンと紙を束ねて教壇を叩く音で視線を集まる。
「おーし、お前らイメージ向上会議やんぞー」
花子はいつもの花子で告げる。そんな彼女にもいつもと違う点が存在した。それは右目。彼女の右目部分にはまるで海賊が着けるような包帯が着けられていた。
それはあの日、自ら眼球を抉ったという事実を三人に鮮明に思い出させる。あの場にいる人間は多かれ少なかれ、傷を負っていた。
「先生!! 中二病のパクリはどうかと思います」
「そうだそうだー」「そうですよ、そんなマ○ーネ・フランケ○シュタ○ンじゃないんですから……」
「拳墜がエ○ゲ知ってることに突っ込むべきなのか私は?」「それ言うなら雲雀もなんだよなあww」
花子は顔に眼帯を着けていた。「ったく分かったよ……」
花子は面倒くさそうに眼帯を外すと机から十字架のようなものが付いた眼帯を。そして片手を眼帯のある右目へ、左手で天を仰ぐようなポーズをとり……
「じゃあ――ああ、私は願う、死神よ」
「「(僕、俺、私)たちが悪かったです」」
「なんだつまらん。チ○セの眼帯も揃えたのに」
「え、ちょっと見たい」「先生この世界が死んでしまいます」「つか何で厨二病ネタしかないんだよ。眼帯他にもあるだろ」
相変わらずくだらない雑談を交わしながら会議へと話が移動していく。
「と、言っても雲雀さんのイメージアップは当初の目的基準を達成しているのでは……? うちのクラスで、雲雀さんの評判はかなり良いですよ」
「どっかの馬鹿が僕の男性器がないって情報をネット上に流した影響もあるだろうな」「い、一体誰がwwそんなことをww」「おう、はった押すぞ」
花子はとりあえずの情報整理としてチョークを手に持つ。
「とりあえず現状把握な。今んとこ男子からの雲雀イメージは『恐ろしく可哀想なED』だ」
「表現するだけで悲しくなる言葉の羅列だなww」
「生物として糞ですね」
「え? これイジメとして訴えたら勝てるんだが?」「アンモニア系ヒロインとか言われてる私を前にそれを抜かすとは笑止」「ごめんなさい」
悲しくなる言葉の羅列が黒板に書かれる。切ない。
「んで、女子からの雲雀イメージは『傍にいて一番安全な男子』『彼氏にしたいけど結婚したくない男№1』『草食獣』『生肉』だな」
「わあズタボロ」
「男は股間で物を考えてるっていうしな~ww」
「(えっ、なら僕という人間の意識は一体どこから生まれているという言うんだ……? まさか、僕は自分を人間だと思い込んでいる正体不明の何か……?)」
その後、いつもの調子でくだらない談義と会議と案を重ねて時間を過ごしていく四人。そして君軸が思い出したようにバックから小さなキューブのようなモノを取り出す。
「雲雀、これありがとな。うちで運営してる会社の電力を三百年分は絞れたから返すわ。あとお礼に会社で新発売予定のスマホ。お前のスリーサイズがパスワードになってるぞ」
「なんで僕も知らない僕の情報もってるんだ」
それはあの日、きさらぎ駅の化け物を殺した跡で見付けた物質だった。フェアリー曰く、物理法則を超越したエネルギーの塊であり、特殊な方法で電気、原子力、重力といった三次元に存在するありとあらゆるエネルギーを抽出できるものだった。
「にしてもこれスゲーな。うちのカニバリズム研究員どもに見せたが何もわかんなかったぞ」
「聞き捨てならないパワーワード並べるな」
「それ以前にこの男がIT企業の社長だったとかいう新事実が未だに認められないすわ……」
君軸春鬼。高校生ならば三人に二人は必ず知っているようなIT企業、その社長だったのだ。
雲雀はその事実を前にありがとう、と端的に告げスマホとキューブを受け取る。
「じゃあ今度、またきさらぎ駅行こうぜっ!」
「そうだな、お前は置いて帰る」
そして直後に君軸が不敵な笑みを浮かべた。
「やっぱり……少しずつ始まってんのか」
「……? 何がだ?」
ぽつり、と呟く声に雲雀は聞き返す。すると君軸はニヤニヤしながら告げる。
「ひみつ。と、まあ最高に面白いことが起きそうだぜ、雲雀」
いつものように笑う君軸に、雲雀は不思議そうに首を傾げるのであった。
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